76 / 95
4幕 家守の鏡
6 桃家の建物
桃家の門内に入ると、清が言っていた通り、いくつかの建物に分かれていた。
その様はまるで、小さな村が一つあるようだ。
広々としているせいで、入り口からは全貌がはっきりとしない。
碧玉達が泊まる客堂は南東側にあると、安は示した。それから紫曜を振り返る。
「黒公子は以前、桃家に来られたことがおありなのでお分かりかと思いますが、大まかに説明させていただきますね」
「黒公子だって? そんな他人行儀な……。従兄弟なんだ、兄と呼んでくれ」
すかさず紫曜は抗議をした。
碧玉は白けた目で、紫曜を見る。
(こやつ、どこに行っても兄ぶっておるな)
皆の兄貴を自称するだけあって、親戚には図々しいようだ。安は戸惑いがちに紫曜を眺める。
「ええと……では、紫曜兄上と呼ばせていただきますね」
安は迷ったようだが、ひかえめににこりと微笑んだ。
「私のことは安とお呼びください」
「ああ、そうしよう」
大人な対応をする安の様子に、碧玉は同情した。
もし碧玉が白碧玉としてここにいたら、押し売りするなと紫曜に注意していただろう。しかし、ここで注意できるのは、親戚仲が良いのはよいことだと、にこにこしている天祐だけである。
「紫曜殿、桃家に来たことがあるんですか? 安殿に会ったことがないと話していませんでしたっけ」
天祐の問いに、紫曜は頷く。
「来たと言っても、十五年くらい前のことだ。おじい様……先代の桃宗主が体調を悪くされたので、その見舞いにな。安殿はまだ赤子だろう。普通は、客の前に連れてこない」
「そうそう。ちょうど夏風邪を引いていたとかで、どちらにしろ、私は部屋におりました……と聞いております」
安が思い出すようなしぐさをして言ったので、紫曜は感心してうなる。
「へえ、ずいぶんと詳しく覚えている者がいたのだな」
「私の乳母は、黒家に嫁がれた春麗様の乳母の娘でしたから、懐かしいと話しておりましたよ」
そこで安は、目の前の建物について教える。
「ああ、いけない。まだ入り口ですね。案内させていただきます。この門からすぐにあるのは、応接堂ですね。外からのお客様に、いったんお待ちいただく場所になります」
清が言っていた通り、建物が分かれている。応接室すら離れているとは意外だ。
安は次に、左にある大きな堂を示す。
「あちらは講堂です。今日は休講しておりますが、医術や薬草学について講義がある日は、この辺りは生徒が多くにぎやかですので、滞在中にはお気をつけください。平民も交じっているので、無作法な者もおります」
「門弟が客人にそんな真似をするんですか?」
白家では考えられないことなせいか、天祐がけげんそうに口を挟む。
「身分意識の強い貴族の方もいらっしゃいますし……いろいろですよ。何かあれば使用人を呼んでください。こちらから注意します」
安は言葉をにごした。
「ええ、私どもも、高圧的にならないように気を付けますね」
天祐は頷いた。ちらりと背後の配下に視線を向け、下手なことはするなよと釘を刺す。物わかりの良い配下は、こくりと頷いた。
「このすぐ奥が、公堂ですね。役所だと思ってください。父上も、執務の時はそちらにいます。最奥に母屋の区画がありますが、客人は公堂で許可を得ないと近づけません。何か御用があれば、客堂の使用人に伝えてくださいね」
安はそう注意しながら、母屋のほうも、家族ごとに居室が分かれているのだと言った。そのさらに奥まった場所に、桃家が管理している薬草園や書庫があるらしい。
「それで、客堂は応接堂を右に行った所にあります」
碧玉は頭の中で地図を描いた。
(なるほど、玄関に近い区画に、部外者の出入りを集中させているのか)
安が歩き始め、碧玉達はぞろぞろとついていく。天祐が質問する。
「安殿、講堂を使う門弟はどちらに寝泊まりしているんですか? 客堂でしょうか」
「我が家では門弟という扱いはしていないんですよ。受講料をもらい、その対価として教えています。ですから、あくまで受講者です。彼らは町のほうに住んでいますよ」
「えっ、桃家には弟子がいないのですか?」
「もちろん、弟子はおりますが、分家筋の親族がほとんどですね。桃家の医者や薬師を名乗れるのは、彼らだけです。そちらは講堂より北にある、使用人や弟子が住む居室を使っています。講師をしているのも、親族ですね」
そんな話をしているうちに、客堂の区画に着いた。
最初に、村が一つありそうだと思ったのは、まさにその通りだ。客堂だけでも、家が五棟は建っている。
「どれも空いていますので、お好きなようにお使いください。今晩は、父上が歓迎の宴を用意しておりますので、楽しみにしていてくださいね」
安は待っていた客堂の管理人に詳しいことを聞くように言い、「夜には門を閉めるため、夜遊びするなら町に宿泊してください」と注意してから去っていった。
「ああ、ありがとう、安殿」
「また夜に」
紫曜と天祐はそれぞれ声をかけ、安を見送る。そして、二人そろって碧玉を見た。
「なんですか、黒公子、白宗主」
今の碧玉は、白家の食客にすぎない雲銀嶺である。どうして碧玉の顔色をうかがうのだ。管理人の角という名の中年男も怪訝そうにしている。
「いや、どの堂を選ぼうかと思ってな」
「お好きにと言われると、少し困りますね」
紫曜と天祐は、どちらも宿泊場所にこだわりがないらしい。確かにこの面子では碧玉が口うるさいので、確認したくなる気持ちは分かる。
「貴賓向けは、奥の二棟ですので……。黒公子様と白宗主様は奥をお使いください」
角がそう説明したので、あっさりと決まった。残りの三棟は同行した使用人達で配分することになった。
あなたにおすすめの小説
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃がはじまる──! といいな!(笑)
表紙は、Pexelsさまより、Tetyana Kovyrinaさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点