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5 ヴィンセント視点
しおりを挟むキュレッド家の長男として生まれてしまったこと、それが俺の人生の間違いだった。
「戻りました」
久々に戻った屋敷の中は、数年前出て行った時よりも物が増えごちゃごちゃとしていた。絵画、石膏像、どれもうちの資金では手に入らないような上等なものばかり。
そして何より、出迎えに来た両親の姿に絶句した。
「おぉ!ヴィンセントっ、やっと戻ったか!」
「お帰りなさいヴィンセント!まぁまぁ、疲れたでしょう?ずいぶんと遅かったわねぇ」
二人は家の中では似つかわしくないくらいの宝石を身につけ、更には夜会に出向くような高級な衣装を着ていた。
「いやー!久しぶりの再会だ、我々も気合を入れてみたんだ!どうだ?似合うだろう?」
「……そんなもの、一体どうしたんですか」
「これ?これはねアルバートが私達にプレゼントしてくれたのよぉ」
アルバート。
その名前を聞いてますます機嫌が悪くなる。
(大方ロットバレン家からの援助金で買ったんだろ)
婚約者から貰った金で親にプレゼントなんて、いかにもアイツらしいやり方だ。早く一人になりたくて自室に戻ろうとすると両親はまるで金魚の糞のようについて来た。
「せっかくだ、旅の話を聞かせておくれ」
「……お話する事は特にありませんよ」
「そんな訳ないだろ?お前はこのキュレッド家を継ぐためにわざわざ各国を飛び回っていたんだから!」
「……疲れているんです」
名目上、俺がこの家を出たのは爵位を継ぐための社会勉強。実際はこんな家族に縛られるのが嫌で、適当な理由をつけて逃げたようなもんだが……
(まぁ確かにいい勉強になった。お陰でこの家に頼らなくてもいい財源も手に入れたし)
「お帰りなさい、兄さん」
背後から声をかけられ振り向く。
「アルバート」
そこには久しぶりに顔を合わせた弟、アルバートが微笑みながら立っていた。
俺の不機嫌の大半はコイツ、というか元凶。
「長旅お疲れ様です。お戻りは昼頃だったんじゃなかったのですか?」
呑気にそう言いながら目の前に立つ。
成長した弟は段々と父に顔が似てきていた。
「今晩、ロットバレン公爵に呼び出されていてな」
「っ!」
「お前も同席していると聞いていたんだが」
そう言えばアルバートはあからさまに視線を泳がせる。コイツが俺に劣等感を抱いているのは何となく知っている、それを知った上で冷たい目で睨んでやった。
「公爵からの誘いを急に断るなんて、お前は一体どういうつもりだ?」
「そ、それは……」
「私のせいなの」
ガチャっと扉が開き、現れた人物に視線をやる。
「エマ」
「お帰りなさい、ヴィジー」
光り輝く金髪に陶器のように白い肌、庇護欲を駆り立てるように弱々しい姿。
エマ=ラングレーは眉を下げながら歩み寄ってきた。
「しばらく見ない間にまたカッコよくなったね!」
「何でここに居るんだ」
「今日は体調が良くて、アルに聞いたらヴィジーが戻ってくるって言うからお出迎えに来たの」
ニコニコと笑う彼女を見る俺は、多分シャロンには見せられないくらい冷めた顔をしてると思う。
エマは男爵令嬢という立場だがよくうちに出入りしている。元々彼女の母とうちの親が仲が良いのもあるし、エマ自体がいつもニコニコと笑い両親のご機嫌取りが上手いのも理由の一つだ。
(まぁそんな嘘くさい笑顔、何とも思わないけど)
「ねぇヴィジー、旅のお話を聞かせて?」
「そんな事はどうでもいい。エマ、お前またアルバートに予定があるのを知ってて呼びつけたな?」
「……だって、寂しくて」
「その我儘のせいでアルバートは公爵との約束を無下にしたんだ。この馬鹿が愚かなのは置いておいて、お前いい加減にしろよ」
目を逸らしながらボソボソと喋るエマを見下ろす。
あからさまに怯えた態度……この女は昔から叱られると子犬のように怯えたフリをする。
「ごっ、ごめんなさい……」
「謝るのは俺にじゃない、シャロンと公爵に謝れ」
「兄さんっ!エマは悪くないよ!」
それまで黙っていたアルバートはエマを庇うように抱きしめる。
「しょうがないんだよ、エマは病気のせいで学校にも行けず一人で孤独なんだ!僕が側にいてあげなきゃ」
「何を勘違いしてるか分からないが、お前はシャロンの婚約者だろ?優先すべきはただの幼馴染であるエマではなくシャロンのはずだ」
睨み付ければアルバートは視線を逸らす。
「し、シャロンは……強い女性だから僕が居なくても大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない」
馬鹿なのか?
「まぁまぁヴィンセント、アルバートがこう言ってるんだ。心配しなくても良いだろう」
「そ、そうよっ!シャロンちゃんだって子供じゃないんだしきっと分かってくれてるわ!」
焦ったように二人はアルバートの味方をする。
(本当にこの人たちは何も変わんないな)
悪いことを悪いと教えた事のないこの人たちに甘やかされればアルバートの頭が悪くなるのは当然だ。
「アル……ごめんね?」
「謝らないで。大丈夫だから」
縋るようにアルバートに寄りかかるエマ。
「……部屋に戻ります」
「あ、ああそうだな!ゆっくり休みなさい!」
この空気に耐え切れず父は笑顔でそう言ったので俺は足早に自分の部屋へと戻った。
(せっかくシャロンに会えて幸せな気分だったのに)
数時間前に会っていた彼女のことを思い出す。
初めて会ったのはアルバートの婚約調印式。
控えめに言って彼女は完璧だった。
貴族学校では首席をキープし、更に父である公爵の仕事もいくつか受け持つ。多忙なのに令嬢としての役割も怠らず、慎ましやかで美しい。祖母の強引な売り込みがなければうちみたいな伯爵家に縁談の話などまず来ないだろう。
(それなのにあの馬鹿どもは……)
シャロンだけでなくロットバレン家を馬鹿にしている彼らに吐き気がする。
(それともう一人……)
俺は知っている。
あの中で誰よりも図太い神経なのはエマだ。口先で謝って見せても彼女の性格が変わる訳がない、だってそうやって同情を引くのが彼女の得意技なんだから。
(痩せこけてる訳でもないし、髪も栄養が行き届いて艶がある。肌は白すぎるが屋敷から出ずに引きこもってるからだろう)
彼女の病気は幼少期に完治しているはず。
今は普通の、ただの引きこもりだ。
「さて、どう動こうか」
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