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第九話:届き始めた噂
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私と公爵様の穏やかな日々とは裏腹に、外の世界では大きな波紋が広がっていた。
発端は、王都の社交界で交わされる些細な噂だった。
「ねえ、お聞きになって? あのアークライト公爵様が、最近少しお変わりになったそうよ」
「まあ! あの氷の彫刻のような方が?」
「ええ。先日、最高級のドレスショップで、若い女性のためにそれは見事なドレスを買い与えていらしたとか」
「まさか……公爵様に、想い人が?」
憶測が憶測を呼び、噂は尾ひれをつけて貴族たちの間を駆け巡った。「灰色の公爵が屋敷に素性の知れぬ娘を囲っている」「その娘は不思議な力で公爵を癒しているらしい」――いつしか私は、「公爵を惑わす謎の女」として、社交界で最も注目される存在になっていた。
そして、その噂は当然、ハノーヴァー子爵家の耳にも届いていた。
「なんですって!? あの役立たずのルチアが、公爵様のお屋敷で寵愛を受けているですって!?」
友人から聞かされた話に、セシリアはティーカップを取り落としそうになるほど激昂した。自分が手に入れるはずだった栄光。自分が立つはずだった場所。そのすべてを、地味な妹に奪われたという事実に、彼女の心は醜い嫉妬の炎で焼き尽くされた。
「落ち着きなさい、セシリア」
継母は娘を諌めながらも、その瞳はギラギラとした計算高さに満ちていた。
「あの子の刺繍に、それほどの価値があったとは……。これは、ハノーヴァー家を立て直す好機やもしれません。あの子は、私たちの大事な家族なのですから」
そんな折、一人の男が子爵家を訪れた。かつて、家の利益のため、許嫁だった私との婚約を一方的に破棄した男、クラレンス・オルブライトだ。彼の家もまた困窮しており、金の匂いを嗅ぎつけてやってきたのだ。
「奥様、セシリア嬢。お聞き及びのことと存じます。ルチア嬢の件です」
彼は卑屈な笑みを浮かべ、邪悪な計画を持ちかけた。
「ルチア嬢は、もともと私の許嫁。アークライト公爵は、人の婚約者を不当に奪い去ったことになります。これを王家に訴え出れば、正義は我々にありますぞ。公爵とて、王家の裁定には逆らえますまい」
「でも、婚約はもう破棄したでは……」
「正式な書類を交わしたわけではありますまい。言いくるめることなど容易いことです。ルチア嬢を取り戻しさえすれば、公爵から多額の慰謝料を取ることも、彼女の能力でさらに富を築くことも可能でしょう」
継母の目に欲望の光が宿る。セシリアの顔には、私への憎悪と復讐の決意が浮かんだ。利害が一致した三者は、私を再び不幸のどん底へ突き落とすための、卑劣な陰謀を企て始めた。
その頃、私はそんな外の世界の悪意など知る由もなかった。
公爵邸の陽だまりのテラスで、先日贈られたばかりのドレスを身にまとい、公爵様のためにお茶を淹れていた。
「公爵様、見てください。このお茶菓子、星の形をしているんです」
私がそう言って笑いかけると、彼は一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。
この穏やかで、温かい幸せな時間が、嵐の前の静けさであることを、まだ私は知らなかった。私のささやかな幸福を打ち砕こうとする黒い影が、すぐそこまで迫っていることなど、想像すらしていなかったのだ。
発端は、王都の社交界で交わされる些細な噂だった。
「ねえ、お聞きになって? あのアークライト公爵様が、最近少しお変わりになったそうよ」
「まあ! あの氷の彫刻のような方が?」
「ええ。先日、最高級のドレスショップで、若い女性のためにそれは見事なドレスを買い与えていらしたとか」
「まさか……公爵様に、想い人が?」
憶測が憶測を呼び、噂は尾ひれをつけて貴族たちの間を駆け巡った。「灰色の公爵が屋敷に素性の知れぬ娘を囲っている」「その娘は不思議な力で公爵を癒しているらしい」――いつしか私は、「公爵を惑わす謎の女」として、社交界で最も注目される存在になっていた。
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「落ち着きなさい、セシリア」
継母は娘を諌めながらも、その瞳はギラギラとした計算高さに満ちていた。
「あの子の刺繍に、それほどの価値があったとは……。これは、ハノーヴァー家を立て直す好機やもしれません。あの子は、私たちの大事な家族なのですから」
そんな折、一人の男が子爵家を訪れた。かつて、家の利益のため、許嫁だった私との婚約を一方的に破棄した男、クラレンス・オルブライトだ。彼の家もまた困窮しており、金の匂いを嗅ぎつけてやってきたのだ。
「奥様、セシリア嬢。お聞き及びのことと存じます。ルチア嬢の件です」
彼は卑屈な笑みを浮かべ、邪悪な計画を持ちかけた。
「ルチア嬢は、もともと私の許嫁。アークライト公爵は、人の婚約者を不当に奪い去ったことになります。これを王家に訴え出れば、正義は我々にありますぞ。公爵とて、王家の裁定には逆らえますまい」
「でも、婚約はもう破棄したでは……」
「正式な書類を交わしたわけではありますまい。言いくるめることなど容易いことです。ルチア嬢を取り戻しさえすれば、公爵から多額の慰謝料を取ることも、彼女の能力でさらに富を築くことも可能でしょう」
継母の目に欲望の光が宿る。セシリアの顔には、私への憎悪と復讐の決意が浮かんだ。利害が一致した三者は、私を再び不幸のどん底へ突き落とすための、卑劣な陰謀を企て始めた。
その頃、私はそんな外の世界の悪意など知る由もなかった。
公爵邸の陽だまりのテラスで、先日贈られたばかりのドレスを身にまとい、公爵様のためにお茶を淹れていた。
「公爵様、見てください。このお茶菓子、星の形をしているんです」
私がそう言って笑いかけると、彼は一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。
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