「何の取り柄もない姉より、妹をよこせ」と婚約破棄されましたが、妹を守るためなら私は「国一番の淑女」にでも這い上がってみせます

放浪人

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第13話:見えざる債権者と、愛ゆえの嘘

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「……アリア? 聞いているか?」

クラウス様の低い声に、私はハッと我に返りました。

手元を見ると、紅茶のカップがカタカタとソーサーの上で震えています。 いけない。 完全に上の空でした。

「も、申し訳ありません、閣下。……いえ、クラウス様。少し考え事をしておりまして」

私は慌てて笑顔を作りました。 ここは公爵邸のテラス。 爽やかな朝の光が降り注ぎ、庭ではミラが新しい家庭教師と楽しそうに植物の勉強をしています。 平和そのものの風景。 けれど、私の懐には、あの漆黒の手紙が入ったままです。

『ベルンシュタイン家の借金は、まだ完済されていない』

その言葉が、呪いのように頭の中でリフレインしています。

クラウス様は訝しげに眉をひそめ、読みかけの新聞を置きました。

「顔色が悪いぞ。昨夜の疲れが残っているのか? それとも、風邪か?」

彼は立ち上がり、テーブル越しに私の額に手を当てました。 その手はいつも通り冷たいけれど、心配してくれる熱が伝わってきます。

「熱はないようだが……。今日は休め。予定していた王立図書館への視察は延期しよう」

「い、いいえ! それは困ります!」

私は思わず大きな声を出してしまいました。 クラウス様が少し驚いた顔をします。

「……なぜだ? 無理をする必要はない」

「無理などしておりません。それに、今日は……その、図書館の後に、少し個人的な用事がありまして」

「用事?」

「はい。……実家の整理の件で、古い知人に会う約束があるのです。ですから、一人で出かけさせていただきたく……」

嘘です。 本当は、この手紙の差出人を突き止めるために、裏社会の情報屋に会いに行くつもりでした。 クラウス様に知られるわけにはいきません。 もし、この手紙の内容が事実で、私の実家にまだ「闇」があるとしたら……。 公爵家の名誉を傷つけることになるかもしれない。 最悪の場合、婚約破棄どころか、彼に迷惑をかけてしまう。

それだけは絶対に避けたかったのです。

クラウス様は私の目をじっと見つめました。 そのアイスブルーの瞳に見透かされているようで、心臓が痛いほど早鐘を打ちます。

「……そうか。一人で、か」

「はい。……ご心配には及びません。護衛も、今日は遠慮させてください。昔の恥ずかしい話をする相手ですので、あまり人に聞かれたくなくて」

苦しい言い訳です。 自分でも下手だと思います。 クラウス様ほどの切れ者が、この違和感に気づかないはずがありません。

しかし、彼はふっと息を吐き、視線を外しました。

「分かった。……お前がそう言うなら、止めはしない」

「ありがとうございます」

「ただし、夕食までには戻れ。ミラが、新しい制服姿をお前に見せたがっている」

「はい、必ず」

私は逃げるように席を立ちました。 背中に、クラウス様の視線が突き刺さっているのを感じながら。

(ごめんなさい、クラウス様。……でも、これだけは私自身で解決しなければならないのです)

          ◇

公爵邸を出た私は、辻馬車を拾い、王都の裏路地へと向かいました。 きらびやかな貴族街とは無縁の、薄暗く、湿った空気が漂う場所。

フードを目深に被り、私はある古びた骨董品店の扉を叩きました。

「……今日は休みだ」

中からしわがれた声がします。

「『片目のジャック』に用があるの。……『氷の華』からの紹介だと言えば分かるはずよ」

しばらくの沈黙の後、ギギィ、と重い音を立てて扉が開きました。 中から、先日市場で会った情報屋、ジャックが顔を出しました。

「……なんだ、公爵様の奥方になろうって人が、またこんなドブ板を踏みに来たのかい?」

「皮肉はいいわ。時間がないの」

私は店に入り、カウンターにあの黒い手紙を叩きつけました。

「これについて調べてほしいの。この封蝋の紋章……見覚えがあるでしょう?」

ジャックは面倒くさそうに手紙を手に取りましたが、封蝋を見た瞬間、その表情が凍りつきました。 残っていた片目が、恐怖で見開かれます。

「おい……こいつは……」

「知っているのね?」

「……冗談じゃねえぞ。これに関わったら、命がいくつあっても足りねえ」

ジャックは手紙を放り出し、後ずさりしました。

「アンタ、一体何をやらかした? こいつは『沈黙の貴公子』の印だぞ」

「沈黙の貴公子……?」

初めて聞く名前です。 私の『影の書庫』の知識にも、そんな人物はいません。

「表の社交界じゃ知られてねえ。だが、裏じゃ伝説だ。……かつて王家の影として暗躍し、今は闇金融の元締めをしている『ファントムハイヴ伯爵家』の裏家業名だよ」

「ファントムハイヴ……すでに断絶したはずの家では?」

「表向きはな。だが、奴らは生きている。王国の借金の半分は奴らが握ってるって噂だ。……金だけじゃねえ。情報、弱み、そして『命』を担保に貸し付ける、本物の悪魔だ」

ジャックの声が震えています。

「カミロなんて可愛いもんだ。奴らは、一度噛み付いたら骨までしゃぶり尽くす。……アンタの実家、ベルンシュタイン伯爵は、奴らから何を借りたんだ?」

「……分からない。父は何も言わずに死んだわ」

私は手紙を握りしめました。 父は、ギャンブル好きで浪費家でしたが、まさかそんな危険な相手と取引をしていたなんて。

「とにかく、これ以上は俺の手には負えねえ。……悪いが帰ってくれ。俺まで消されちまう」

ジャックは私を追い出そうとしました。 その時、手紙の裏に、あぶり出しのように文字が浮き上がってきました。

『午後三時。旧市街の時計塔、最上階にて待つ。  一人で来い。  公爵に告げれば、妹の命はない』

「ミラ……ッ!?」

私は息を呑みました。 見張られている。 今のこの会話も、すべて筒抜けなのかもしれない。

「……ありがとう、ジャック。このことは忘れて」

私は金貨をカウンターに置き、店を飛び出しました。 時計を見ると、午後二時を回っていました。 約束の時間まで、あと一時間しかありません。

          ◇

旧市街の時計塔は、半世紀前に廃止された巨大な建造物です。 錆びついた歯車と、止まった時計の針が、この場所だけ時間を止めているかのようです。

私はドレスの裾をまくり上げ、埃まみれの螺旋階段を駆け上がりました。 息が切れる。 足が重い。 でも、止まるわけにはいきません。

最上階の展望台。 風が吹き抜けるその場所に、一人の男が立っていました。

黒いマントに、顔を覆う銀色の仮面。 背が高く、細身ですが、全身から放たれる異様なプレッシャーは、クラウス様とはまた違う、ドロドロとした闇の気配を纏っていました。

「……よく来たね、アリア・ベルンシュタイン」

仮面の男が振り返りました。 その声は、驚くほど若く、そして滑らかでした。

「貴方が、『沈黙の貴公子』?」

私は距離を取り、警戒しながら問いかけました。

「そう呼ぶ者もいる。……君のお父上とは、長い付き合いだったよ」

男は歩み寄り、一枚の羊皮紙を差し出しました。 それは、古びた契約書でした。

「見てごらん。これが君の父親が残した『真の借用書』だ」

私は恐る恐るその紙を受け取りました。 そこには、確かに父の署名と、血判が押されていました。 そして、借入額の欄には、信じられない数字が。

「金貨……一万枚……!?」

カミロの時の五倍です。 しかも、その使途不明金の日付は、十年前。 ちょうど、母が病に倒れ、実家が傾き始めた時期と重なります。

「君のお父上は、君のお母上の病気を治すために、禁忌とされる『東方の秘薬』を求めた。その仲介料と購入費がこれだ」

「嘘よ……母の病気は、ただの流行り病だったはず……」

「表向きはね。だが実際は『呪い』だった。政敵にかけられた呪いを解くために、彼は闇に手を染めたんだ。……泣ける話だろう?」

男はクスクスと笑いました。

「だが、金は金だ。返済期限はとっくに過ぎている。利息を含めれば、今の君が公爵から貰った手切れ金程度では、到底足りない」

「……私が、返します。働いて、一生かけてでも……」

「無理だね。君の寿命が三回あっても足りないよ」

男は冷酷に告げました。

「それに、私が欲しいのは金じゃない」

「……え?」

「ラインハルト公爵だ」

男の仮面の奥の瞳が、怪しく光りました。

「彼が持っている『王家の鍵』。……王宮の地下宝物庫を開ける鍵だ。それを盗み出してほしい」

「王家の鍵……?」

「君ならできるはずだ。彼の最愛の婚約者であり、屋敷のどこへでも入れる秘書官なのだから。……寝室の金庫か、あるいは肌身離さず持っているか。それを探り出し、私に渡せ」

「断ります!」

私は叫びました。 そんなことをすれば、クラウス様は国家反逆罪に問われるかもしれません。 愛する人を裏切り、破滅させるなんて、できるわけがない。

「そう言うと思ったよ」

男は指を鳴らしました。 すると、時計塔の影から、二人の部下が現れました。 彼らが手に持っているのは、水晶玉のような魔道具でした。 そこに映し出されていたのは……。

「……ミラ!?」

王立学園の校門前で、楽しそうに友人と話しているミラの姿。 そして、そのすぐ近くの木陰に、ナイフを持った男が潜んでいる映像でした。

「おや、可愛い妹さんだ。……合図一つで、彼女の喉元に赤い花が咲くことになる」

「やめてッ!!」

「なら、選べ」

男は私の耳元で囁きました。

「公爵を裏切るか。妹を殺すか。……簡単な二択だろう?」

悪魔だ。 この男は、人の心を弄ぶ悪魔だ。

私は膝から崩れ落ちました。 どうすればいい? ミラは私の命。絶対に失いたくない。 でも、クラウス様を裏切ることは、私の魂を殺すことと同じだ。

「期限は、明日の夜明けまでだ。……鍵を持って、またここに来い。さもなくば、妹の訃報が新聞の一面を飾るぞ」

男は高らかに笑い、マントを翻して階段を降りて行きました。 私は一人、錆びついた時計塔に取り残されました。

風が冷たい。 心の中まで凍りつきそうです。 どうして、こんなことに。 幸せを掴んだと思った瞬間に、また地獄へ突き落とされるなんて。

(クラウス様……)

彼の名前を呼ぶだけで、涙が溢れてきました。 相談したい。助けてほしい。 でも、言えない。 言えば、ミラが死ぬ。

私はフラフラと立ち上がり、時計塔を後にしました。

          ◇

屋敷に戻ったのは、夕食の時間ギリギリでした。 私は必死に笑顔を作り、食堂へと向かいました。

「お姉ちゃん! おかえりなさい!」

ミラが新しい制服姿で駆け寄ってきました。 紺色のブレザーに、チェックのスカート。とてもよく似合っています。

「ただいま、ミラ。……とっても可愛いわ。似合ってる」

私はミラを抱きしめました。 強く、強く。 この温もりを守るためなら、私は何だってする。 たとえ、世界中を敵に回しても。

「アリア」

クラウス様が食卓で待っていました。 彼は私を見ると、わずかに目を細めました。

「……遅かったな。用事は済んだのか?」

「はい。……長引いてしまって、申し訳ありません」

「顔色が悪いぞ。本当に大丈夫か?」

「ええ、少し歩き疲れただけです」

私は席に着き、スープを口に運びました。 味がしません。 砂を噛んでいるようです。

食事の間、クラウス様は何か言いたげでしたが、ミラの楽しそうな学校の話に水を差さないよう、黙って聞いていました。

夜。 私は自室のベッドで、膝を抱えて震えていました。 時間は刻一刻と過ぎていきます。 明日の夜明けまで。

(やるしかないの……?)

クラウス様の鍵を盗む。 それを渡せば、ミラは助かる。 でも、それはクラウス様への決定的な裏切り。 二度と、彼の隣で笑うことは許されないでしょう。

「……ごめんなさい、クラウス様」

私は決意しました。 私は汚れてもいい。軽蔑されてもいい。 ミラの命には代えられない。

鍵を渡した後、私は自首しよう。 そして、すべての罪を償おう。 それが、私にできる唯一の誠意だ。

深夜二時。 屋敷が寝静まった頃。 私は音もなく部屋を出ました。

秘書官として働いていたおかげで、屋敷の警備体制は把握しています。 巡回の衛兵が交代するわずかな隙間を縫って、私はクラウス様の寝室へと向かいました。

彼の寝室の前には、本来なら護衛がいるはずですが、今日はなぜか誰もいません。 偶然でしょうか。 それとも、罠でしょうか。

考えている暇はありません。 私は震える手でドアノブを回しました。 鍵はかかっていませんでした。

部屋の中は、月明かりだけが頼りでした。 大きな天蓋付きのベッドで、クラウス様が静かに寝息を立てています。 その安らかな寝顔を見ると、胸が張り裂けそうになりました。

(愛しています……本当に)

心の中で呟き、私は部屋の隅にある隠し金庫へと近づきました。 この金庫の場所も、開け方も、彼を補佐する中で知ってしまいました。 彼が私を信用して、教えてくれたからです。

「……暗証番号は、私の誕生日……」

なんて皮肉なのでしょう。 彼が私への愛の証として設定した番号を使って、私は彼を裏切ろうとしているのです。

カチッ、カチッ。 ダイヤルを回す音が、銃声のように響きます。

カチャリ。 開きました。

中には、重要書類と共に、古びた真鍮の鍵が入っていました。 『王家の鍵』です。

私は震える手で、それを掴みました。 冷たい。 まるで、私の罪の重さのようです。

「……何をしている?」

背後から、声がしました。

心臓が止まるかと思いました。 鍵を取り落としそうになりながら、恐る恐る振り返ります。

そこには、ベッドから起き上がり、私をじっと見つめるクラウス様の姿がありました。 怒っているようには見えません。 ただ、どこまでも深く、悲しそうな瞳をしていました。

「……クラウス様……」

「泥棒猫の真似事は、お前の趣味じゃないはずだ」

彼はゆっくりとベッドから降り、私に近づいてきました。 私は後ずさり、壁に背中を押し付けました。 手の中の鍵を隠すように、後ろ手になります。

「なぜだ、アリア。……なぜ、私に言わない?」

「言えません……! 言えば、貴方に迷惑が……」

「迷惑? 私がいつ、お前に迷惑がられるほど柔な男になった?」

クラウス様は私の目の前まで来ると、壁に手をつき、私を閉じ込めました。 いわゆる「壁ドン」の体勢です。 でも、甘い雰囲気など欠片もありません。

「お前は約束したはずだ。命も、未来も、すべて私に預けると。……それなのに、なぜ一人で抱え込む?」

「……ミラが」

私は耐えきれず、涙をこぼしました。

「ミラが人質に取られているんです……! 貴方の鍵を渡さなければ、あの子が殺される……!」

「……そうか」

クラウス様の表情が、スッと変わりました。 悲しみから、冷徹な怒りへ。 でも、その怒りは私に向けられたものではありませんでした。

「相手は?」

「……『沈黙の貴公子』と名乗る男です。時計塔で待っています」

「なるほど。ファントムハイヴの残党か」

クラウス様は私の涙を親指で拭い、そして私の手から優しく鍵を取り上げました。

「返してください……! 行かなきゃ、ミラが……!」

「落ち着け」

クラウス様は私を強く抱きしめました。

「ミラなら無事だ。……とっくに保護してある」

「え……?」

私は目を瞬かせました。

「お前が今日、コソコソと出かけた時から、セバスチャンに見張らせていた。お前がジャックの店に行き、時計塔へ登ったことも、すべて報告を受けている」

「……ぜんぶ、知っていたのですか?」

「当然だ。私の庭で起きていることを把握していないとでも思ったか?」

クラウス様はニヤリと笑いました。

「学園にいた不審者は、すでに『影』が拘束した。ミラは今、セバスチャンが特別授業と称して、安全な地下シェルターで保護している。……ぐっすり眠っているはずだ」

「ああ……」

力が抜けました。 私はなんて愚かだったのでしょう。 この人を信じればよかった。 最初から、すべて話せばよかった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私は、貴方を裏切ろうと……」

「裏切っていない。お前はただ、妹を守ろうとしただけだ」

クラウス様は私の頭を撫でました。

「だが、私を頼らなかった罰は受けてもらうぞ」

「……はい。どんな罰でも受けます」

「罰の内容は後で決める。……まずは、その『沈黙の貴公子』とかいう三文役者に、カーテンコールを贈ってやろうか」

クラウス様の瞳が、獰猛に輝きました。

「私の婚約者を泣かせ、妹を脅した罪。……金貨一万枚どころでは済まさんぞ」

          ◇

夜明け前。 旧市街の時計塔。

仮面の男は、苛立ちながら腕時計を見ていました。

「遅いな……まさか、逃げたか?」

「お待たせしました」

階段から、私が姿を現しました。 手には、小さな布袋を握りしめています。

「おお、来たか。……鍵は?」

「ここにあります」

私は震える手で袋を差し出しました。

男は下卑た笑みを浮かべ、近づいてきました。

「賢明な判断だ。これで妹の命は助かる。……さあ、寄越せ」

男が袋に手を伸ばした、その瞬間。

「……残念ですが」

私は顔を上げ、ニッコリと微笑みました。

「中身は『鍵』ではなく、『氷』ですけれど」

「は?」

パリンッ!!

私の背後の窓ガラスが砕け散り、黒い影が飛び込んできました。 クラウス様です。

「チェックメイトだ、ファントムハイヴ」

クラウス様が剣を一閃させると、男の仮面が真っ二つに割れて落ちました。

素顔を晒したのは、まだ若い、青白い顔をした男でした。

「き、貴様……ラインハルト公爵!? なぜここに!?」

「私の愛しいアリアが、夜遊びに誘われていると聞いてな。保護者同伴で来たまでだ」

クラウス様は私の肩を抱き、男を見下ろしました。

「さて。アリアの父親を騙し、法外な借金を背負わせ、さらに私の家族を脅迫した件……たっぷりと弁明を聞こうか?」

「ひっ、ひいいッ!!」

男は後ずさりましたが、すでに退路はありません。 階段からはセバスチャン率いる衛兵隊が、窓の外には『影』たちが包囲しています。

「やれ」

クラウス様の号令と共に、男は取り押さえられました。

「ま、待ってくれ! 私はただ、組織の命令で……!」

「組織? ああ、『黒蛇』の黒幕か?」

「ち、違う! もっと上だ! もっと強大な……!」

男が何かを叫ぼうとした瞬間、彼の喉からヒュッという音が漏れ、白目を剥いて倒れました。

「……!」

「毒か!?」

セバスチャンが駆け寄りましたが、男はすでに息絶えていました。 口封じ。 誰かが、遠隔で彼を始末したのです。

「……どうやら、根は深いようだな」

クラウス様は死体を見つめ、険しい表情を浮かべました。

「ファントムハイヴすら、トカゲの尻尾切りに過ぎないということか」

私は背筋が寒くなりました。 カミロ、ファントムハイヴ……次々と現れる敵。 私たちの周りには、見えない巨大な網が張り巡らされているようです。

「怖気づいたか? アリア」

クラウス様が私を見ました。

私は首を横に振りました。

「いいえ。……敵が誰であろうと、関係ありません」

私はクラウス様の手を強く握りました。

「私には、貴方がいます。そして、私が守るべき家族がいます。……もう二度と、一人で抱え込んだりしません。一緒に戦わせてください」

「ああ。……今度こそ、本当の契約だ」

朝焼けが、時計塔を照らし始めました。 私たちは死体の転がる塔の上で、二度目の、そしてより強固な誓いを交わしました。

しかし、男が最後に残した言葉。 『もっと強大な組織』。 その正体が、まさか国の根幹に関わるものだとは、この時の私たちはまだ知る由もありませんでした。
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