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第7話:図書室の答えと、彼の本音
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城の執事に許可をもらい、私は足を踏み入れたことのない図書室へと向かった。
アレクシス様の寝室とは逆の棟にある、ほとんど使われていないというその場所。
重厚な樫の木の扉は、私が押すと、ギィィ……と長い間動かされていなかったことを示す、悲鳴のような軋み音を立てた。
扉を開けた瞬間、古い紙とインクの、独特の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
そして、目の前に広がる光景に、私は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごい……」
そこは、知識の森だった。
天井まで届く巨大な本棚が、壁という壁を埋め尽くし、迷路のようにずらりと並んでいる。
そこに眠るのは、何百年という時を刻んだであろう、無数の書物。
高い窓から差し込む斜陽が、空気中を舞う細かな埃をきらきらと照らし出し、幻想的な光の筋を描いていた。
(必ず、見つけ出す……!)
私は固く意気込み、早速、本棚の間を歩き始めた。
背表紙に書かれた文字を一つ一つ追いながら、古そうな本を、手当たり次第に手に取ってみる。
『ヴァインベルク領土変遷史』
『古代魔法体系』
『呪詛と祝福に関する一考察』
それらしいタイトルの本を見つけては、埃っぽい床に座り込み、夢中でページをめくった。
領地の歴史、魔法に関する高度な研究書、近隣諸国との外交記録……。
しかし、肝心の「ヴァインベルク家に伝わる呪い」に関する直接的な記述は、どこにも見当たらない。
何時間、そうしていただろうか。
窓から差し込む光は、とっくに橙色から深い藍色に変わっている。
私は埃まみれになりながら、自分の周りに、読破した本の小さな山をいくつも築いていた。
「はぁ……やっぱり、簡単には見つからないか……」
諦めにも似た、深いため息をついた、その時だった。
「——無駄だ」
静かだが、有無を言わさぬ、凍てつくような声が、部屋に響いた。
驚いて振り返ると、いつの間にか、アレクシス様が入り口の扉に寄りかかるようにして立っていた。
彼は腕を組み、私の作った本の山を、冷え冷えとした目で見下ろしている。
「こ、公爵様……! いつの間に……」
「ここにある書物は、全て私が目を通している。君が探しているようなものは、どこにもない」
彼の言葉は、あまりにも無慈悲な宣告だった。
私の最後の希望を、粉々に打ち砕くには、十分すぎるほどの。
やっぱり、ダメだったんだ……。
そんなに、甘くはなかった。
がっくりと肩を落とす私に、彼は静かに、コツ、コツ、と足音を響かせながら歩み寄ってくる。
「……どうして、そこまでする?」
彼の問いに、私は顔を上げた。
その蒼い瞳は、私を試すように、非難するように、まっすぐに見つめている。
「どうしてって……」
決まっている。
そんなの、決まっているじゃないですか。
「公爵様の、***お力になりたいから***です!」
私は床に置いた分厚い本を、ぎゅっと握りしめ、まるで叫ぶようにして言った。
もう、敬語も何もかも、めちゃくちゃだった。
「私は、あなたに救われました! 追放されて、行く当てもなく、路地裏で死ぬのを待つだけだった私を、ここまで連れてきてくれた! この美しい庭と、温かい居場所を与えてくれた……!」
「だから今度は、私があなたを助けたいんです! 恩返しがしたいんです!」
私の力なんて、ちっぽけで、何の役にも立たないかもしれない。
でも、何もしないで、彼が苦しむのを見ているだけなんて、絶対にできない。
「あなたの苦しむ姿を、もう見たくないんです……!」
堪えきれなくなった涙が、ぽろり、ぽろりと頬を伝い、埃っぽい床に小さな染みを作った。
それを見て、アレクシス様の氷の仮面が、わずかに、本当にわずかに、揺らいだ。
彼は一瞬、躊躇うように目を伏せた後、深く、長い息を吐いた。
「……君は、本当に……お人好しだな」
その声には、呆れと、そして、ほんの少しの、とろけるように甘い愛しさが混じっているように聞こえた。
彼は私の前に跪くと、私の頬を伝う涙を、その指で……いや、いつもと同じ、白い手袋越しに、そっと拭ってくれた。
「君の気持ちは、嬉しい。……痛いほど、伝わった。だが……これ以上、深入りするべきではない」
「でも……!」
「これは、私自身の問題だ。君を、危険な目に遭わせるわけにはいかない」
——君を、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
彼の口から漏れた、紛れもない本音。
それは、私を案ずる、不器用で、でも、どうしようもなく優しい言葉だった。
ただ突き放しているわけではなかったのだと、ようやく、ようやく理解できた。
「公爵様……」
「もう、こんなことはやめてくれ。……約束してほしい」
彼の真剣な、懇願するような眼差しに、私は、頷くことしかできなかった。
これ以上、彼を困らせたくはない。
彼の優しさを、踏みにじりたくはない。
「……わかりました。もう、しません」
私の返事を聞いて、彼は心の底から安堵したように、ほんの少しだけ表情を和らげた。
その瞬間、彼と私の間の重苦しい空気が、ふわりと軽くなった気がした。
「さあ、もう遅い。夕食にしよう」
彼はすっくと立ち上がると、私に手を差し伸べる。
私はその手袋に覆われた手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
図書室の高い窓から、一番星が、力強く瞬いているのが見えた。
結局、呪いの手がかりは見つからなかった。
でも、私はもっと、もっと大切なものを見つけた気がする。
彼の、本当の優しさ。
そして、彼が私を、命懸けで守ろうとしてくれている、その想い。
それだけで、私の心は、温かい光で満たされていく。
今はまだ、彼の隣にいることしかできないけれど。
いつか必ず、彼の本当の笑顔を取り戻してみせる。
その新たな誓いを胸に、私は彼の少し後ろを、その大きな背中だけを見つめながら、しっかりとついて歩いた。
アレクシス様の寝室とは逆の棟にある、ほとんど使われていないというその場所。
重厚な樫の木の扉は、私が押すと、ギィィ……と長い間動かされていなかったことを示す、悲鳴のような軋み音を立てた。
扉を開けた瞬間、古い紙とインクの、独特の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
そして、目の前に広がる光景に、私は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごい……」
そこは、知識の森だった。
天井まで届く巨大な本棚が、壁という壁を埋め尽くし、迷路のようにずらりと並んでいる。
そこに眠るのは、何百年という時を刻んだであろう、無数の書物。
高い窓から差し込む斜陽が、空気中を舞う細かな埃をきらきらと照らし出し、幻想的な光の筋を描いていた。
(必ず、見つけ出す……!)
私は固く意気込み、早速、本棚の間を歩き始めた。
背表紙に書かれた文字を一つ一つ追いながら、古そうな本を、手当たり次第に手に取ってみる。
『ヴァインベルク領土変遷史』
『古代魔法体系』
『呪詛と祝福に関する一考察』
それらしいタイトルの本を見つけては、埃っぽい床に座り込み、夢中でページをめくった。
領地の歴史、魔法に関する高度な研究書、近隣諸国との外交記録……。
しかし、肝心の「ヴァインベルク家に伝わる呪い」に関する直接的な記述は、どこにも見当たらない。
何時間、そうしていただろうか。
窓から差し込む光は、とっくに橙色から深い藍色に変わっている。
私は埃まみれになりながら、自分の周りに、読破した本の小さな山をいくつも築いていた。
「はぁ……やっぱり、簡単には見つからないか……」
諦めにも似た、深いため息をついた、その時だった。
「——無駄だ」
静かだが、有無を言わさぬ、凍てつくような声が、部屋に響いた。
驚いて振り返ると、いつの間にか、アレクシス様が入り口の扉に寄りかかるようにして立っていた。
彼は腕を組み、私の作った本の山を、冷え冷えとした目で見下ろしている。
「こ、公爵様……! いつの間に……」
「ここにある書物は、全て私が目を通している。君が探しているようなものは、どこにもない」
彼の言葉は、あまりにも無慈悲な宣告だった。
私の最後の希望を、粉々に打ち砕くには、十分すぎるほどの。
やっぱり、ダメだったんだ……。
そんなに、甘くはなかった。
がっくりと肩を落とす私に、彼は静かに、コツ、コツ、と足音を響かせながら歩み寄ってくる。
「……どうして、そこまでする?」
彼の問いに、私は顔を上げた。
その蒼い瞳は、私を試すように、非難するように、まっすぐに見つめている。
「どうしてって……」
決まっている。
そんなの、決まっているじゃないですか。
「公爵様の、***お力になりたいから***です!」
私は床に置いた分厚い本を、ぎゅっと握りしめ、まるで叫ぶようにして言った。
もう、敬語も何もかも、めちゃくちゃだった。
「私は、あなたに救われました! 追放されて、行く当てもなく、路地裏で死ぬのを待つだけだった私を、ここまで連れてきてくれた! この美しい庭と、温かい居場所を与えてくれた……!」
「だから今度は、私があなたを助けたいんです! 恩返しがしたいんです!」
私の力なんて、ちっぽけで、何の役にも立たないかもしれない。
でも、何もしないで、彼が苦しむのを見ているだけなんて、絶対にできない。
「あなたの苦しむ姿を、もう見たくないんです……!」
堪えきれなくなった涙が、ぽろり、ぽろりと頬を伝い、埃っぽい床に小さな染みを作った。
それを見て、アレクシス様の氷の仮面が、わずかに、本当にわずかに、揺らいだ。
彼は一瞬、躊躇うように目を伏せた後、深く、長い息を吐いた。
「……君は、本当に……お人好しだな」
その声には、呆れと、そして、ほんの少しの、とろけるように甘い愛しさが混じっているように聞こえた。
彼は私の前に跪くと、私の頬を伝う涙を、その指で……いや、いつもと同じ、白い手袋越しに、そっと拭ってくれた。
「君の気持ちは、嬉しい。……痛いほど、伝わった。だが……これ以上、深入りするべきではない」
「でも……!」
「これは、私自身の問題だ。君を、危険な目に遭わせるわけにはいかない」
——君を、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
彼の口から漏れた、紛れもない本音。
それは、私を案ずる、不器用で、でも、どうしようもなく優しい言葉だった。
ただ突き放しているわけではなかったのだと、ようやく、ようやく理解できた。
「公爵様……」
「もう、こんなことはやめてくれ。……約束してほしい」
彼の真剣な、懇願するような眼差しに、私は、頷くことしかできなかった。
これ以上、彼を困らせたくはない。
彼の優しさを、踏みにじりたくはない。
「……わかりました。もう、しません」
私の返事を聞いて、彼は心の底から安堵したように、ほんの少しだけ表情を和らげた。
その瞬間、彼と私の間の重苦しい空気が、ふわりと軽くなった気がした。
「さあ、もう遅い。夕食にしよう」
彼はすっくと立ち上がると、私に手を差し伸べる。
私はその手袋に覆われた手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
図書室の高い窓から、一番星が、力強く瞬いているのが見えた。
結局、呪いの手がかりは見つからなかった。
でも、私はもっと、もっと大切なものを見つけた気がする。
彼の、本当の優しさ。
そして、彼が私を、命懸けで守ろうとしてくれている、その想い。
それだけで、私の心は、温かい光で満たされていく。
今はまだ、彼の隣にいることしかできないけれど。
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