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1巻部分の元原稿
3 お前には兎がお似合いだ
「碧玉や、町でのことを聞いたよ。よくやった。それに、浄火で邪霊をなぐったんだって? 面白いことをするね」
夕食の席で、青炎が褒めた。
(そういえば、浄火で直接的に攻撃することはなかったな)
この浄火というものは、神仏にささげる清らかな火のことである。
祖先は神にさずけられた火を受け継いで守っており、その功績をたたえられ、神がこの能力をさずけたと伝えられている。
血族ならば使えるが、修行して、体内で気をねられるようにならなければ使えない。
「申し訳ありません。あのような使い方、神への不敬でした」
遠回しに叱られているのだと思い、碧玉は謝った。
青炎は否定する。
「怒っているわけではない。我々は祓魔の儀式でしか浄火を使ってこなかったが、ああすれば手っ取り早いのだなと感心したのだ。もし君にやる気があるなら、祓魔業でも使えるように研鑽してみなさい。私も試そう」
「そういたします」
呪を唱えたり、印や陣を結んだり、符を使うより簡単だった。浄火は霊力を消費するが、殴る一瞬だけにとどめれば、そう負担にもならない。
しかも良いところは、普通の火とは違い、悪しきものだけを燃やすため、周りに被害を出さないことである。
父が褒めるのは自然なことだった。
「でもあなた、魔に近づきすぎては危険では? 碧玉、どうか自分を大事にしてちょうだいね」
母である緑夫人――緑翠花が、気づかわしげに言った。翠花という名の通り、黒髪と翡翠のような瞳が美しい、花のような女性だ。小柄でぽっちゃりとしていて、優しさがあふれている。
そんな彼女でも、腹違いの天祐を嫌っているため、末席にいる天祐のことは一瞥もしない。
思うに、碧玉が天祐をいじめてもいいと判断したのは、母親の影響もあった。
天祐は身をわきまえて、食事の時はいつも黙っている。
「分かりました、母上。武器にも宿せないか、試してみることにします」
「修練用の武具ならば好きにしていい。後で報告してくれ」
「はい」
青炎にうながされ、碧玉は頷いた。
それから碧玉は、武器に浄火を乗せられないかと試してみたが、不可能だと分かっただけだった。
霊的なもの以外には燃え移らない性質があるのだから、よく考えてみると自然なことだ。
「確か、祖先は神よりたまわった宝具の燭台で、火を管理していたのだったか」
燭台のことは伝わっているが、まさか宝具を投げつけるわけにもいかない。
直接、殴る蹴るするのが一番だろう。
「体術のほうで、鍛錬を積むとするか」
これまでの実験を書類にまとめると、修行の方向について計画を練る。
すでに夕方が近い。朝からかかりきりだったので、碧玉はぐっと伸びをすると、灰炎を呼ぶ。
「灰炎、これを父上に届けよ」
「かしこまりました」
「私は邸内を散歩してまいる」
「えっ、お供します!」
「いい。いつもそばにいられると鬱陶しい」
「そ、そんな、若様ぁ……」
弱った声を出す灰炎を無視して、碧玉は青柳室を出た。
背筋を伸ばし、白い衣をゆらゆらさせて、邸内を歩く。
前庭で木刀でも振るおうかと方向を定めると、母屋を出てすぐの階段の隅に、天祐が座っているのを見つけた。
門下生達がころころとした白い犬三匹とたわむれている。遊んでいるように見えて、犬の訓練をしているのだ。
「いいなあ。温かそう……」
無意識だろうか、天祐は犬をうっとりと眺めている。
白雲の地は国の北東にあるため、春になっても夜は冷える。
(もしや、部屋に炭が届いていないのか? 後で確認させておくか)
勝手な真似をした使用人を思い出す。宗主の家族は、それぞれが高級な炭ばかりを使っているが、質の悪い炭は部屋がけむくなると聞く。碧玉は命じてはいないが、嫌がらせをする使用人がいるかもしれない。
だが、わざわざ本人に不足がないか聞く真似はしない。
「犬が欲しいのか」
「ふわひゃっ。あ、兄上!?」
天祐の小さな体が、ビクッとはねる。
いつからそこにという目で問うのを、碧玉は無視した。
「お前も白家の者ならば、式神くらい使えるようになれ」
「式神ですか……?」
「まだ習っておらぬのか。いいだろう、私が手本を見せてやる」
碧玉は意地悪い気分で切り出した。
わざと大物を呼び出して、天祐に力の差を見せつけてやろうと思ったのだ。
常に持ち歩いている形代を、懐から取り出す。人型に切り取られ、呪が記された紙切れを持ち、霊力をこめて、フッと息を吹きかけた。
すると形代はパッと姿を変え、一瞬後には、碧玉の腰の高さほどの白い虎が現れる。
「わあっ」
天祐が声を上げたので、碧玉はギクリとした。
つい、癖でおどかす真似をしたが、怖がらせる予定はなかったのだ。しかし、天祐は驚いたのではなく、目を輝かせていた。
「なんて美しい虎でしょう!」
天祐が手放しで褒めたので、式神の白虎が「ふふん」と笑ったようだった。ふかふかの毛を見せつけるように天祐にすり寄り、体で頬をなでて、尻尾でポフンと頭を叩いてから、碧玉のもとに戻る。良い子のポーズでお座りした。
調子に乗っている白虎に呆れたものの、碧玉は白虎の頭を撫でてやる。気持ちいいのか、白虎はグルルと喉を鳴らした。
「兄上、すごいです!」
天祐は幼子みたいに飛び跳ねて、興奮している。修練中の門下生も近寄ってきた。ただ、訓練中の犬だけは白虎におびえて逃げ出し、世話をしていた門下生が慌てて追いかけて行った。
碧玉は形代をもう一枚取り出して、白いふわふわした毛並みの兎の式神を呼び出す。それを天祐の腕に放り投げる。
「ふん。お前には兎ぐらいがお似合いだ」
「わわっ」
兎を受け取った天祐は、頬を赤らめる。
「ふわふわだ~」
うれしそうに抱きしめて、兎に頬ずりをした。心なしか、兎は迷惑そうで、手がゆるんだ頃合いを見はからって天祐を蹴り飛ばし、碧玉の腕に戻る。
主人が切れやすいならば、式神も同じようだ。
白い兎を左腕に抱え、右側に白虎を従える様に、門下生達は憧れの目を向ける。
「若様、動物を従える仙人様のようです」
「なんとお美しい……!」
「わざとらしく褒めるな」
しかし碧玉にはこびへつらっているようにしか聞こえず、眉を寄せた。
「ちょうどいい。貴様らも、式神くらい使えるようになれ。私が稽古をつけてやろう。誰か、紙と筆を持て」
「はい!」
門下生らはすぐに動き、前庭に机と道具をそろえる。
形代の作り方、呪の文言と書き方、霊力をこめながら動物を想像することを教えると、彼らは練習を始める。
簡単そうに見えて、式神の術は難しい。
しかし、さすが天祐は才能が高いだけあって、五回目で成功した。白いころころとした犬が、天祐の足元に現れる。
「ワンッ」
「わあ~」
天祐はうれしそうに目を輝かせ、犬を抱きしめる。
一緒に練習していた門下生達は成功を喜んで喝采を上げ、次は自分の番だとはりきり始めた。
「よいか。紙にこめた霊力がなくなれば、それはただの紙に戻る。式神は索敵や身代わり、援軍の代わりなどに使えて便利だが、長時間の実体化のためには、霊力を磨かなければならない。お前達の実力がどれほど上がったかをはかるのに、ちょうどいい物差しとなるだろう。なまけずに、研鑽せよ」
「は!」
門下生と天祐が声をそろえて返事をする。
続けるように指示をすると、彼らはわいわいと式神作りに戻った。
楽しそうに修練をする門下生達を、碧玉は不思議な心地で眺める。いつもならば、碧玉を恐れて縮こまっているというのに、何があったのだろうか。
(もしや、私が行動を変えたから、こやつらも違う反応を見せているのか?)
前世で読んだ書物では、あの宴で、碧玉の味方は一人もいなかった。灰炎ですら裏切ったことを思い浮かべて、体の芯が冷えるような心地になる。
「若様、若様、これはどうですか?」
「はん。なんだ、そのくずれた犬は。本物を見て、もっと観察せよ」
門下生の一人は、悪夢にでも出てきそうな犬の式神を作り出していたから、碧玉は鼻で笑った。しかし不快になった様子もなく、周りにからかわれて笑いが起きる。
(この屋敷で、これほど安らいだ気持ちになったことがあっただろうか)
まさか後継ぎになるという執着を捨てたら、こんなに楽になるとは。
「おや。碧玉、皆に稽古をつけてやっているのか」
夢でも見ている気分でぼうっと立っていると、後ろから青炎に声をかけられた。
「父上!」
碧玉だけでなく、皆がいっせいに拱手をとる。青炎は鷹揚に、姿勢をとくように示した。
「気分転換に、私も混ぜてくれ」
宗主が稽古場に来るのは珍しい。碧玉の胸に喜びがわき、皆もそわそわとした様子になる。
「式神か。碧玉は白虎か、さすがだ」
「恐れ入ります」
青炎に褒められるのは、素直にうれしい。
「おお、天祐。その年でもう作れるのか? すごいぞ」
「ありがとうございます。でも、兄上の教えのおかげです」
謙遜する天祐に、青炎は優しい目を向ける。
それを見ても、碧玉は以前ほど、心がざわつかない自分に気づいた。弟が褒められたら、兄の格が落ちるというわけではいのだ。何も奪われないし、欠けることもない。
「父上の式神も拝見したくございます」
「いいとも」
碧玉が怒らないので、青炎は少し意外そうにしたものの、碧玉のお願いを快く聞いてくれた。
さすがは宗主だけあって、青炎の作り出す式神は力強い。
燃え盛る鳳凰は神々しく、しばらくの間、屋敷には明るい賞賛の声が飛び交っていた。
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