『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人

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第19話:初めての「言葉」

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 王宮の玉座の間を、轟音が揺るがした。  ズズズズズ……!  床がひび割れ、地下から巨大な岩の塊がせり上がってくる。

 古代兵器「巨人(ゴーレム)」。  それは、人の形をした岩の城塞だった。  身長は五メートル優にあり、全身には不気味な魔術文字が赤く明滅している。  モルガン公爵が握りしめる黒水晶に呼応するように、ゴーレムはうなり声を上げ――いや、岩同士が擦れ合うような不快な音を立てて、その巨腕を振り上げた。

「ハハハハ! 見ろ、この圧倒的な力を! 古代の叡智が生み出した破壊の化身だ!」

 モルガン公爵が狂ったように叫ぶ。  ミリアはゴーレムの足元に隠れながら、勝ち誇った顔で私を見下ろしていた。

「さあ、潰してしまいなさい! 生意気な聖女も、邪魔な宰相も、みんなぺちゃんこよ!」

 ブンッ!!  丸太のような腕が薙ぎ払われる。  ドガァァァン!!  石柱が一本、飴細工のようにへし折られ、砕け散った。

「ひぃぃっ!!」

 私は音にならない悲鳴を上げた。  無理。  絶対無理。  あんなのに勝てるわけがない。  近衛騎士たちの剣なんて、爪楊枝みたいなものだ。

「総員、散開せよ! 正面から受けるな!」

 クラウス様が叫ぶ。  騎士たちが四方八方に散らばり、ゴーレムの足元を切りつける。  ガキン! キンッ!  しかし、刃は硬い岩肌に弾かれ、傷一つつかない。

「無駄だ無駄だぁ! この巨人は魔法障壁を纏っている! 貴様らの剣など通じぬわ!」

 モルガン公爵が黒水晶を掲げる。  ゴーレムが次なる標的を定めた。  その視線の先には――私とクラウス様がいる。

「エリス、逃げろ!」  クラウス様が私を突き飛ばす。

 直後、ゴーレムの拳が私たちのいた場所に叩きつけられた。  ズドォォォン!!  床が爆発したように砕け、衝撃波で私たちは吹き飛ばされた。

「きゃあっ!」  私は床を転がり、壁際まで飛ばされた。  ドレスはもうボロボロで、全身が痛い。  砂埃で前が見えない。

「エリス!」  クラウス様の声が聞こえるが、姿が見えない。

 私は咳き込みながら顔を上げた。  目の前には、巨大な岩の足があった。  ゴーレムだ。  私を追いかけてきたのだ。

 見上げると、岩塊の顔にある赤い二つの光(目?)が、私を見下ろしていた。  殺される。  踏み潰される。

 私は恐怖で腰が抜けて、立ち上がることができなかった。  逃げなきゃいけないのに、足が動かない。  私は反射的に、近くにあった瓦礫――玉座の間を飾っていた美しい壺の破片を拾い上げ、盾にするように構えた。  こんなもので防げるわけがないのに。

 ゴーレムが足を上げる。  死の影が私を覆う。

「やめろぉぉぉ!!」  アデルの声が聞こえる。  彼が捨て身で飛びかかろうとしているが、距離が遠すぎる。

 もうダメだ。  私はギュッと目を閉じた。  ごめんなさい、お父様、お母様。  ごめんなさい、クラウス様。  私の人生、結局ビビリ通して終わりでした。

 その時。  私の手の中で、カチリ、と音がした。  壺の破片だと思っていたもの。  それは、ただの瓦礫ではなかった。  何かの装置の一部?

 ピカーッ!!

 手の中の物体が、強烈な光を放った。  ま、眩しい!  私は驚いて手を離そうとしたが、光は収まるどころか、レーザービームのように真っ直ぐに伸び、ゴーレムの胸部にある赤い紋章を直撃した。

 ズキュゥゥン!!

 ゴーレムの動きがピタリと止まった。  振り上げられた足が、空中で静止する。

「な、なんだ!?」  モルガン公爵が叫ぶ。  「水晶が……制御できない!? なんだあの光は!」

 私はおそるおそる目を開けた。  私が持っていたのは、破壊された女神像の「目」の部分にはめ込まれていた宝石だった。  それは王家の守護石であり、古代の魔力を中和する力を持っていたのだ――なんてことは、当然知らない。  ただ、キラキラして綺麗だったから、無意識に握りしめていただけだ。

 しかし、その光を受けたゴーレムは、苦しむように身をよじり始めた。  身体中の赤い光が、不規則に明滅する。

 チャンスだ。  誰が見ても、今が攻撃のチャンスだ。

 クラウス様が叫んだ。  「エリスが動きを止めたぞ! 今だ! 胸の紋章を砕けぇぇ!!」

「うおおおおっ!!」  ガルド団長が跳躍する。  アデルも続く。  二人の剣が、光に導かれるようにゴーレムの胸へと突き立てられた。

 ガギィィィン!!

 硬質な音が響き、赤い紋章が砕け散った。  同時に、ゴーレムから力が抜ける。  ズズズ……ドォォォン……。  巨大な岩の塊は、崩れ落ちるようにしてその場に倒れ込んだ。  土煙が舞い上がる。

 静寂。  そして、爆発的な歓声。

「やったぞ! 巨人を倒した!」 「エリス様が! 聖なる光で動きを封じたんだ!」 「女神の加護だ!」

 私は瓦礫の中で、ポカンとしていた。  手の中の宝石は、すでに光を失いただの石ころに戻っている。  またやっちゃった。  偶然拾った石が、古代兵器の弱点特攻アイテムだったなんて。  私の悪運もここまできたら才能かもしれない。

          ◇

 ゴーレムが倒されたことで、勝負は決した。  モルガン公爵は腰を抜かし、這いずって逃げようとしたところを騎士たちに取り押さえられた。  「放せ! 私は公爵だぞ! 帝国軍が黙っていないぞ!」と喚いていたが、誰も聞く耳を持たなかった。

 そして、ミリア。  彼女は倒れたゴーレムの陰で、震えていた。  もはや逃げ場はない。  騎士たちに囲まれ、剣を突きつけられている。

「……嫌よ。なんで……」

 彼女は髪を振り乱し、ブツブツと呟いていた。

「私が主役なのに。転生特典とかないの? なんであの女ばっかり……!」

 私はクラウス様に支えられて立ち上がり、ミリアの前に進んだ。  彼女を見下ろす。  かつて私を見下し、嘲笑っていた彼女は、今は小さく、哀れに見えた。

 ミリアが顔を上げ、私を睨みつけた。

「笑えばいいじゃない! 勝ったんでしょ!? 『ざまぁみろ』って言いなさいよ!」

 彼女は最後まで、私に罵声を期待していた。  同じ土俵に立ち、泥仕合を演じることを望んでいた。  それが、彼女なりの「物語」だったのだろう。

 でも。  私は何も言わなかった。  言うべき言葉が見つからなかった。  怒りよりも、哀れみが勝ってしまったのだ。  物語の主役になりたくて、周りを傷つけ、国を売り、最後は自分自身さえも見失ってしまった少女。

 私は静かに目を伏せ、ため息を一つついた。  そして、くるりと背を向けた。  (もう、いいでしょう)  (貴女との物語は、これでおしまいです)

 その無関心な態度が、ミリアにとっては最大の「罰」だったようだ。

「……っ!! 無視しないでよぉぉぉ!!」

 彼女の絶叫が響き渡る。  しかし、私は一度も振り返らなかった。  彼女は騎士たちに引き立てられ、連行されていった。  その声が遠ざかるにつれて、私の心の中にあった長い長い「悪役令嬢」としての呪縛も、消えていく気がした。

          ◇

 夜明け。  戦いは終わった。

 王宮の外にいた帝国軍本隊は、ゴーレムの敗北と、近衛騎士団の復活を知り、撤退を開始していた。  彼らはあくまで「内乱に乗じて」利益を得ようとしていただけだ。  本気になった王国軍と正面から戦うリスクは冒さない。  隣国の脅威は去った。

 そして、戦後処理が始まった。  玉座の間には、解放された国王陛下と王妃陛下が座っている。  その前には、後ろ手に縛られたモルガン公爵とミリア。  そして、アデル王太子が跪いていた。

 アデルは、自ら王位継承権の返上を申し出た。

「全ての責任は私にあります。私の愚かさが、ミリアという怪物を招き入れ、国を滅亡の淵に追いやりました。……もはや、王太子の資格などありません」

 彼は床に頭を擦り付けた。  国王陛下は沈痛な面持ちで頷いた。

「よかろう。アデル、そなたを廃嫡とする。……辺境の修道院にて、一生をかけて罪を償うがよい」 「はっ……! ありがたき幸せにございます」

 アデルは立ち上がり、私の方を見た。  その目は晴れやかだった。

「エリス。……すまなかった。そして、ありがとう」

 彼は深く一礼した。  もう未練がましい目ではない。  憑き物が落ちたような、清々しい顔だった。

「幸せになれよ。……いや、アイゼンベルク宰相となら、間違いなく幸せになれるな」

 彼は寂しげに笑うと、騎士に連れられて去っていった。  幼馴染との、本当の別れ。  少しだけ胸がチクリとしたが、私はもう涙を流さなかった。

 次に、国王陛下が私とクラウス様を見た。

「クラウスよ。そなたの働き、見事であった。そしてエリス嬢。……そなたこそが、この国を救った最大の功労者である」

 陛下が立ち上がり、私に歩み寄る。

「そなたの沈黙は、雄弁な言葉よりも強く、人々の心を動かした。そなたの指先一つが、絶望を希望へと変えた。……余は、そなたのような女性が我が国にいることを誇りに思う」

 全騎士団が、一斉に剣を掲げ、私に敬礼する。  「沈黙の聖女に栄光あれ!」  その声が、王宮中に響き渡った。

 私はクラウス様の隣で、ただ静かに微笑んでいた。  今度は、引きつった笑いではない。  安堵と、少しの気恥ずかしさと、そして大きな喜びに満ちた、自然な微笑みだった。

          ◇

 その夜。  王宮では勝利を祝う宴が開かれていたが、私たちはこっそりと抜け出していた。  向かったのは、王宮で一番高い塔のバルコニー。  かつて、アデルに絡まれ、クラウス様に助けられた、あの場所だ。

 夜風が心地よい。  眼下には、平和を取り戻した王都の灯りが広がっている。  空には満天の星。  全てが美しく、穏やかだった。

「……終わったな」

 クラウス様が手すりにもたれかかり、呟いた。  彼はまだ包帯だらけだが、その表情は今まで見た中で一番穏やかだった。

「長い戦いだった。……君を巻き込んでしまい、本当にすまなかった」

 彼は私に向き直り、真剣な眼差しで見つめてきた。

「エリス。君に言わなければならないことがある」

 ドキッとした。  改まって、何だろう。

「私は今まで、君の『沈黙』に甘えてきた。君が何も言わないのをいいことに、自分勝手な解釈を押し付け、君を理想の聖女に仕立て上げてしまったかもしれない」

 彼は苦笑した。

「本当の君は、もっと普通の……もしかしたら、少し怖がりで、お腹が空いたら不機嫌になって、イモを焼くのが好きな、可愛らしい女性なのかもしれない」

 バレてる。  薄々感づかれていた。  でも、彼の目は優しかった。

「だが、それでも構わない。……いや、むしろそんな君だからこそ、私は愛したんだ」

 クラウス様は一歩近づき、私の手を取った。  あの、冷たくて大きな手が、今はとても温かい。

「聖女としての君も、普通の少女としての君も、全てひっくるめて愛している。言葉なんていらないと言ったが、あれは嘘だ。……本当は、君の声が聞きたい」

 彼は私の瞳を覗き込んだ。

「君の言葉で、君の本当の気持ちを聞かせてほしい。……私と、結婚してくれるか?」

 プロポーズ。  二度目の求婚。  最初は、書類仕事の合間に、半ば強引に決められた婚約だった。  でも、今回は違う。  彼が私の全てを受け入れ、改めて求めてくれている。

 私は胸がいっぱいになった。  喉の奥が熱くなる。  今まで、ずっと怖くて閉じ込めてきた言葉たちが、溢れ出しそうになる。

 『処刑されたくない』という一心で閉ざした口。  『余計なことは喋らない』と誓った心。  でも、もうその必要はない。  彼は、私のどんな言葉も、きっと受け止めてくれる。

 私は深呼吸をした。  震える唇を開く。  喉がヒューヒューと鳴る。  声を出すのは、こんなにも勇気がいることだったのか。

 でも、言わなきゃ。  彼にだけは、私の「一番大切な言葉」を。

「……は、い」

 掠れた、小さな声だった。  風に吹けば消えてしまいそうなほど、頼りない音。

 でも、クラウス様は目を見開いた。  世界で一番美しい音楽を聴いたかのように、その表情が輝いた。

「エリス……?」

 私はもう一度、力を込めて言った。  今度は、はっきりと。

「はい……! 喜んで……!」

 涙が溢れた。  声に出してしまった。  私の「無言の誓い」は、ここで破られた。  でも、それは敗北ではない。新しい始まりのための、幸せな敗北だ。

 クラウス様は感極まったように私を抱きしめた。  「ありがとう……! ありがとう、エリス!」  彼は何度も私の名前を呼び、私の髪に、頬に、唇にキスをした。

「君の声は、どんな詩よりも美しい。……一生、私の側でその声を聞かせてくれ」 「……はい、クラウス様。大好きです」

 私は彼の胸に顔を埋め、ボロボロと泣きながら、堰を切ったように言葉を紡いだ。  「怖かった」「足が痛い」「お腹すいた」「もう戦いたくない」  今まで言えなかった本音を、全部。

 彼はそれを全て、「うん、うん」と優しく聞いてくれた。  私の愚痴も、弱音も、全てが彼にとっては愛の囁きのように響いているようだった。

 夜空に流星が流れた。  私たちの長い長い「沈黙の物語」は、ここで幕を下ろす。  そして明日からは、少しだけ騒がしくて、とびきり甘い、新しい物語が始まるのだ。

          ◇

 後日談。  王都の広場には、新しい銅像が建てられた。  『沈黙の聖女エリス像』。  指を口元に当て、静かに微笑む女神の像だ。  その台座には、こんな言葉が刻まれている。

 『沈黙は金なり。されど、愛は雄弁なり』

 私はその像を見るたびに、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしている。  「撤去してください!」とクラウス様に頼んでも、「いや、国の宝だ」と却下されるのが、最近の悩みだ。

 でもまあ、悪くない。  隣には愛する人がいて、毎日美味しいお茶が飲めて、たまに焼き芋ができる平和な日々。  転生して二度目の人生、最初はハードモードだったけれど、結果的にはハッピーエンドと言えるだろう。

 私はクラウス様の腕に抱かれながら、今日も幸せなため息(もちろん無言ではない)をつくのだった。
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