「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人

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第十一話 公開審、開廷。悪役令嬢の弁護人が宰相って強すぎません?

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 翌朝。  私は小鳥のさえずりではなく、アシュ様の整えるネクタイの衣擦れの音で目を覚ました。

 ふかふかの枕。  洗練された石鹸の香り。  そして目の前には、シャツのボタンを留める引き締まった背中。

「……おはよう、リディア」

 アシュ様が鏡越しに私を見て、短く挨拶をした。  朝日に透ける銀髪が眩しい。  私は一瞬、自分がどこにいるのかわからず呆けたが、すぐに昨夜の記憶――護衛という名目の同衾――が蘇り、カッと顔を熱くさせた。

「お、おはようございます……!」

 慌てて起き上がろうとして、自分がまだネグリジェ姿であることを思い出し、布団を首まで引き上げる。  アシュ様はそんな私を一瞥もしない(紳士的配慮だと思いたい)まま、ジャケットを羽織った。

「支度を急げ。朝食後、直ちに王都大法廷へ向かう。本日は『名誉回復審問会』の初日だ」

 彼の声は、昨夜の微かな甘さなど微塵も感じさせない、完全な「仕事モード」に戻っていた。  少しだけ残念……なんて思う暇はない。  今日は、私が社会的に潔白を証明するための決戦の日なのだ。

 ◇

 王都大法廷は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

 傍聴席は満員御礼。貴族だけでなく、平民の代表者や新聞記者たちも詰めかけ、通路まで人で溢れかえっている。  それもそのはず。  今日の審問は、王太子による婚約破棄の是非と、教会による「悪役令嬢」告発の真偽を問う、国を揺るがす一大スキャンダルの審判なのだから。

「被告人、入廷!」

 廷吏の声が響く。  本来なら私は「原告(名誉回復を求める側)」だが、教会側が「リディアこそが黒魔術を使った犯人だ」と逆提訴しているため、形式上は審問対象となっている。

 重厚な扉が開く。  無数のフラッシュのような視線の中、私は背筋を伸ばして歩みを進めた。  今日のドレスは、清潔感と高潔さをアピールする純白のスーツドレス。  『鉄薔薇』と呼ばれた私が白を着ることで、ギャップと無実を演出する作戦だ。

 そして、私の隣には。

「……おい、見ろよ」 「弁護人席に座っているの、まさか……」 「ヴァレンシュタイン宰相!?」

 傍聴席がどよめいた。  そう、私の弁護人を務めるのは、この国の行政トップであり、法と契約の支配者、アシュ・ヴァレンシュタインその人だ。

 裁判官席に座る最高判事ですら、アシュ様が入廷すると慌てて起立し、敬礼のようなお辞儀をした。  ……これ、始まる前から勝負ついていませんこと?

「静粛に! これより、リディア・エルヴァイン侯爵令嬢に対する特別審問会を開廷する!」

 判事の木槌が鳴り響く。  対面の検察席には、昨夜の騒動で顔色を悪くした枢機卿の代理である、教会の法務神官たちが座っていた。彼らの後ろには、証人として呼ばれたレオンハルト殿下の姿もある。殿下は私とアシュ様を見て、憎々しげに唇を噛んでいる。

「では、教会側の主張を述べよ」

 法務神官が立ち上がり、震える手で羊皮紙を広げた。

「えー、被告人リディアは、王太子殿下への嫉妬から黒魔術を用い、殿下とミレイユ嬢に対し精神的圧力を……」

「異議あり」

 法務神官が最初のセンテンスを言い終わる前に、アシュ様の冷たい声が遮った。

「その主張は、昨夜の時点で証拠能力を失っている。提出された『呪詛の契約書』は偽造品であることが判明済みだ。前提となる事実関係が崩壊している以上、その主張は時間の無駄だ」

「ぐっ……し、しかし! リディア嬢には動機があります! 彼女は殿下に愛されていなかったことを恨みに思い……」

「異議あり。憶測だ」

 アシュ様は書類から目を離さずに切り捨てる。

「第一に、私の依頼人は『愛されていない』ことを恨んではいない。むしろ『愛さない自由』を得たことを喜んでいる。その事実は、彼女が婚約破棄直後に提出した『感謝状』とも取れる慰謝料請求書の文面から明らかだ」

 会場からクスクスと笑いが漏れる。  アシュ様は続ける。

「第二に、現在の彼女の夫は私だ。王太子ごとき(・・・)に未練を抱くなど、審美眼の観点から見ても非合理的であり得ない」

 ドッ、と会場が沸いた。  あの氷の宰相が、公の場で「俺の方がいい男だ」とマウントを取ったのだ。  私は顔から火が出そうだった。  嘘がつけないから、彼が本気でそう思っていることがわかってしまうのが余計に恥ずかしい。

「さ、裁判長! 弁護人の発言は不適切です!」

 教会の神官が抗議するが、アシュ様は冷徹な瞳を向けた。

「不適切? 事実の陳列だ。……それとも何か? 貴殿らは、私の妻が私よりも元婚約者を選びたがっているという、統計的にあり得ない妄想を立証できるのか?」

 神官が黙り込む。  アシュ様、強すぎる。  法廷闘争というより、一方的な公開処刑だ。

「では、弁護側の反論を」

 判事に促され、アシュ様が私に目配せをした。  私の出番だ。

 私は証言台の前に進み出た。  深呼吸をする。  大丈夫。私には最強の盾(アシュ)と、最強の武器(真実)がある。

「皆様。私はここで、神と法にかけて誓います」

 私は左手を高く掲げた。  薬指にある『真実の誓約印(ヴェリタス・シジル)』が、法廷の魔導照明を受けてキラリと輝く。

「現在、私はアシュ・ヴァレンシュタイン宰相と『嘘のつけない契約』を結んでおります。つまり、これから私が発する言葉に、一ミリたりとも虚偽は混ざりません」

 会場がざわめく。  『真実の誓約印』。その絶対的な拘束力は誰もが知っている。  つまり、私がこれから語ることは、自白剤を飲んだ上での証言と同等の価値を持つのだ。

「私は、レオンハルト殿下に黒魔術を使ったことはありません。ミレイユ様をいじめたことも、階段から突き落としたこともありません」

 私の言葉に合わせて、印が青く清浄な光を放つ。  『真実(TRUE)』の判定だ。

「私が望んだのは、ただ一つ。不当な婚約破棄に対する正当な補償と、汚された名誉の回復だけです。……殿下への未練など、これっぽっちもございません!」

 ピカーッ!  印がこの日一番の強い光を放った。  会場から「おおっ!」という感嘆の声と、拍手が巻き起こる。

「さて、レオンハルト殿下」

 私は振り返り、証人席の殿下を見据えた。

「あなたは『君を愛することはない』という誓約の下にあります。もし、私たちがあなたを呪っているという主張が真実なら、あなたもその誓約印にかけて証言できますか? 『私はリディアに呪われている』と。『私に過失はない』と」

 殿下の顔が引きつる。  できるわけがない。彼は自分が嘘をついていることを知っているし、何より『愛さない誓約』の副作用で、私への執着心が嘘として判定され、激痛が走っているのだから。

「あ、あう……私は……」

 殿下は口を開こうとするが、言葉が出ない。  喉を押さえて苦悶の表情を浮かべるだけだ。  その姿こそが、何よりの雄弁な答えだった。

「勝負あり、ですね」

 アシュ様が静かに立ち上がり、判事を見上げた。

「私の依頼人の無実は、魔術的にも客観的にも証明された。逆に、原告側の主張はすべて虚偽、あるいは捏造であることが明白だ。……裁判長、判決を」

 裁判長は額の汗を拭い、木槌を振り上げた。

「し、審理の結果! 被告人リディア・エルヴァインに対するすべての告発を棄却する! また、教会側が提出した証拠物件については、公文書偽造の疑いで別途、捜査を行うものとする!」

 カン! カン!  小気味よい音が響き渡る。  勝利だ。  完全勝利だ。

 傍聴席から割れんばかりの拍手が送られる中、私はアシュ様とハイタッチ――はしなかったけれど、しっかりと視線を交わした。  彼の瞳が、微かに「よくやった」と笑っているように見えた。

 しかし。  敗走する教会側の神官たちが、去り際に不穏な言葉を呟いているのを、私の耳は捉えていた。

「……枢機卿様が失敗したか。だが、まだ終わりではない」 「ああ。『あの方』が動く。次は法廷などという生ぬるい場所ではないぞ」

 あの方?  枢機卿よりも上の存在?  それとも、教会を裏で操る黒幕がいるというの?

 私が怪訝に思っていると、アシュ様が私の肩に手を置いた。

「リディア。油断するな。敵の尻尾は切られたが、胴体はまだ無傷だ」

「はい。……なんだか、嫌な予感がします」

「問題ない。どんな敵が現れようと、私がすべて論理的に粉砕する」

 頼もしい言葉。  けれど、この時の私たちはまだ気づいていなかった。  敵の次なる一手は、法廷闘争などではなく、もっと卑劣で、そしてアシュ様の『弱点』を突くような方法であることを。

「帰ろう、リディア。……今日は祝勝会だ。君の好きな菓子を用意させてある」

「えっ、本当ですか!? アシュ様、大好きです!」

 ――あ。  また言っちゃった。  もちろん、「(お菓子を用意してくれた気遣いが)大好き」という意味よ?  絶対に、彼個人への愛の告白なんかじゃないんだから!

 印がどう光ったのか確認する勇気もなく、私はアシュ様に背中を押されて法廷を後にした。    私たちの戦いは、まだ終わらない。
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