悪役令嬢、心理学無双で氷の騎士様の心を溶してみせます

希羽

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13. 力学の逆転

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 公聴会が中断され、別室で待機している間、私と父様の周りには、これまでとは全く違う空気が流れていた。

 先ほどまで私たちを遠巻きに見ていた貴族たちが、今や代わる代わるやってきては、父様に労いの言葉をかけていく。その態度の変化は、あまりに露骨で、滑稽ですらあった。

「セラフィナ」

 父様が、静かに私の名前を呼んだ。

 振り向くと、その瞳には、深い驚きと、誇りと、そしてほんの少しの寂しさが浮かんでいた。

「…お前は、そんなにも強くなったのだな」
「いいえ、父様。わたくしは何も変わっておりませんわ。ただ、守るべきもののために、持てる知識を使っただけです」

 そうだ。私は何も変わっていない。

 変わったのは、私を見る周りの目。そして、私と父様の関係。
 父はもう、私を庇護すべきか弱い娘としてではなく、共に家を守る、信頼すべきパートナーとして見てくれていた。

 やがて、公聴会が再開される。

 結果は、火を見るより明らかだった。

 宰相は、厳粛な顔で宣言した。

「ルクセン公爵家に対する横領の嫌疑は、証拠不十分につき、これを完全に棄却する! なお、王家直轄鉱山の管理体制については、別途調査団を派遣し、徹底的に監査を行うものとする!」

 それは、私たちの完全な勝利であり、皇太子派の完全な敗北を意味した。

 アルフォンス皇太子は、屈辱に顔を歪ませ、聖女リリアは、何が起こったのか理解できないというように、ただ青ざめていた。

 議場を出る彼らの背中に向けられるのは、もはや同情ではなく、冷ややかな侮蔑の視線だった。

 全てが終わり、父様が他の貴族たちへの挨拶に追われている間、私はそっとその場を離れた。

 探している人は、一人しかいない。

 王城の、人のいない回廊。

 月の光が差し込む窓辺に、彼は、まるで絵画のように静かに立っていた。

「ケイン様」

 声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
 その灰色の瞳と、まっすぐに見つめ合う。あの道場での気まずい空気と、今日の公聴会での無言の連携が、私たちの間に複雑な緊張感を生んでいた。

 感謝を伝えなければ。しかし、どうやって?

 『あなたのくれた情報のおかげです』などと言えば、彼を反逆罪に問うようなものだ。

「…本日の勝利は」

 私は、慎重に言葉を選んだ。

「時宜を得た、正確な情報がなければ、ありえませんでしたわ」

 その言葉に、全ての意味を込めて。

 彼は、私の意図を正確に読み取ってくれた。

「…真実は、有能な代弁者を得てこそ、その力を発揮するものです、セラフィナ嬢」

 静かな声だった。しかし、その中には、紛れもない称賛と、温かい労いが含まれていた。

「あなた様は、真実が必要としていた、最高の代弁者だった」

 最高の褒め言葉だった。胸の奥が、じんと熱くなる。

 公的な話は、これで終わり。

 残っているのは、私たちの、個人的な問題だ。

「ケイン様」

 私は、一歩、彼に近づいた。今度は、私が仕掛ける番だった。

「…訓練は、もう、してくださらないのですか?」

 その問いに、彼の鉄の仮面が、初めて分かりやすく揺らいだ。
 視線が泳ぎ、固く結ばれた唇が、何かを言おうとして、やめて、また開く。

 道場から逃げ出した、あの日の彼の姿が、そこにいた。

 しかし、今度の彼は、逃げなかった。

 やがて、彼は覚悟を決めたように息を吐くと、再び私の瞳を、今度は射抜くように強く見つめた。

「…いや」

 その声は、少しだけ掠れていた。

「訓練は、再開する。明日、いつもの時間に」
「…!」
「ただし…」

 彼は、そこで一度言葉を切った。

 そして、これまで聞いたことのないほど、真剣な声で、こう続けたのだ。

「これまでの訓練内容は、大幅に見直す必要がある」

 その言葉の真意を、私が測りかねて瞬きをしていると、彼の口元に、ほんの僅か、笑みの形が浮かんだ。

 それは、氷の騎士が初めて見せた、本当の微笑みだった。

「…明日の訓練では、まず、『対個人における、過剰な接近への対処法』から、始める」

 その言葉が、誰に向けられたものなのか。

 そして、その訓練が、一体「誰」のためなのか。

 答えは、聞くまでもなかった。

 私の心臓が、勝利の凱歌でも、安堵のため息でもない、全く新しい、甘い音を立てて高鳴り始めた。

 私たちの間の力学は、今日、完全に逆転したのだ。

 そして、明日からは、全く新しい関係が始まる。

 その予感が、私を震わせた。
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