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第25話:不器用な恋人たちの、甘い日常
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ヴォルフガント領に帰還し、カイとの婚約が正式なものとなってから、私たちの日常は、夢のように甘く、そして、穏やかなものに変わった。
……変わった、はずなのだけど。
「アリア、少し窓を開けただけだが、肌寒いのではないか? これを羽織れ」
「アリア、書物を読んでいて喉が渇いただろう。新しく摘んだミントの茶だ」
「アリア、その刺繍の枠は角が当たると危ない。俺が持つ」
カイの***過保護***が、すごい。
いや、ものすごい。
以前から、その気配は濃厚にあったけれど、私が正式に彼の婚約者になってからは、それが、さらに、さらに加速した。
私が少しでも眉を寄せれば、どこからともなく飛んできて、「どうした、どこか痛むのか」と心配する。
私が一人で庭を散歩しているだけで、どこかへ行ってしまうのではないかと、子犬のように不安そうな顔で後をついてくる。
まるで、触れれば壊れてしまう、ガラス細工か何かのように、大切に、大切に、されている。
それは、もちろん、この上なく嬉しいのだけれど。
(……少し、いえ、かなり、恥ずかしい……)
特に、執務室での魔力制御訓練の時が、一番困ってしまう。
今では、彼の魔力はほとんど暴走することもなくなり、訓練は、より高度で繊細な魔力操作の練習へと移行していた。
「カイ、ここの流れが、まだ少しだけ、乱れやすいですわ。もっと、意識を細く、針の先に通すように……」
私が彼の逞しい腕に触れて、魔力の流れを指摘しようとすると、彼は、私の手を、ぎゅっと、優しく握り返してくる。
「……ああ。ここか」
そして、じっと、真剣な顔で、私の瞳を見つめてくるのだ。
その、熱を帯びた青い瞳に見つめられると、私は、もう、魔力の流れどころではなくなってしまう。
「か、カイ……? 訓練に、集中してくださいませ」
「している。……お前のことを、どうすれば、もっと喜ばせられるか、どうすれば、もっと幸せな顔をしてくれるか、集中して考えている」
真顔で、そんな、心臓が跳ね上がるようなことを言うものだから、たちが悪い。
私の顔は、きっと、熟れたトマトのように、真っ赤になっているに違いない。
そんな私を見て、彼は、不思議そうに首を傾げるのだ。
「……顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
そう言って、自分の額を、私の額に、こつん、と優しく合わせてくる。
近すぎる、彼の整った顔。甘い、彼自身の香り。
心臓が、もう、破裂してしまいそうだ。
「ち、ち、ちがいます! これは、その……! 暖炉の火が、少し、暑いだけで……!」
しどろもどろになる私を見て、ようやく、彼も何かを察したらしい。
その、いつもは涼しげな耳が、ほんのりと、鮮やかな赤色に染まっていく。
「……そうか」
気まずそうに、彼はさっと体を離す。
そんな、どこか初々しい恋人たちのようなやり取りが、私たちの間では、ごく当たり前の日常になっていた。
ある日の午後。
私は、庭のガゼボで、一人、刺繍をしながらお茶を飲んでいた。
ふと、カイが、珍しく、そわそわとした、落ち着かない様子で、こちらにやってくるのが見えた。その手には、何かを隠すように、後ろに組んでいる。
「アリア」
「はい、カイ。どうかなさいましたの?」
「……これ」
彼が、少し照れくさそうに、私に差し出したのは、一輪の、白い花だった。
この辺りでは見かけない、幾重にも重なった花びらが美しい、とても可憐で、気品のある花。朝露に濡れて、キラキラと輝いている。
「まあ、綺麗……。なんていうお花ですの?」
「……知らん」
えええ!?
「西の……雪が残る、崖の上に、一輪だけ咲いていた。……お前に、似合うと、思ったから」
彼は、ぶっきらぼouに、そう言った。
わざわざ、私のために、あんな険しい崖まで登って、この花を?
この、不器用で、無愛想で、でも、誰よりも優しい公爵様が?
(……なんて、なんて、愛おしい人なんだろう)
嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになる。
私は、その白い花を、そっと、両手で受け取った。
「ありがとうございます、カイ。とても、嬉しいですわ。……私の、宝物にしますね」
私が、花に顔を寄せて、ほころぶように微笑むと、カイは、今まで見た中で、一番、優しい顔で、笑った。
それは、まるで、春の陽だまりのような、温かくて、穏やかな笑顔だった。
こんな、何気ない、ささやかな日常。
でも、私にとっては、王都にいた頃の、どんな華やかなパーティーよりも、どんな高価な宝石よりも、何物にも代えがたい、幸せな時間。
この幸せが、永遠に、永遠に、続きますように。
私は、そっと、心の中で祈った。
この、不器用で、愛おしい恋人と、共に。
……変わった、はずなのだけど。
「アリア、少し窓を開けただけだが、肌寒いのではないか? これを羽織れ」
「アリア、書物を読んでいて喉が渇いただろう。新しく摘んだミントの茶だ」
「アリア、その刺繍の枠は角が当たると危ない。俺が持つ」
カイの***過保護***が、すごい。
いや、ものすごい。
以前から、その気配は濃厚にあったけれど、私が正式に彼の婚約者になってからは、それが、さらに、さらに加速した。
私が少しでも眉を寄せれば、どこからともなく飛んできて、「どうした、どこか痛むのか」と心配する。
私が一人で庭を散歩しているだけで、どこかへ行ってしまうのではないかと、子犬のように不安そうな顔で後をついてくる。
まるで、触れれば壊れてしまう、ガラス細工か何かのように、大切に、大切に、されている。
それは、もちろん、この上なく嬉しいのだけれど。
(……少し、いえ、かなり、恥ずかしい……)
特に、執務室での魔力制御訓練の時が、一番困ってしまう。
今では、彼の魔力はほとんど暴走することもなくなり、訓練は、より高度で繊細な魔力操作の練習へと移行していた。
「カイ、ここの流れが、まだ少しだけ、乱れやすいですわ。もっと、意識を細く、針の先に通すように……」
私が彼の逞しい腕に触れて、魔力の流れを指摘しようとすると、彼は、私の手を、ぎゅっと、優しく握り返してくる。
「……ああ。ここか」
そして、じっと、真剣な顔で、私の瞳を見つめてくるのだ。
その、熱を帯びた青い瞳に見つめられると、私は、もう、魔力の流れどころではなくなってしまう。
「か、カイ……? 訓練に、集中してくださいませ」
「している。……お前のことを、どうすれば、もっと喜ばせられるか、どうすれば、もっと幸せな顔をしてくれるか、集中して考えている」
真顔で、そんな、心臓が跳ね上がるようなことを言うものだから、たちが悪い。
私の顔は、きっと、熟れたトマトのように、真っ赤になっているに違いない。
そんな私を見て、彼は、不思議そうに首を傾げるのだ。
「……顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
そう言って、自分の額を、私の額に、こつん、と優しく合わせてくる。
近すぎる、彼の整った顔。甘い、彼自身の香り。
心臓が、もう、破裂してしまいそうだ。
「ち、ち、ちがいます! これは、その……! 暖炉の火が、少し、暑いだけで……!」
しどろもどろになる私を見て、ようやく、彼も何かを察したらしい。
その、いつもは涼しげな耳が、ほんのりと、鮮やかな赤色に染まっていく。
「……そうか」
気まずそうに、彼はさっと体を離す。
そんな、どこか初々しい恋人たちのようなやり取りが、私たちの間では、ごく当たり前の日常になっていた。
ある日の午後。
私は、庭のガゼボで、一人、刺繍をしながらお茶を飲んでいた。
ふと、カイが、珍しく、そわそわとした、落ち着かない様子で、こちらにやってくるのが見えた。その手には、何かを隠すように、後ろに組んでいる。
「アリア」
「はい、カイ。どうかなさいましたの?」
「……これ」
彼が、少し照れくさそうに、私に差し出したのは、一輪の、白い花だった。
この辺りでは見かけない、幾重にも重なった花びらが美しい、とても可憐で、気品のある花。朝露に濡れて、キラキラと輝いている。
「まあ、綺麗……。なんていうお花ですの?」
「……知らん」
えええ!?
「西の……雪が残る、崖の上に、一輪だけ咲いていた。……お前に、似合うと、思ったから」
彼は、ぶっきらぼouに、そう言った。
わざわざ、私のために、あんな険しい崖まで登って、この花を?
この、不器用で、無愛想で、でも、誰よりも優しい公爵様が?
(……なんて、なんて、愛おしい人なんだろう)
嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになる。
私は、その白い花を、そっと、両手で受け取った。
「ありがとうございます、カイ。とても、嬉しいですわ。……私の、宝物にしますね」
私が、花に顔を寄せて、ほころぶように微笑むと、カイは、今まで見た中で、一番、優しい顔で、笑った。
それは、まるで、春の陽だまりのような、温かくて、穏やかな笑顔だった。
こんな、何気ない、ささやかな日常。
でも、私にとっては、王都にいた頃の、どんな華やかなパーティーよりも、どんな高価な宝石よりも、何物にも代えがたい、幸せな時間。
この幸せが、永遠に、永遠に、続きますように。
私は、そっと、心の中で祈った。
この、不器用で、愛おしい恋人と、共に。
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