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第29話 契約
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(視点:レージ)
冷え切った廊下で、私は一度深く息を吸い込んだ。
リディア様の言葉が、まだ胸の奥で鋭い痛みとして残っている。
『言葉をなかったことにされた』
『今のあなたと同じよ』
その通りだ。
私は彼女を守るという大義名分を掲げ、彼女の意志を奪っていた。
それは、彼女を殺した連中と何ら変わらない。
最も避けるべき「断罪者」に、私自身がなろうとしていたのだ。
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
先ほど、震える手で書き上げたばかりのものだ。
インクが乾いたばかりのその紙からは、まだ微かに鉄の匂いがする。
ガチャリ。
鍵を開ける音が、静寂に響く。
部屋に入ると、リディア様はベッドの端に座り、膝を抱えていた。
私を見ようともしない。
その拒絶の姿勢が、私の心臓を雑巾のように絞り上げる。
「……リディア様」
「……まだ、何か用?」
「解放いたします。鉄格子も、明日には外させましょう」
彼女が驚いて顔を上げる。
その瞳は赤く腫れ、警戒心で揺れていた。
「……急に、どうしたの? また何か裏があるんでしょ」
「裏などありません。ただ、私が間違っておりました。あなたを鳥籠に入れても、あなたの心は守れないと気づいただけです」
私は羊皮紙をサイドテーブルに置いた。
カサリ、と乾いた音がする。
「これは?」
「契約書です」
「契約……?」
「私は今後、あなたの行動を制限しません。あなたの言葉を遮りません。その代わり」
私は一歩踏み出し、膝をついて彼女を見上げた。
執事としての礼ではなく、一人の男としての懇願の姿勢で。
「あなたが迷った時、判断がつかない時だけ、私に助言を求めると約束してください。……私を、あなたの『杖』として使っていただきたいのです」
管理する側ではなく、支える側へ。
主導権を彼女に返し、私はその補助に徹する。
それは、彼女が危険な道を選ぶ可能性を受け入れるということだ。
怖い。
指先が震えそうになるのを、拳を握りしめて耐える。
リディア様は羊皮紙を手に取り、長い間見つめていた。
やがて、彼女はペンを取り、インク壺に浸した。
「……いいわ。その代わり、破ったらクビよ」
「承知いたしました」
ペン先が紙の上を走る。
サリ、サリ、サリ。
その音が、私には新しい鎖が繋がれる音のように聞こえた。
ただし、今度の鎖は彼女を縛るものではない。
私と彼女を、対等な「共犯者」として繋ぐための絆だ。
「……書いたわよ」
差し出された紙には、震える文字で『Lydia』と署名されていた。
最後の一画が少し掠(かす)れている。
それが彼女の弱さと、それを乗り越えようとする決意の痕跡に見えて、私は胸が熱くなるのを覚えた。
「確かに。……これより、私はあなたの杖となりましょう」
私はその紙を恭(うやうや)しく受け取り、懐にしまった。
紙の冷たさが、体温に触れてゆっくりと馴染んでいく。
これでいい。
たとえ修羅の道であっても、彼女が歩くなら、私はその足元の石を拾い続けるだけだ。
冷え切った廊下で、私は一度深く息を吸い込んだ。
リディア様の言葉が、まだ胸の奥で鋭い痛みとして残っている。
『言葉をなかったことにされた』
『今のあなたと同じよ』
その通りだ。
私は彼女を守るという大義名分を掲げ、彼女の意志を奪っていた。
それは、彼女を殺した連中と何ら変わらない。
最も避けるべき「断罪者」に、私自身がなろうとしていたのだ。
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
先ほど、震える手で書き上げたばかりのものだ。
インクが乾いたばかりのその紙からは、まだ微かに鉄の匂いがする。
ガチャリ。
鍵を開ける音が、静寂に響く。
部屋に入ると、リディア様はベッドの端に座り、膝を抱えていた。
私を見ようともしない。
その拒絶の姿勢が、私の心臓を雑巾のように絞り上げる。
「……リディア様」
「……まだ、何か用?」
「解放いたします。鉄格子も、明日には外させましょう」
彼女が驚いて顔を上げる。
その瞳は赤く腫れ、警戒心で揺れていた。
「……急に、どうしたの? また何か裏があるんでしょ」
「裏などありません。ただ、私が間違っておりました。あなたを鳥籠に入れても、あなたの心は守れないと気づいただけです」
私は羊皮紙をサイドテーブルに置いた。
カサリ、と乾いた音がする。
「これは?」
「契約書です」
「契約……?」
「私は今後、あなたの行動を制限しません。あなたの言葉を遮りません。その代わり」
私は一歩踏み出し、膝をついて彼女を見上げた。
執事としての礼ではなく、一人の男としての懇願の姿勢で。
「あなたが迷った時、判断がつかない時だけ、私に助言を求めると約束してください。……私を、あなたの『杖』として使っていただきたいのです」
管理する側ではなく、支える側へ。
主導権を彼女に返し、私はその補助に徹する。
それは、彼女が危険な道を選ぶ可能性を受け入れるということだ。
怖い。
指先が震えそうになるのを、拳を握りしめて耐える。
リディア様は羊皮紙を手に取り、長い間見つめていた。
やがて、彼女はペンを取り、インク壺に浸した。
「……いいわ。その代わり、破ったらクビよ」
「承知いたしました」
ペン先が紙の上を走る。
サリ、サリ、サリ。
その音が、私には新しい鎖が繋がれる音のように聞こえた。
ただし、今度の鎖は彼女を縛るものではない。
私と彼女を、対等な「共犯者」として繋ぐための絆だ。
「……書いたわよ」
差し出された紙には、震える文字で『Lydia』と署名されていた。
最後の一画が少し掠(かす)れている。
それが彼女の弱さと、それを乗り越えようとする決意の痕跡に見えて、私は胸が熱くなるのを覚えた。
「確かに。……これより、私はあなたの杖となりましょう」
私はその紙を恭(うやうや)しく受け取り、懐にしまった。
紙の冷たさが、体温に触れてゆっくりと馴染んでいく。
これでいい。
たとえ修羅の道であっても、彼女が歩くなら、私はその足元の石を拾い続けるだけだ。
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