後宮の幻華 -死にかけ皇帝と胡乱な数日間ー

丹羽 史京賀

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瞬家の秘密

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「す、すいません! 私、感情が昂ぶると、周囲が見えなくなってしまう習性でして」
「あー…。それは、大変厄介ですね」
「ええ。陛下も以前から、私の習性を危険視しておりました」
「…………ああ」

 ……でしょうね。
 …………と、頷いて良いものか、青波は困ってしまった。
 景和は言葉の通り、感情の昂ぶりのまま、早口で語りだしていた。

「実は、私は陛下から、後宮の情報を集めるために、学司として送りこまれたのですよ。私も、ここにしかない蔵書に興味があったので、陛下の命を喜んで賜り、宦官として学司を務めることにしました。貴方が持っていた青い糸は、陛下と私の合図です。いつも、夕餉の前に、話したいことがある側が木に結ぶことになっていました。人気がなく、入り込みやすい、芳正殿の中庭の木に……」
「……へ、へえ。……そうだったんですか」
「今、陛下が大変なご様子なので、何か私に託したいことがあるのではないかと、ずっと芳正殿を見張っていたのです。しかし……。そのあたりのこと、貴方はご存知なかったのですか? このことは、私と陛下以外知り得ないことなのですが?」
「……いや……その」
「では、やはり運命……」
「違います」

 二人しか知り得ないことを、青波が知っていたのだから、景和だって、感情が昂ぶるだろう。
 とはいえ、強引に自室に青波を攫うなんて真似は、やはり頭がどうかしているとしか思えない。
 
(……うーん。幽体の陛下から教わったなんて、話した日にはどうなるものか)
  
「瞬 青波さん。私は、貴方は陛下と近しい存在なのだと思いました。何しろ、その陛下は、謎の病で瀕死の状態。この二日間は完全に沈黙されているので、暗殺ではないか……と。そう、疑ったのですよ」

 「」という単語が、青波の脳内で廻った。
 
「…………やはり、陛下は暗殺……なのでしょうか? しかし、一体、誰が陛下を?」
「……まあ、陛下がお命を狙われること自体、年中行事のようなもので、誰がといっても……ですが」
「年中行事って?」
「そりゃあ、暗殺未遂なんて、毎日の日課みたいなものですよ」
「……日課!?」

 皇帝だから、命を狙われることもあるだろう。 
 けど……。

(年中行事とか、毎日の日課とか……)

 そこまで、皇城は危険な場所だったのか?
 無知なまま、送り出してしまった六年前の自分を殴ってやりたかった。

「それに、今回の病を公表した後も、私はあの方と何度も書簡のやりとりをしていましたからね。最近まで、後宮で働く人間の名簿を隅々まで読んでいたそうですよ。変ですよね。常人よりも倍、頑丈なお方なのに、ここ二日で突然、昏睡状態に陥るなんて……」
「……ん? 今、何て?」

 景和は、青波の動揺に気づいたのだろう。
 今度はゆっくり、様子を見ながら、言葉を繰り返した。

「陛下は、常人より倍、頑丈な御身体をされていらっしゃいますよね」
「ご、ご存知だったのですか!?」

 春霞は誰にも自分の体質のことを話していないと訴えていたが、あれは嘘だったのか?
 しかし、青波の心を読んで、景和は先回りで否定した。

「ああ、違いますよ。陛下は私に何も話してはいません。あの方は、基本、誰も信じていませんから。ですが、傍で見ていれば、異様に傷の治りが早いことくらい察します」
「そんなに早いですか?」
「私が見たところ、化け物並みですね」
「ば、化け物……」

 酷い言われようだ。

 ……だが。
 それは、なのだ。

 下を向くと、一つに緩く結っていた髪から、ほつれてしまった一房が、前のめりに落ちた。

『嫌だな。落ち込まないでよ。青波が気にする必要ないんだからね』

 呼び掛けてくれている春霞の声が遠い。
 そうして、黙り込んでしまった青波に、優しい声音で、景和は追い打ちをかけてくるのだ。

「貴方のその口振り。やはり、陛下とは幼馴染なんですよね。陛下は即位前、えん州にいらっしゃった。貴方の姓は「瞬」。瞬家は燕州の刺史に仕えていた武官の家柄。陛下の母君の御実家の警備の任に当たっていたはず。陛下と貴方が知り合ったのは、そういう縁でしょう。しかし、瞬家は七年前、大逆の罪で一族諸共、死罪を命じられてしまった」
「何で、そんなことまで、ご存知なんですか?」

 ――図星だ。

 七年前、瞬家は大逆の罪を犯したと、嘉栄から濡れ衣をきせられ、罪人となってしまった。
 何とか家族は燕州から逃げ切ったが、世間から身を隠さなければならなくなってしまったため、青波は春霞の傍にいることが出来なくなってしまったのだ。

 ……結果、春霞は刺客の手によって致命傷を負ってしまった。

「幸い、瞬家で捕えられた者は一人もいなかったそうですが、それでも大逆の罪を背負い、逃亡までしておりますからね。汚名をそそがない限り、官吏に返り咲く道はない」

 姓を名乗ったのが、いけなかったのか……。

 しかし、そんな地方の一事件を把握している者など、皇帝も代替わりした現在、誰もいないと思っていた。
「瞬」という姓は確かに珍しいが、名乗ったところで、燕州以外の人に、青波が何者であるか、気づかれたことはなかった。

 霜 景和。

(一体、何者なのだろう?)

「私はこの国の歴史を学ぶことが好きで、物好きが高じて、学司になりました。特に現実味のない神話などを好んでいましてね。陛下も熱心に神話を……「瞬氏」について調べていらっしゃったので、その縁で、信頼を寄せて頂くことができたのです。しかし、貴方が後宮に来ていることは知りませんでした。芳正殿で名前を伺うまでは」

 回りくどい物言いと、すべて見通していると言わんばかりの微笑。
 春霞が頼りたくなかった理由が分かってしまった。
 景和は青波が困惑しているのを承知で、口を動かし続けた。

「八百年前、透国の東に「瞬」という国がありました。古文書によると、その王家の者は聖獣を思いのままに操り、過去と未来を自由に見聞する異能を持ち、遥か千里の彼方まで見通すことができる目を持っていたとか……。貴方は瞬氏の末裔ではないのですか?」
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