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1巻部分の元原稿
2 とんだ散策
しおりを挟む天祐の居室を整えてやった翌日。
「碧玉、天祐を助けたそうだな」
現在の宗主であり、実父の白青炎の執務室にやって来ると、碧玉があいさつする前に、青炎が声をかけた。
礼儀にうるさい青炎が、前のめり気味に言ったので、碧玉は目を丸くする。
「いいえ。下僕ごときが白家の者を見下していたので、風紀を正しただけです」
「白家の者か。おかしいな。お前は白家の者として、天祐を認めていなかったはずでは?」
「天祐を直系と定められたのは父上です。私は家規に従ったまで」
今更ながらあいさつをしてから、碧玉はふいと目をそらす。
真面目で実直な青炎が、目をにこにこと柔和にして、碧玉を見つめている。幼稚で苛烈な真似をする碧玉に、青炎は手を焼いていた。敬愛する父に叱責されて、さらに天祐への憎悪をつのらせるばかりだったから、こんなふうに愛おしむ目を見られて、心の内がもぞもぞとしてしまい、目を合わせられない。
「ふふ。そういうことにしておこうか」
青炎は椅子を立ち上がると、碧玉のもとまでやって来て、頭をなでた。
「子ども扱いしないでください」
碧玉はますます身の置き所がない気分になるが、動揺のあまり、本当に青炎かと確認してしまった。
後継ぎであるためか、碧玉に対していつも厳しい父だ。こんなふうに褒めることは滅多とない。
「私を立ててくれてありがとう、碧玉。私としては、お前達兄弟には仲良くしてもらえるとうれしいが……、いじめなければそれでいい」
「私が幼稚であったことは、反省しております」
「そうか。君は急に大人になったのだね」
碧玉の態度の変化に対して、青炎は特に疑問を抱かないようだ。
(だが、見張りはつけているのだろうな)
信頼されていないのだと、暗い気持ちが胸に湧く。
「お前を監視しているわけではないよ。使用人を解雇したのだから、私に報告があるのは当然だ」
ドキリとした。たおやかな柳のような風情でいて、青炎は他人を見透かすところがある。
「い、いえ、そういうつもりでは……」
声に動揺がにじんでしまい、頬を赤くする。感情をあらわにするなんて、情けない。
「ところで、私に何か用があるのかい?」
「気晴らしをしたく、町に出かけてまいります」
「ああ、そうしなさい。ここ一週間ばかり、物憂げにしていただろう? 護衛はつけるんだよ」
「はい」
拱手をして礼をとりながら、碧玉は舌を巻く。執務室に座していながら、青炎は治めている領内のほとんどを把握している。足元にある家内のことなど、造作もないのだろう。
白雲の町は、今日もにぎわっている。
古来、白家は祓魔業を生業にしている。元は神官で、神にささげる清らかな火を管理してきた。
七璃国には、それぞれ固有の異能力を持つ世家が七つあり、白家はその一つだ。白家の能力は、浄火。悪しきものを滅し、討伐することができる。
その関係で、まじないや道術、護法などにくわしい。
門下には、白家の血縁者だけでなく、術師として学び研鑽したい者が仕えている。
大して能力が上がらなかったものでも、道術や占いで日銭を得られるため、町にはまじないや護符を売る人々が多かった。
邪霊や幽鬼が身をおびやかすことがあり、お守りを手に入れようと、各所から多くの民がやって来る。
とはいえ、悪しき術やまがいものなどが混ざることがあり、白家の者はときおり町に出て、悪いものがまぎれていないか見回る。
さすがに当主家の息子が直接来ることはめったとない。
珍しい人物が現れたため、民はざわついた。雑踏になど行くことはあまりないが、白家にあらわれやすい銀髪と青い目を持つ碧玉の正体はすぐにばれた。
「白家の若君がおいでだ。何か問題でもあったのか?」
「邪術師でもまぎれているかもしれない」
「あの方は苛烈で、疑わしい者でも罰すると聞く。巻きこまれる前に離れよう」
おびえてささやきあう声は、碧玉の耳にも届いている。
「なんと無礼な」
これには供の灰炎のほうが怒り、今にも通行人を捕まえて切り捨てそうな勢いだ。
「放っておけ。灰炎、私の散策を邪魔するなら、帰っていいぞ」
「そんな、若様! 私はどこにでもお供します!」
灰炎は碧玉より三才年上で、少し遠い分家の者だ。幼い頃から碧玉に仕えており、何がそんなに気に入っているのか、碧玉に心酔している。特に良くした覚えはないが……と、碧玉はふと不思議に思った。
「どこでも……とは。私が隠居しても、ついてくるのか?」
ふ、と口にからかいの笑みを浮かべる。
碧玉が笑うのは珍しい。灰炎は目を奪われた様子でぽかんとし、途端に顔を赤くした。それから意味を理解して、青ざめる。
「隠居? いったい何があったのですか。ここ数日、お悩みになっておいでです」
「ただ……能がある者が長になるべきと思っただけだ」
「下女の子どものほうがふさわしいと? あの方は術師としての才能は高くとも、家門の中で、政治力で若様にかなう者はおりません!」
「そんなもの、慣れれば誰でもできる」
灰炎はあんぐりと口を開く。
「あなた様と同じことを、誰もができると? 早朝から深夜まで勉強や修行に明け暮れながら、十五という身で、家長から命じられる雑務もこなしておいでなのに。たとえば私などが同じことをしたら、早々に倒れてしまいます」
灰炎はまなじりを強める。
「いったい誰があなたに、悪言を吹きこんだのですか。教えてください」
「どうする?」
「そんなの、引きずり出して、謝るまで鞭で打ってやるに決まってます!」
苛烈な主に、この従者あり、である。
「嘆かわしい」
碧玉はゆるりと首を振る。
「誰からも言われておらぬ。ただ、急に、悟ったまでだ」
「若様……!」
まさか碧玉がその誰かをかばっているとでも思ったのだろうか。灰炎は気炎をまいている。
碧玉は面倒くさくなり、屋台を眺め、猪肉の串焼きを見つけると、それを一つ買った。手っ取り早く黙らせるため、灰炎の口に押しこむ。
「むがっ。あちちっ。うまい!」
「気晴らしを邪魔するなと言っている」
「すみません!」
灰炎は謝ったが、肉の串焼きに目を輝かせる。肉が好物なのは知っていた。
「若様もいかがです?」
「猪肉は嫌いだ。くさくてかなわん」
ついと視線を流すと、風車売りを見かけた。
(なつかしい。七夕の夜に、父上が買ってくれたな)
なんとなく手すさびに、風車を一つ買う。
風が吹いて、赤い風車がカタカタと回る。
「……本当に気晴らしで?」
「私が遊んだら、悪いのか。こうるさい従者だ」
「申し訳ございません。しかし、碧玉様が風車をお持ちになると、雅ですなあ」
「分かりやすくおだてるな」
碧玉はしっしっと手で追い払う仕草をした。
灰炎は串焼きをあっという間にたいらげ、串を屋台に返し、すぐに戻ってくる。
「若様、もし隠居されるとしても、ついてまいりますよ」
「戦場はどうだ?」
「もちろん! お傍でお守りします!」
灰炎が宣言した時、市場にガシャンと何かが割れる音が響く。
突如湧いた邪霊の気配に、碧玉は走り出した。すぐ後ろを灰炎がついてくる。
荷馬車の荷が崩れ落ち、道に壺が落ちている。護符が貼られているのを見て、封魔の壺だと分かった。
白家にはたびたびこういったものが持ちこまれる。封じた邪霊を浄火で昇天してもらおうと、各地から運んでくるのだ。もちろん、他の家にも道士や巫術を使う神官もいるのだが、手に負えないものは白家がどうにかするのが、古からの決まり事だった。
白家にも手出しできないものなら、封魔窟に封じる。封魔山には地脈が通っていて、山から生まれる霊気を使い、封じの術を半永久的に発動できるのだ。
「ワハハハハ! 生者だ! 生者だ!」
黒い煙が立ち上り、ゆらりと男の姿をとる。
「幽鬼になりかけているのか」
「封魔の壺が白家に持ちこまれるはずです」
邪霊の邪気が強くなると、能力を増して、実体を持つ幽鬼になる。半端に透けているところを見ると、まだ成長しきってはいない。
「みずみずしい生者だ!」
邪霊は笑い声を上げ、この騒ぎでもきょとんとしている幼子に目をつけた。逃げる者達に転ばされたのか、近くに若い女が倒れている。
邪霊は幼子にとびかかる。
「いやあああ!」
女が幼子に手を伸ばしながら、絶叫した。
しかし、邪霊の魔手は、幼子には届かない。直前で見えない壁にはじき返された。
碧玉が結界の術を使い、幼子を守ったせいだ。
「道士か。邪魔しおって。貴様から食ってやる!」
邪霊の狙いが碧玉に変わる。
思ったよりも素早い動きで、術を使う暇がない。碧玉はとっさに、白家の血族だけが使える浄火を生み出し、右のこぶしにまとわせた。
「ぎゃあぎゃあとわめくな。騒々しい!」
邪霊の大声が鬱陶しく、碧玉はこめかみに青筋を浮かべ、邪霊の顔面を殴り飛ばす。
「うっ。ぎゃああああ!」
浄火に燃やされ、邪霊が断末魔を上げて霧散した。
「ちっ。死に際までうるさい」
やれやれと思いながら浄火を消し、周りを見回す。
灰炎だけでなく、町民もぽかんとしていた。数秒をおいて、わあっと歓声が上がる。
「白家の若様が、邪霊を倒してくださった!」
「母子を守られた。なんと勇敢な方だ!」
「碧玉様、ばんざい!」
はじけ飛ぶような声を、碧玉はわずかに眉を寄せて聞いている。
「さっきまで悪口を言っていただろうに、調子の良い連中だな」
「まあまあ、若様。褒められるのはいいことです」
「ふん。騒がしいだけだ」
碧玉の悪態を、灰炎が笑ってなだめる。
碧玉は足を踏み出し、いまだにうずくまっている母子に近づく。女はビクリとした。
「ひっ。申し訳ございません、申し訳ございません。若君のお手をわずらわせて……」
「怪我はないか」
「え……?」
碧玉が怒って、殴りつけるとでも思ったのだろうか。碧玉が無視して問いかけると、女はあ然とし、カアッと顔を赤くする。
「も、申し訳ございません。助けていただいた方に、なんという無礼なことを……」
恥じ入る女に構わず、碧玉は幼い男の子に目を向ける。どんぐりのような目が、きょとんとこちらを見上げた。
「ふ。この状況でも泣かないとは。将来は傑物となろう」
幼子の様子がおかしくて、碧玉は唇にかすかな笑みを乗せる。すると幼子は、きゃあっと笑った。女はぽーっとなったが、すぐに我に返って申し出る。
「若様、どうかお礼をさせてください」
財布を取り出す女を制し、碧玉は女が屋台で売っているさんざしの実の飴を指さす。串に四つの赤い実が刺され、飴でおおわれている。
「それをもらおう」
幼い頃に、父に買ってもらったことを思い出して、なつかしくなった。
「は、はい」
さんざしの飴を手に、碧玉はきびすを返す。
「灰炎、帰るぞ」
「えっ、気晴らしはよろしいので?」
「この様子で、ゆっくり歩けるものか」
民が碧玉を取り囲まないのは、相手が貴公子だとわきまえているからだ。しかし、しばらくは注目されるだろう。碧玉は騒がしいのが嫌いだった。
「白碧玉様、ばんざい!」
後ろから、町民がはやしたてる声が聞こえる。
その日、白家の若君が母子を救い、礼を断り、飴を一つ受け取っただけというのは美談として噂になった。
とんだ散策になったと、わずらわしく思いながら白家の門をくぐる。
門と母屋の間は広く場所がとられており、昼間は門下の者が稽古をしている。碧玉が現れたため、彼らはいっせいに動きを止めて、拱手した。
「続けよ」
碧玉が声をかけると、再び稽古に戻る。
木刀を振るっていた天祐だけは、驚いた様子でこちらを眺めていた。
飴を持っている碧玉というのが珍しいのかもしれない。
そういえばと思い出し、碧玉はさんざしの実を一つだけ頬張る。
飴の甘みとさんざしの実のすっぱさが口の中に広がった。
「なつかしい味だな」
「若様は、幼い頃はさんざし飴がお好きでしたものね」
碧玉の感想に、灰炎はにこにことしている。
さんざし飴が好きというより、普段は忙しい父が、七夕の祭りだけは碧玉と遊んでくれるのがうれしかったのだ。
思い返すに、天祐への憎さは、父の関心を奪われる怒りから始まった気がする。
ふと視線を転じると、門下生と天祐がこちらを見つめていた。
まさか、飴が唇についていて、なまめかしく見えているなどと、碧玉は気づかない。跡取り息子がこんな所で飴を頬張るのは行儀が悪いのだろうと、ばつが悪い気分になった。
「なんだ、天祐。これが欲しいのか?」
「え? い、いえ……」
「残りはくれてやる」
食べかけだが、弟にならばゆずっても構わないだろう。碧玉はさんざし飴を天祐に押しつけ、母屋に向かう。天祐が追いすがるようにして、声をかけた。
「あ、あの! 兄上!」
碧玉が黙ったまま振り返ると、天祐は必死の様子で礼を言う。
「ありがとうございます」
「食べかけの飴に、そんな礼を言われてもな」
「それだけでなく! 俺の居室のことです。新しい使用人をつけてくれて……ありがとうございます。おかげで快適になりました」
「私は父上の意を汲んだまで。お前に礼を言われる筋合いはない」
ふいっと顔をそむけ、碧玉は今度こそ母屋に入る。
「碧玉様ってば、素直じゃないですね」
灰炎が軽口を叩くのを、碧玉は無視した。
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