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4幕 家守の鏡
5 桃家の人々
しおりを挟む……なんてことを思っていると、得てして関わるはめになるものである。
碧玉は天祐の背に隠れるようにして、馬車から降りた。まさか桃家の屋敷の門前で、桃宗主が待ち構えているとは思いもしなかった。
碧玉はこっそりと後ろを振り返る。あの桃の木の間を通り抜けた先、小高い丘の上に、家がひしめくようにして町が広がっていた。通りには、どうも薬や薬草を扱う店が多いようだった。
「久しぶりだな、紫曜! 甥に会うのは何年ぶりだろう。到着を楽しみに待っていた」
桃宗主である桃清は朗らかに笑い、紫曜の肩を軽く叩いた。暗みを帯びた薄桃の髪を金の冠でまとめており、緑の目を柔和に細めている。いかにも優しそうな雰囲気をした中年の男だ。馬車を降りた紫曜は、拱手をしてあいさつをする。
「ご無沙汰しております、桃宗主。お元気そうで何より」
「桃宗主だと? 伯父上と呼んでくれないのか」
「……伯父上」
人と接するのが得意な紫曜が、清の猛攻に押されている。紫曜が呼びなおすと、清はうれしそうに笑った。傍らでは、吊り目がちの美女が薄っすらと微笑んでいる。深紅の髪には金のかんざしが飾られ、金目は油断なく客を見据えていた。白と緑の襦裙はたおやかなのに、彼女の左手には無骨な剣が握られている。
「まったく、あなたときたら! そんなに前のめりでぶつかるなんて、みっともないこと。紫曜が困っているでしょう」
「領地が遠すぎて、滅多と会えない親戚なんだ。少しくらい構わないじゃないか、華礼」
清は困り顔をして言い返す。
(なるほど、あちらが赤家から嫁いできたという、赤華礼様か)
清が呼んだ名を聞いて、碧玉は桃宗主の夫人だと悟った。
赤家は男女関係なく、武術をたしなむ者を尊ぶ傾向がある。恐らく華礼も剣士なのだろう。
「伯父上、同行してくださった白家の皆様もご紹介させてください」
紫曜は丁寧に断りを入れ、天祐を示す。
「こちらは白宗主の白天祐殿です」
「おお、新しく代替わりした方ですな。先代や先々代は残念でしたね。お若いのにご苦労が多いようで、気の毒に思っておりました。当家ではごゆるりとお過ごしください」
清は心から悲しそうな顔をして、天祐を労わった。
「ご配慮いただき、感謝します。しかし、我々は町の宿に泊まる予定のはずでは?」
「甥に付き添ってくれるという客人を、町に泊めるだなんて! そんな無作法な真似はしませんよ。そう心配しなくても、邸内はいくつかの堂に分かれて建っているので、客人も過ごしやすいかと思います。どうかもてなしさせてください」
「そこまでおっしゃられては、お断りするわけにもまいりませんね。では、桃宗主のご厚意に甘えさせていただきます」
天祐は丁寧に受け答えをした。
「白家の直系の方がいらっしゃるのは、うれしいことです。昔、白家からいただいた白明鏡は今でも大切に祀っておりますので。ああ、それから」
清は思い出したように、後ろに控えている子ども達を紹介する。
「こちらは長男の安、長女の如花です。何かお困りでしたら、安や使用人にお尋ねください。そのほうが気兼ねないでしょう」
清の紹介を受け、十代半ばの少年が拱手をする。薄桃の髪を銀の冠でまとめており、母ゆずりらしき吊った緑の目は、知的に輝いている。
「桃安です、どうぞよろしくお願いします」
少年の傍に寄り添っている幼い女の子も、おずおずとあいさつをした。こちらも薄桃の髪を持っており、二つのお団子に結っている。まん丸の目は明るい緑色をしていて、将来は美女になるだろうと予感させる整った顔立ちをしていた。
「如花です。皆様、ゆっくりしていってください」
照れ笑いを浮かべる如花は愛らしく、場の空気がほっこりする。しかし、皆の視線が集中すると、清の後ろに隠れてしまった。華礼が非礼を詫びる。
「すみません、娘は人見知りをしているようで。いらっしゃい、如花。この間も熱を出していたのです。そろそろ部屋に入りましょう」
華礼はすぐ後ろにいる侍女に剣を渡し、如花に近づいて腕に抱きあげた。
「わたくしはお先に失礼させていただきます」
「私も行くよ、華礼。安、後を頼んだよ」
「お任せください、父上」
桃宗主夫妻を見送り、安がその場に残った。まだ十代半ばなのに、柔和な空気をまとっていて、しっかりした若者だ。
「皆様、客堂へご案内いたします。どうぞこちらへ」
荷を下ろすのは使用人に任せ、碧玉達は安の後ろに続く。碧玉は天祐に近づいて、小声で問う。
「天祐、あれが乱暴者だったというのは真か?」
「私に聞かれても困りますよ。どう見ても穏やかで優しい少年のように見えますが」
「猫を被っていると思うか?」
「ご両親に信頼されているのを見ると、それはないのでは?」
ひそひそと話し合ったところで、安の実情など二人には分からない。紫曜から受けた依頼内容を思い出し、碧玉はつぶやく。
「黒家の親戚が、薬を手に入れてくれと頼みこむわけだな」
「ええ、そうですね」
天祐も同意した。
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