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第39話 聖女の涙
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「ううっ、うぅ……リディア様、お願い、嘘だと言って……」
ミレイユの嗚咽(おえつ)が、マイクのように広場中に響き渡る。
彼女は本当に、心から泣いていた。
演技ではない。
自分が信じる「美しい世界」が、私の反論によって汚されたことが悲しくてたまらないのだ。
その純粋すぎる涙が、民衆の感情を揺さぶり、共鳴させる。
「見ろ、聖女様があんなに悲しんでおられる!」
「人でなしめ!」
怒号が私に降り注ぐ。
空気の圧力が物理的な重さとなって、私を押し潰そうとする。
普通の令嬢なら、この空気の中で正気を保つことさえ難しいだろう。
泣いて謝れば楽になる。
「ごめんなさい、私が悪かったです」と言えば、彼女は私を抱きしめ、慈悲深い聖女としてさらに輝くだろう。
(……御免だわ)
私は冷ややかにその光景を見ていた。
涙の塩辛い匂いが、風に乗って漂ってくる気がした。
それは感情の匂いであり、思考を停止させる麻薬の匂いだ。
私は無能を演じるのをやめた。
背筋を伸ばし、顎を上げて、泣き崩れるミレイユを見下ろした。
「……泣き止めば、真実は変わるのですか?」
私の冷徹な声が、ざわめきを切り裂いた。
水を打ったように、一瞬だけ静寂が訪れる。
「な……なんですって?」
ミレイユが涙に濡れた顔を上げる。
信じられないものを見る目だ。
「あなたがどれだけ泣こうと、私がやっていない事実は変わりません。涙は感情の排泄(はいせつ)であって、証拠にはなりません」
「ひ、ひどい……! 私はあなたのことを思って……!」
「私のことを思うなら、私の言葉を聞いてください。勝手なストーリーを押し付けて、悲劇のヒロインを演じるのはやめていただきたい」
会場が凍りついた。
聖女に対して、これほどの暴言を吐いた者はかつていないだろう。
王太子が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「貴様! ミレイユへの侮辱は許さんぞ!」
「侮辱ではありません。事実を申し上げているのです。……殿下、あなたは彼女の涙を見て、思考を止めていませんか?」
「何だと!?」
「泣いている方が正しい。可哀想な方が正義。……そんな感情論で国を裁くつもりですか? それでは、法も秩序もありません」
私は王太子を真っ直ぐに見据えた。
半年前の私なら、彼に愛されたくて、縋(すが)りついていた。
でも今は、彼がひどく幼く、頼りなく見える。
「私は悪女で構いません。冷たい女だと嫌われても構いません。……ですが、嘘つきと呼ばれることだけは拒否します」
私の声には、もう震えはなかった。
嫌われる覚悟。
それは、誰かの機嫌を取るために自分を殺す生き方との決別だった。
民衆の罵声が止んだ。
彼らは戸惑っている。
泣きじゃくる聖女と、毅然(きぜん)と立つ悪女。
どちらが「領主」として頼もしいか、本能的に測り始めているのだ。
ミレイユの涙が止まった。
彼女の表情から悲しみが消え、代わりに焦りと、昏(くら)い憎悪のようなものが浮かび上がる。
彼女のシナリオが狂い始めた。
感情の波で飲み込めない「異物」がここにいることに、彼女はようやく気づいたのだ。
ミレイユの嗚咽(おえつ)が、マイクのように広場中に響き渡る。
彼女は本当に、心から泣いていた。
演技ではない。
自分が信じる「美しい世界」が、私の反論によって汚されたことが悲しくてたまらないのだ。
その純粋すぎる涙が、民衆の感情を揺さぶり、共鳴させる。
「見ろ、聖女様があんなに悲しんでおられる!」
「人でなしめ!」
怒号が私に降り注ぐ。
空気の圧力が物理的な重さとなって、私を押し潰そうとする。
普通の令嬢なら、この空気の中で正気を保つことさえ難しいだろう。
泣いて謝れば楽になる。
「ごめんなさい、私が悪かったです」と言えば、彼女は私を抱きしめ、慈悲深い聖女としてさらに輝くだろう。
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それは感情の匂いであり、思考を停止させる麻薬の匂いだ。
私は無能を演じるのをやめた。
背筋を伸ばし、顎を上げて、泣き崩れるミレイユを見下ろした。
「……泣き止めば、真実は変わるのですか?」
私の冷徹な声が、ざわめきを切り裂いた。
水を打ったように、一瞬だけ静寂が訪れる。
「な……なんですって?」
ミレイユが涙に濡れた顔を上げる。
信じられないものを見る目だ。
「あなたがどれだけ泣こうと、私がやっていない事実は変わりません。涙は感情の排泄(はいせつ)であって、証拠にはなりません」
「ひ、ひどい……! 私はあなたのことを思って……!」
「私のことを思うなら、私の言葉を聞いてください。勝手なストーリーを押し付けて、悲劇のヒロインを演じるのはやめていただきたい」
会場が凍りついた。
聖女に対して、これほどの暴言を吐いた者はかつていないだろう。
王太子が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「貴様! ミレイユへの侮辱は許さんぞ!」
「侮辱ではありません。事実を申し上げているのです。……殿下、あなたは彼女の涙を見て、思考を止めていませんか?」
「何だと!?」
「泣いている方が正しい。可哀想な方が正義。……そんな感情論で国を裁くつもりですか? それでは、法も秩序もありません」
私は王太子を真っ直ぐに見据えた。
半年前の私なら、彼に愛されたくて、縋(すが)りついていた。
でも今は、彼がひどく幼く、頼りなく見える。
「私は悪女で構いません。冷たい女だと嫌われても構いません。……ですが、嘘つきと呼ばれることだけは拒否します」
私の声には、もう震えはなかった。
嫌われる覚悟。
それは、誰かの機嫌を取るために自分を殺す生き方との決別だった。
民衆の罵声が止んだ。
彼らは戸惑っている。
泣きじゃくる聖女と、毅然(きぜん)と立つ悪女。
どちらが「領主」として頼もしいか、本能的に測り始めているのだ。
ミレイユの涙が止まった。
彼女の表情から悲しみが消え、代わりに焦りと、昏(くら)い憎悪のようなものが浮かび上がる。
彼女のシナリオが狂い始めた。
感情の波で飲み込めない「異物」がここにいることに、彼女はようやく気づいたのだ。
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