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第八話:不器用な贈り物
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あの日、私の涙に触れた公爵様は、少しだけ変わったように思う。
言葉数は相変わらず少ないけれど、書斎で刺繍を渡すとき、彼が私を見つめる時間がわずかに長くなった。その灰色の瞳の奥に、何かを探るような、あるいは慈しむような、複雑な色が揺らめくのを私は感じていた。
そんなある日の朝食後、紅茶を飲んでいた彼が、ふと私の姿に目を留めて言った。
「君は、いつもその服だな」
それは、公爵邸に来た時に着ていた、古びてくすんだモスグリーンのドレスだった。メイドが綺麗に洗濯し、繕ってくれたおかげで見違えるようにはなったが、元が粗末なものであることに変わりはない。
図星を突かれて返事に困っていると、彼は立ち上がり、有無を言わせぬ口調で告げた。
「出かけるぞ。刺繍のための新しい素材も必要だろう」
それは、いかにも彼らしい不器用な口実だった。
初めて二人で出かけることに心臓が跳ねたが、彼の気遣いが嬉しくて、私は静かに頷いた。
馬車は王都で最も華やかなブティック通りで止まった。ショーウィンドウに飾られたきらびやかな宝飾品やドレスに、私は思わず息をのむ。公爵はそんな私を一瞥すると、迷うことなく最高級のドレスショップの扉を開けた。
突然の公爵の来店に、支配人をはじめとした店員たちが色めき立つ。彼は周囲の動揺など意にも介さず、私の隣に立ち、店員に短く命じた。
「この者に似合うものを、すべて持ってこい」
次々と運ばれてくる、夢のように美しいドレスの数々。シルクやレースをふんだんに使ったドレスを前に、私は気後れして立ち尽くすばかりだった。
「どうした。選べないのか」
「……わたくしには、どれも、もったいなくて」
「君が着るのだから、もったいなくなどない」
彼はそう言うと、一着のドレスを指差した。「まずは、あれを着てみろ」と。
何着か試着した中で、私の心は一着のドレスに強く惹きつけられた。
それは、夜空の色をそのまま布地に映したかのような、深い深いミッドナイトブルーのドレスだった。銀糸で繊細な刺繍が施され、動くたびにキラキラと瞬く。それはまるで、私の秘密の力を肯定してくれるかのようだった。そして何より、その色は、彼が失ってしまった瞳の色を思わせた。
私がそのドレスを着て試着室から出ると、アークライト公爵が、わずかに目を見張った。
色が見えないはずの彼が、言葉を失って私を見つめている。
「……公爵様?」
「……」
彼は何も言わない。けれど、その灰色の瞳が、雄弁に何かを語っていた。色など見えなくとも、このドレスが放つ輝きと、それを纏った私の姿が、彼の心を確かに揺さぶっているのだと分かった。
「……それでいい」
長い沈黙の末、彼はそれだけを呟いた。その声には、紛れもない賞賛の色が滲んでいた。
屋敷へ戻る馬車の中、私は贈られたドレスの入った箱を、宝物のように大切に抱きしめていた。胸がいっぱいで、うまく言葉が出てこない。それでも、今、この気持ちだけは伝えたかった。
「ありがとうございます、公爵様。……とても、嬉しいです」
勇気を出して伝えた感謝に、彼は窓の外に視線を向けたまま、静かに応えた。
「君が喜ぶ顔は、なぜか少しだけ、色づいて見える気がする」
その、あまりにもらしくない呟きに、私の顔に一気に熱が集まった。
公爵邸に連れてこられてからずっと張り詰めていた心が、彼の不器用な優しさによって、ゆっくりと、そして確かに解かされていくのを感じていた。
言葉数は相変わらず少ないけれど、書斎で刺繍を渡すとき、彼が私を見つめる時間がわずかに長くなった。その灰色の瞳の奥に、何かを探るような、あるいは慈しむような、複雑な色が揺らめくのを私は感じていた。
そんなある日の朝食後、紅茶を飲んでいた彼が、ふと私の姿に目を留めて言った。
「君は、いつもその服だな」
それは、公爵邸に来た時に着ていた、古びてくすんだモスグリーンのドレスだった。メイドが綺麗に洗濯し、繕ってくれたおかげで見違えるようにはなったが、元が粗末なものであることに変わりはない。
図星を突かれて返事に困っていると、彼は立ち上がり、有無を言わせぬ口調で告げた。
「出かけるぞ。刺繍のための新しい素材も必要だろう」
それは、いかにも彼らしい不器用な口実だった。
初めて二人で出かけることに心臓が跳ねたが、彼の気遣いが嬉しくて、私は静かに頷いた。
馬車は王都で最も華やかなブティック通りで止まった。ショーウィンドウに飾られたきらびやかな宝飾品やドレスに、私は思わず息をのむ。公爵はそんな私を一瞥すると、迷うことなく最高級のドレスショップの扉を開けた。
突然の公爵の来店に、支配人をはじめとした店員たちが色めき立つ。彼は周囲の動揺など意にも介さず、私の隣に立ち、店員に短く命じた。
「この者に似合うものを、すべて持ってこい」
次々と運ばれてくる、夢のように美しいドレスの数々。シルクやレースをふんだんに使ったドレスを前に、私は気後れして立ち尽くすばかりだった。
「どうした。選べないのか」
「……わたくしには、どれも、もったいなくて」
「君が着るのだから、もったいなくなどない」
彼はそう言うと、一着のドレスを指差した。「まずは、あれを着てみろ」と。
何着か試着した中で、私の心は一着のドレスに強く惹きつけられた。
それは、夜空の色をそのまま布地に映したかのような、深い深いミッドナイトブルーのドレスだった。銀糸で繊細な刺繍が施され、動くたびにキラキラと瞬く。それはまるで、私の秘密の力を肯定してくれるかのようだった。そして何より、その色は、彼が失ってしまった瞳の色を思わせた。
私がそのドレスを着て試着室から出ると、アークライト公爵が、わずかに目を見張った。
色が見えないはずの彼が、言葉を失って私を見つめている。
「……公爵様?」
「……」
彼は何も言わない。けれど、その灰色の瞳が、雄弁に何かを語っていた。色など見えなくとも、このドレスが放つ輝きと、それを纏った私の姿が、彼の心を確かに揺さぶっているのだと分かった。
「……それでいい」
長い沈黙の末、彼はそれだけを呟いた。その声には、紛れもない賞賛の色が滲んでいた。
屋敷へ戻る馬車の中、私は贈られたドレスの入った箱を、宝物のように大切に抱きしめていた。胸がいっぱいで、うまく言葉が出てこない。それでも、今、この気持ちだけは伝えたかった。
「ありがとうございます、公爵様。……とても、嬉しいです」
勇気を出して伝えた感謝に、彼は窓の外に視線を向けたまま、静かに応えた。
「君が喜ぶ顔は、なぜか少しだけ、色づいて見える気がする」
その、あまりにもらしくない呟きに、私の顔に一気に熱が集まった。
公爵邸に連れてこられてからずっと張り詰めていた心が、彼の不器用な優しさによって、ゆっくりと、そして確かに解かされていくのを感じていた。
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