「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人

文字の大きさ
18 / 31

第十八話 裏切り者の動機:誓約魔法を独占したい(でもやり方が雑)

しおりを挟む
 契約市の出口へ向かう薄暗い通路。  私たちは、捕縛した手癖の悪い元エージェント・ザックを引きずりながら歩いていた。

「離せよ! 俺は喋っただろうが! 見逃してくれよ宰相の旦那ぁ!」

 ザックが情けなく叫ぶが、アシュ様は彼の手首に『光の拘束具』をかけたまま、涼しい顔で歩を進める。

「却下だ。君は貴重な『生きた証拠』だ。明日の法廷で、洗いざらい証言してもらう」

「鬼! 悪魔! 氷男!」

「褒め言葉として受け取る。……それよりリディア」

 アシュ様が私の方を向き、少しだけ眉を下げた。

「先ほどのカジノでの件だ。……君があれほどギャンブルに精通しているとは知らなかった。イカサマを見抜く観察眼も見事だったが……教育上、あまり感心しないな」

 おやおや。  この堅物宰相様、妻の過去の素行不良が気になり始めたらしい。

「あら、ご心配なく。父の領地視察について回った際に、下町の酒場で少し嗜んだだけですわ。あくまで『社会勉強』として」

 私はしれっと答えた。嘘はついていない。頻度が「毎日」だったことは言わないけれど。

「……そうか。ならいい。だが、今後は私の許可なく賭け事は禁止だ。心臓に悪い」

 アシュ様が私の手を握る力が、きゅっと強くなる。  『嘘がつけない契約』のおかげで、彼が本気で心配してくれていることが伝わってくる。  私は嬉しさを噛み締めながら、地上への階段を上った。

 しかし。  地上に出た瞬間、私たちを待ち受けていたのは、星空ではなく無数の殺気だった。

 ザッ、ザッ、ザッ。  闇の中から現れたのは、白いローブを纏い、顔を仮面で隠した数十人の集団。  その胸元には、天秤を模した紋章が刻まれている。  『誓約院』の正規執行部隊だ。

「……お出迎えご苦労。だが、私はタクシーを呼んだ覚えはないぞ」

 アシュ様が足を止め、冷ややかに告げる。  集団の中から、一人の男が進み出た。  仮面はつけていない。神経質そうな細い顔に、銀縁の眼鏡をかけた男だ。  見覚えがある。誓約院の副長官、ベルンハルトだ。

「ご無沙汰しております、ヴァレンシュタイン宰相閣下。……そして、裏切り者のザック君」

 ベルンハルト副長官が、ねっとりとした声で言った。  ザックが「ひっ」と悲鳴を上げてアシュ様の後ろに隠れる。

「これはどういうつもりだ、副長官。私の行く手を阻むとは、誓約院の中立規定に違反する行為だぞ」

「中立? ふふっ、古いですねえ」

 副長官は嘲笑った。

「我々は新たな時代を作ろうとしているのです。『沈黙の賢者』様の下、すべての契約と言葉を管理し、愚かな民衆を導く理想郷をね」

「……そのために、王太子を洗脳し、公爵と手を組んだのか」

「ええ。王太子などただの操り人形。真の目的は、彼を使って『王権』を傀儡化し、誓約魔法のシステムを我々が独占することです」

 副長官は恍惚とした表情で両手を広げた。

「素晴らしいと思いませんか? 誰もが嘘をつけず、我々の定めた『正しい言葉』しか話せない世界! 争いもなく、迷いもない、完全なる統制社会! それこそが真の平和です!」

 私は呆れてため息をついた。  よくもまあ、そんなディストピアな妄想を平和だなんて言えるものだ。

「……気持ち悪いですわ」

 私が扇子で口元を覆いながら言うと、副長官がギロリと私を睨んだ。

「なんだと? 悪役令嬢ごときが、高尚な理想を侮辱するか!」

「侮辱じゃありません。事実の指摘です。あなた方のやろうとしていることは、言葉から『自由』と『責任』を奪うこと。それは人間をただの録音機に変えるのと同じですわ」

 私はアシュ様の腕に手を添え、続けた。

「それに、やり方が雑すぎます。王太子を洗脳するにしても証拠を残しすぎですし、暗殺者を雇うにしても口の軽いお喋り(ザック)を選ぶなんて。……管理能力の欠如もいいところですわね」

「き、貴様ぁ……!」

 副長官の顔が怒りで歪む。  彼は懐から杖を取り出し、叫んだ。

「殺せ! 証拠の手帳ごと、この生意気な女と宰相を消せ!」

 執行部隊が一斉に魔法を詠唱し始める。  火球、氷柱、風の刃。  四方八方からの飽和攻撃。

 しかし。

「……私の前で『魔法』を行使する許可を与えた覚えはない」

 アシュ様が、静かに眼鏡の位置を直した。  ただそれだけの動作。  それなのに、空間が歪んだ。

 キィィィン!  高周波のような音が鳴り響き、執行部隊の放った魔法が、すべて空中で停止した。  炎も、氷も、風も。  まるで時が止まったかのように、私たちの目の前でピタリと静止している。

「な、なんだこれは!? 魔法が……動かない!?」

 副長官が狼狽する。  アシュ様は冷徹な瞳で彼らを見回した。

「『強制契約(オーバーライド)』。この空間における魔素の指揮権は、すべて私が掌握した」

 アシュ様が指をパチンと鳴らす。

 ドォォォン!

 空中で静止していた魔法が、すべて逆方向――つまり、撃った本人たちに向かって跳ね返った。  悲鳴と共に、執行部隊の男たちが次々と吹き飛ばされていく。  一瞬で全滅だ。

「ば、バカな……! これが、氷の宰相の力……!」

 一人残された副長官が、腰を抜かして後ずさる。  アシュ様はゆっくりと彼に歩み寄り、冷たく見下ろした。

「貴殿の言う『理想郷』とやらは、実に非合理的だ」

「ひ、ひいぃっ!」

「言葉とは、自由意志によって紡がれるからこそ価値がある。嘘をつく自由、誓う自由、愛を囁く自由。……それらを奪い、システムで管理しようなどと、人間の可能性に対する冒涜だ」

 アシュ様の左手の薬指が、月光を受けて輝く。

「私は妻と『嘘のつけない契約』を結んでいる。だが、それは強制されたものではなく、互いの合意と信頼に基づく選択だ。……貴殿らのような、一方的な支配とは次元が違う」

 アシュ様は副長官の胸ぐらを掴み上げ、その耳元で囁いた。

「賢者に伝えろ。『言葉を舐めるな』と。……いや、伝える必要はないな。貴殿も明日の法廷のゲストだ」

 アシュ様が軽く手を振ると、副長官の身体も氷の鎖で拘束された。  これで一網打尽だ。

「……お見事です、アシュ様」

 私は思わず拍手をした。  夫が強すぎて、私の出番がないのが少し不満だけれど、まあ今回は許してあげよう。

「行くぞ、リディア。証拠(手帳)と証人(ザック)、そして黒幕の手先(副長官)。役者はすべて揃った」

 アシュ様は捕縛した二人を部下に引き渡し、私に向き直った。  その顔には、戦いの高揚感と、確固たる自信が満ちている。

「明日の法廷は、もはや審問会ではない。……『公開処刑』だ」

「ええ。楽しみですわね」

 私たちは馬車に乗り込み、王都へと戻った。  車窓から見える王城は静まり返っているが、その中では今頃、ヴァルガス公爵が勝利を確信して祝杯を上げているかもしれない。  あるいは、私たちが死んだという報告を待ちわびているかもしれない。

 残念でした。  地獄から帰ってきたのは、あなたたちを裁く死神夫婦ですよ。

 ◇

 翌日。  再び開かれた王都大法廷。  そこには、昨日以上の人だかりができていた。  前回の審理が不完全燃焼で終わったこと、そして王太子の衝撃的な告発会見があったことで、民衆の関心は最高潮に達していた。

「被告人、入廷!」

 扉が開く。  私は昨日とは違う、深紅のドレスを身に纏って現れた。  『鉄薔薇』の本気モードだ。

 隣には、いつもの冷徹さを取り戻したアシュ様。  そして、私たちの後ろには、布で顔を隠された二人の男が、厳重な警備の下で連行されていた。

 壇上のヴァルガス公爵が、その二人を見て眉をひそめる。  まだ気づいていないようだ。自分たちの破滅が、すぐそこまで来ていることに。

「……さあ、リディア。仕上げの時間だ」

 アシュ様が私の手を取り、エスコートする。  私は優雅に微笑み、裁判官席を見上げた。

「裁判長! 本日の審理において、新たな重要証拠および証人の提出を求めます!」

 私の凛とした声が、静寂を切り裂いた。  ここからは、嘘も言い逃れも許さない。  すべての罪を白日の下に晒し、公爵たちの野望を完全に粉砕する。    最終決戦のゴングが、今、高らかに鳴り響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた

今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。 二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。 ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。 その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。 が、彼女の前に再びアレクが現れる。 どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

婚約者が選んだのは私から魔力を盗んだ妹でした

今川幸乃
恋愛
バートン伯爵家のミアの婚約者、パーシーはいつも「魔法が使える人がいい」とばかり言っていた。 実はミアは幼いころに水の精霊と親しくなり、魔法も得意だった。 妹のリリーが怪我した時に母親に「リリーが可哀想だから魔法ぐらい譲ってあげなさい」と言われ、精霊を譲っていたのだった。 リリーはとっくに怪我が治っているというのにずっと仮病を使っていて一向に精霊を返すつもりはない。 それでもミアはずっと我慢していたが、ある日パーシーとリリーが仲良くしているのを見かける。 パーシーによると「怪我しているのに頑張っていてすごい」ということらしく、リリーも満更ではなさそうだった。 そのためミアはついに彼女から精霊を取り戻すことを決意する。

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

処理中です...