偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人

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第9話:祭りの夜と、触れられない髪

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祭りの夜。
私はマーサが用意してくれた素朴なワンピースに着替え、少しだけお洒落をして、心臓をバクバクさせながら城の裏門へと向かった。

そこには、すでに人影が一つ。
月明かりの下に立つその人は、いつもの堅苦しい公爵の軍服ではなく、旅人が着るような、シンプルな黒いシャツとズボンを身につけていた。

「公爵様……」

私に気づいた彼——アレクシス様が、ゆっくりと振り返る。
その姿は、いつもの近寄りがたい威圧感が嘘のように、どこか親しみやすく、年相応の青年に見えた。
そして彼は、私の姿を認めた瞬間、その美しい蒼い瞳を、わずかに、しかしはっきりと見開いて、動きを止めた。

「……あ」

何かを言いかけて、彼は口ごもる。
その視線が、私の服装に向けられているのがわかって、急に恥ずかしくなった。
やっぱり、似合わないだろうか。
地味な私には、こんな可愛らしい服は……。

「あ、あの……変、でしょうか?」

「いや……」

彼は慌てたように首を振る。
そして、ぼそりと、呟くように言った。

「…………似合っている」

その一言に、私の心臓が、大きく、大きく、跳ね上がった。
顔に熱が集まるのを感じる。
彼もどこか気まずそうに、そっぽを向いてしまった。

「……行くぞ」

そう言ってぶっきらぼうに歩き出した彼の後を、私は小走りで追いかける。
城下町へと続く道を、二人で並んで歩く。
聞こえてくるのは、遠くで鳴り響く楽しげな音楽と、人々の賑やかな声。
そして、私の隣を歩く、彼の静かな呼吸音。

村の中心にある広場は、たくさんのランタンや松明の灯りに照らされ、まるでおとぎ話の世界のようだった。
村人たちは、手作りの楽器を奏で、老いも若きも、手を取り合って輪になって踊っている。
広場の隅に並んだ屋台からは、焼きたてのパンや、果物をスパイスで煮詰めた甘い香りが漂ってきて、お腹がきゅるきゅると鳴ってしまいそうだ。

「すごい……! こんなに活気が……!」

私が感動の声を上げていると、アレクシス様が隣で小さく頷いた。

「君のおかげだ、リリアーナ」

その優しい声に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

私たちが広場を歩いていると、村人たちが次々と気づいて、満面の笑顔で駆け寄ってきた。

「聖女様!」「リリアーナ様だ!」

彼らは私をそう呼び、心からの感謝を、次々に口にしてくれる。

「聖女様のおかげで、今年の麦は豊作だ! 子供たちに腹一杯食わせてやれる!」
「うちの婆さんの長年の腰痛が、聖女様の育てた薬草で、すっかり良くなったんですよ!」

私はその度に「私だけの力じゃありません、皆さんの努力のおかげです」と恐縮するけれど、彼らの太陽のような笑顔は、何よりの褒美だった。
その様子を、アレクシス様は少し離れた場所から、穏やかな、本当に穏やかな表情で見守っている。
その瞳は、まるで自分のことのように、誇らしげに輝いていた。

ひとしきり挨拶が終わった後、一人の小さな女の子が、お母さんの後ろから、もじもじと私のもとへ駆け寄ってきた。
その小さな手には、色とりどりの野の花で作った、可愛らしい花の冠が握られている。

「せーじょさま、これ、あげる!」

「まあ、可愛らしい。ありがとう。上手に作ったのね」

私が微笑んで受け取ろうとすると、女の子は「わたしが、つけてあげる!」と言って、一生懸命、背伸びをした。
私は彼女に合わせて、そっと屈んであげる。
小さな、小さな手が、私の髪に、花の冠をそっと乗せてくれた。

「わあ、ありがとう。とっても嬉しいわ」

私がそう言って女の子の頭を優しく撫でてあげた、その時だった。

ふと、すぐそばにいたアレクシス様の気配が変わった。
見ると、彼が、まるで何かに引き寄せられるように、そっと手を伸ばしていた。

その手袋をしていない、白い指先が。

私の髪に……花の冠に飾られた、一房の髪に、触れようとしていた。
その瞳は、熱っぽく、潤んでいるようにさえ見えた。

その、瞬間。

彼はハッと我に返ったように、大きく目を見開いて、まるで電撃にでも打たれたかのように、勢いよく手を引っ込めた。

そして、その顔に浮かんだのは、深い、深い絶望と、自分自身を激しく責めるような、凄絶な苦悩の色。

「……っ」

彼は唇を強く噛み締め、ぎゅっと、血が滲むほどに拳を握りしめている。
その切なすぎる表情に、私の胸は、冷たいナイフで抉られたように、ずきりと痛んだ。

まただ。
また、彼は私に触れようとして、寸前でやめてしまった。
どうして?
なぜ、そんなに苦しそうな顔をするの?

楽しいお祭りの雰囲気とは裏腹に、私たちの周りだけ、時間が、空気が、完全に凍りついてしまったかのようだった。

触れたくても、触れられない。
その、もどかしい距離が、今、何よりも残酷に、私の胸に突き刺さる。

彼の抱える、底知れない闇の深さを、改めて突きつけられた気がして。
私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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