白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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4幕 家守の鏡

4 緋丘

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 黒家での花見の宴から、一月近く経ち、碧玉達はようやく桃家の本拠地・緋丘ひきゅうに到着した。
 馬車の窓から顔を出し、紫曜が歓声を上げた。

「ようやく着いたな!」

 その後ろの白家の馬車内で、碧玉は扇子を開いてぱたぱたと仰ぐ。

「まったく、一人で騒がしいやつだ」
「まあまあ、兄上。ここまで長旅でしたから、紫曜殿のお気持ちも分かります。まさか陸路で一月もかかるとは」
「白領内であれば、鳥の式神に乗って移動するのだがな」
「他家は良い顔をしないでしょうしねえ」

 天祐は苦笑いを浮かべた。
 碧玉としては、白家の防衛上の秘密にも関わるので、他領では式神での飛行をしないようにしている。それに加え、天祐が懸念したような問題もあった。屋敷を塀で囲んで、やすやすと中に入れないように守っているのに、白家の道士が式神で空を飛んでいては、侵入されるかもしれないと警戒するのが普通である。それでもめて、足止めをくらうほうが面倒というわけだ。

「緑家は本拠地以外は険しい山地ですし、桃領も山道続き……。正直、私も山を見すぎて飽きましたよ。見てください、兄上。ここは斜面に畑を作っているんですね。綺麗な所です」

 天祐は窓のほうにわずかに身を乗り出して、浮かれた声で言った。窓には幕がかかっているが、風を入れるために半端に吊り上げてとめている。碧玉は天祐のいるほうの座席に移動すると、確かに見慣れない景色が広がっていた。

「ほう。狭い土地を有効活用しているのか」
「この道をまっすぐに行くと、丘の上にある宗主の屋敷に着くそうですよ。桃家の名にちなんで、辺り一帯に桃の木を植えているとか。春には緋色に輝いて美しいそうですが、盛りが過ぎたので、今は青々としていますね」
「新緑もよいものだ」
「おっと。大丈夫ですか?」

 車輪が石を踏み、馬車がガタンと揺れる。天祐はふらついた碧玉をしっかり抱きとめた。

「ああ」

 過保護な天祐は、碧玉を支えて向かいの席に座らせてから、自分の席に戻る。

「雪瑛がいたら、踏んでいただろうな」
「雪瑛なら、御者台にいる青鈴にべったりとくっついてますよ」

 天祐の侍女である青鈴に、碧玉の下僕である妖怪の白狐・雪瑛はすっかり懐いている。雪瑛は雌なので、仲良くしていると種族違いの姉妹のように見えるから不思議だった。

「それはお前が雪瑛をにらむからだろう?」
「兄上の膝に乗るだけでなく、なでられてずるいからです!」
「まったく……」

 あんな小さな狐に嫉妬する天祐を、碧玉は呆れのこもった目で眺める。普段は寛容な好青年なのに、碧玉が関わると途端に心が狭くなるのは相変わらずだ。

「そういえば、兄上は桃領には初めて来るのですか?」
「ああ。月食の災厄の時、近くまでは来たのだが、特に問題ないと聞いてな。当時は都の近辺が危なかったゆえ、そちらに向かったのだ。今にして思えば、あの霊山の妖怪が妖邪ようじゃどもを抑えつけていたのかもしれぬ」

「ああいった妖怪は縄張り意識が強いですからね。それに、妖邪を餌にして、力をつけていたかもしれませんよ」
「しかし、救援依頼は来ていない。そもそもあの家には、昔、白家の先祖が授けた破邪はじゃの鏡があるから、よほど強い邪でもないと近づけぬだろうが」

 碧玉は旅に出る前に、桃家について簡単に調べなおした。それで、白家に伝わる昔話を思い出したのだ。

「桃の木も、邪を寄せ付けぬゆえ、自然と結界のようになっている」
「えっ、待ってください、兄上。桃家は、白家の先祖と関わりがあるんですか?」

「ああ。大した昔話でもないから、お前が知らぬのもしかたがないか。白家の先祖に、桃家と親しくしていた者がいてな。妖怪の悪さに悩んでいたから、破邪の鏡を作ってやったと聞いている。白明鏡はくめいきょうという名だ」
「わあ、それはぜひとも、一目拝見したいものです。先祖の法具ならば、素晴らしい代物に違いありません」

 道術に関心が強い天祐は、子どものように目を輝かせた。

(ああ、それであの書物……『白天祐の凱旋』では、桃領は薬草を手に入れに寄る話だけだったのだな)

 自分で説明しているうちに、碧玉は急に納得した。前世で読んだ書物では、主人公の天祐は、各地の妖邪を退治して回るのだ。新しい土地に行けば、一人のヒロインと出会うという流れなのに、桃領編では、病気になった女性の仲間のために天祐が奔走する話だった。

(確か、桃領の宗主には息子と娘が一人ずついたが、娘は不慮の事故で亡くなったのだったか? この時期にはすでにいなかったはず)

 前世で読んだ書物の記憶を思い出したものの、碧玉は現状と比べて混乱した。

「どうしたんです、兄上。ご気分が悪いのですか?」

 すぐに察した天祐が心配そうに問う。

「いや。……天祐、桃家の宗主の娘は亡くなったのだったか?」
「え? いえ、桃如花とう・じょかさんですよね。そんな話は聞いておりませんが」
「ああ、そうだったな」

 碧玉はやはりと頷いた。桃家の情報を確認した時に、宗主一家の現況を頭に叩きこんだのだ。

(桃如花がまだ生きている? あの書物の流れは、遅かれ早かれ必ず同じ道筋を辿るはめになるはずだ。私は生きているが、毒杯を飲んだせいで死にかけたし、世間的には死んでいるも同然だ)

 急に不安になって、碧玉は広い袖の内側で手を握りしめる。

(状況は分からぬが、生きているのは良いことではないか)

 よくよく考えれば、天祐は天治帝の妃らを殺したのだ。あれは書物とは違う流れなのだから、他に影響が出ていてもおかしくはない。

「兄上でも覚え間違いをすることがあるのですね。私は一応、お土産に玩具を用意してきましたよ。それから、私が作った護符も」
「護符? 白宗主のお手製を?」

 碧玉は面食らった。天祐は親切だが、依頼されたわけでもないのに、わざわざ護符を用意するほど気に掛けたらしい。碧玉には過度な気遣いに思えた。

「はい。旅に出る前に、桃領から来た門弟から聞いたんですよ。桃如花さんはまだ六歳で、病気がちだと聞いたので。ご両親はとても心配しているらしいですよ」
「そうか。お前が準備をしてくれているなら、兄としては安心だ」

 政務が未熟なだけで、天祐の人となりは良いのだ。人間関係は問題なさそうだ。

「へへ、そうおっしゃられるとうれしいです。宗主として恥ずかしくないように頑張りますね」

 天祐の照れ笑いを見ているうちに、碧玉の胸をよぎった不吉な気配は薄れていった。

(考えすぎか? そもそも我々は霊山に用があるのであって、桃家とはさほど関わらないだろう。物見遊山ものみゆさんといこうではないか)

 碧玉は気持ちを切り替え、肩から力を抜いた。
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