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4幕 家守の鏡
6 桃家の建物
しおりを挟む桃家の門内に入ると、清が言っていた通り、いくつかの建物に分かれていた。
その様はまるで、小さな村が一つあるようだ。
広々としているせいで、入り口からは全貌がはっきりとしない。
碧玉達が泊まる客堂は南東側にあると、安は示した。それから紫曜を振り返る。
「黒公子は以前、桃家に来られたことがおありなのでお分かりかと思いますが、大まかに説明させていただきますね」
「黒公子だって? そんな他人行儀な……。従兄弟なんだ、兄と呼んでくれ」
すかさず紫曜は抗議をした。
碧玉は白けた目で、紫曜を見る。
(こやつ、どこに行っても兄ぶっておるな)
皆の兄貴を自称するだけあって、親戚には図々しいようだ。安は戸惑いがちに紫曜を眺める。
「ええと……では、紫曜兄上と呼ばせていただきますね」
安は迷ったようだが、ひかえめににこりと微笑んだ。
「私のことは安とお呼びください」
「ああ、そうしよう」
大人な対応をする安の様子に、碧玉は同情した。
もし碧玉が白碧玉としてここにいたら、押し売りするなと紫曜に注意していただろう。しかし、ここで注意できるのは、親戚仲が良いのはよいことだと、にこにこしている天祐だけである。
「紫曜殿、桃家に来たことがあるんですか? 安殿に会ったことがないと話していませんでしたっけ」
天祐の問いに、紫曜は頷く。
「来たと言っても、十五年くらい前のことだ。おじい様……先代の桃宗主が体調を悪くされたので、その見舞いにな。安殿はまだ赤子だろう。普通は、客の前に連れてこない」
「そうそう。ちょうど夏風邪を引いていたとかで、どちらにしろ、私は部屋におりました……と聞いております」
安が思い出すようなしぐさをして言ったので、紫曜は感心してうなる。
「へえ、ずいぶんと詳しく覚えている者がいたのだな」
「私の乳母は、黒家に嫁がれた春麗様の乳母の娘でしたから、懐かしいと話しておりましたよ」
そこで安は、目の前の建物について教える。
「ああ、いけない。まだ入り口ですね。案内させていただきます。この門からすぐにあるのは、応接堂ですね。外からのお客様に、いったんお待ちいただく場所になります」
清が言っていた通り、建物が分かれている。応接室すら離れているとは意外だ。
安は次に、左にある大きな堂を示す。
「あちらは講堂です。今日は休講しておりますが、医術や薬草学について講義がある日は、この辺りは生徒が多くにぎやかですので、滞在中にはお気をつけください。平民も交じっているので、無作法な者もおります」
「門弟が客人にそんな真似をするんですか?」
白家では考えられないことなせいか、天祐がけげんそうに口を挟む。
「身分意識の強い貴族の方もいらっしゃいますし……いろいろですよ。何かあれば使用人を呼んでください。こちらから注意します」
安は言葉をにごした。
「ええ、私どもも、高圧的にならないように気を付けますね」
天祐は頷いた。ちらりと背後の配下に視線を向け、下手なことはするなよと釘を刺す。物わかりの良い配下は、こくりと頷いた。
「このすぐ奥が、公堂ですね。役所だと思ってください。父上も、執務の時はそちらにいます。最奥に母屋の区画がありますが、客人は公堂で許可を得ないと近づけません。何か御用があれば、客堂の使用人に伝えてくださいね」
安はそう注意しながら、母屋のほうも、家族ごとに居室が分かれているのだと言った。そのさらに奥まった場所に、桃家が管理している薬草園や書庫があるらしい。
「それで、客堂は応接堂を右に行った所にあります」
碧玉は頭の中で地図を描いた。
(なるほど、玄関に近い区画に、部外者の出入りを集中させているのか)
安が歩き始め、碧玉達はぞろぞろとついていく。天祐が質問する。
「安殿、講堂を使う門弟はどちらに寝泊まりしているんですか? 客堂でしょうか」
「我が家では門弟という扱いはしていないんですよ。受講料をもらい、その対価として教えています。ですから、あくまで受講者です。彼らは町のほうに住んでいますよ」
「えっ、桃家には弟子がいないのですか?」
「もちろん、弟子はおりますが、分家筋の親族がほとんどですね。桃家の医者や薬師を名乗れるのは、彼らだけです。そちらは講堂より北にある、使用人や弟子が住む居室を使っています。講師をしているのも、親族ですね」
そんな話をしているうちに、客堂の区画に着いた。
最初に、村が一つありそうだと思ったのは、まさにその通りだ。客堂だけでも、家が五棟は建っている。
「どれも空いていますので、お好きなようにお使いください。今晩は、父上が歓迎の宴を用意しておりますので、楽しみにしていてくださいね」
安は待っていた客堂の管理人に詳しいことを聞くように言い、「夜には門を閉めるため、夜遊びするなら町に宿泊してください」と注意してから去っていった。
「ああ、ありがとう、安殿」
「また夜に」
紫曜と天祐はそれぞれ声をかけ、安を見送る。そして、二人そろって碧玉を見た。
「なんですか、黒公子、白宗主」
今の碧玉は、白家の食客にすぎない雲銀嶺である。どうして碧玉の顔色をうかがうのだ。管理人の角という名の中年男も怪訝そうにしている。
「いや、どの堂を選ぼうかと思ってな」
「お好きにと言われると、少し困りますね」
紫曜と天祐は、どちらも宿泊場所にこだわりがないらしい。確かにこの面子では碧玉が口うるさいので、確認したくなる気持ちは分かる。
「貴賓向けは、奥の二棟ですので……。黒公子様と白宗主様は奥をお使いください」
角がそう説明したので、あっさりと決まった。残りの三棟は同行した使用人達で配分することになった。
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