悪役令嬢、心理学無双で氷の騎士様の心を溶してみせます

希羽

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12. 心理戦の幕開け

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 王城の公聴会室は、冷たい大理石と、重厚なタペストリーで飾られた、荘厳な空間だった。

 しかし、その場を支配していたのは、権威の重みではなく、狡猾な悪意の匂いだった。

 上座には、国王代理として宰相が座り、その周りを王国の重鎮である貴族たちが囲んでいる。

 告発者側には、アルフォンス皇太子が、まるで正義の体現者であるかのような顔で座り、その隣には、聖女リリアが、心から我が家を憂いているかのような悲しげな表情で寄り添っていた。

 誰もが、ルクセン公爵家の断罪を確信している。そんな空気が、肌を刺すように満ちていた。

 父様と二人、被告席に着いた私を、侮蔑と好奇の視線が突き刺す。

 しかし、私の心は、不思議なほど静かだった。

 恐怖はない。不安もない。

 あるのは、これから始まる「戦争」に対する、冷徹な高揚感だけだ。

「――以上が、ルクセン公爵による、王家への背信行為の概要である!」

 皇太子派の検察官が、芝居がかった声で告発を終える。

 彼らが切り札として提示したのは、一枚の比較表だった。我がルクセン鉱山と、王家直轄「青の渓谷」鉱山の、過去三年間の産出量データ。

 表の上では、青の渓谷の産出量が年々減少しているのに対し、我が家の鉱山は安定して高い数値を維持している。これだけ見れば、我が家が産出量を偽り、利益を横領しているように見える、巧妙な罠。

 ケイン様が教えてくれた、敵の切り札。

「公爵、何か申し開きはあるかな」

 宰相の冷ややかな声に、父様が立ち上がろうとする。その肩が、怒りで震えているのが分かった。

 感情的になっては、敵の思う壺だ。

「お待ちください、父様」

 私は静かに父を制し、自ら立ち上がった。

「宰相閣下。父に代わり、わたくしセラフィナ・フォン・ルクセンが、ご説明させていただく許可をいただけますでしょうか」

 ざわ、と議場がどよめく。

 令嬢が、このような場で発言するなど前代未聞。しかし、これは私の戦いだ。

 宰相は面白そうに私を一瞥すると、許可を出した。

 私は、侍女に運ばせた数箱の資料の中から、数枚の羊皮紙だけを手に、証言台へと進んだ。

 まず、私は検察官が提示した比較表を、指先で軽く弾いた。

「この比較表、実に興味深いものですわね。ですが、そもそも、比較の対象として、なぜ『青の渓谷』が選ばれたのでしょうか?」

 穏やかな問いかけに、検察官は「王家直轄の鉱山として、最も公正な比較対象だからだ」と、自信満々に答えた。

「なるほど。では、お尋ねします。青の渓谷の主な産出鉱石は何でしたか?」
「そ、それは…ラズライト鉱であったはずだ」
「その通りですわ。では、我がルクセン鉱山は?」
「アダマンティン鉱…だが、それが何だというのだ!」
「全てですわ」

 私の声が、静かな議場に響き渡る。

「ここに、王国地理院が発行した、鉱物学の基礎教本がございます。ラズライト鉱は、アダマンティン鉱に比べ、採掘純度が著しく低いことで知られております。そもそも、価値も性質も全く異なる鉱山を、同じ基準で比較すること自体が、学術的に見て、全くのナンセンスですわ」

 私はそこで一度言葉を切り、次の資料を掲げた。

「さらに、こちらをご覧ください。これは、五年前の王室鉱業局の公式報告書。ここには、こう記されております。『青の渓谷の鉱脈は、予測より早く枯渇。今後の大規模な採掘は不可能と判断する』と」

 議場が、今度こそ大きくどよめいた。

 皇太子の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

 私は、追い打ちをかけるように、冷たい微笑みを浮かべた。

「つまり、検察官殿は、すでに閉山したも同然の鉱山と、今なお現役の鉱山を比較し、我が家に横領の嫌疑をかけていらっしゃった。…この事実を鑑みますと、考えられる可能性は二つ」

 私は、ゆっくりと指を一本立てる。

「一つ。王国の重要情報を司る方々が、揃いも揃って、驚くべき無知と無能である、という可能性」

 そして、もう一本の指を立てた。

「あるいは。全てを知った上で、意図的に情報を操作し、この公聴会そのものを、我がルクセン家を貶めるための『茶番劇』に仕立て上げた、という可能性」
「なっ…!」

 検察官が絶句する。貴族たちの囁き声が、もはや隠すことのできない音量で広がっていく。

 私は最後に、議場にいる全員を見渡して、こう締めくくった。

「どちらの可能性が真実であるか、皆様のご賢察にお任せいたしますわ」

 私は深く一礼し、席に戻った。

 父様が、信じられないものを見るような目で、私を見ている。

 その時、ふと、視線を感じた。

 議場の隅。壁際に立つ、近衛騎士団の制服。

 ケイン様が、微動だにせず、こちらを見ていた。

 彼の表情は、鉄の仮面のように変わらない。

 しかし、その灰色の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ。
 確かな「誇り」と「称賛」の光が宿ったのを、私は確かに見た。

 そして、彼は、誰にも気づかれぬほど小さく、しかしはっきりと、一度だけ、頷いた。

 その無言のメッセージだけで、十分だった。

 胸の奥に、戦いの高揚感とは違う、温かい何かが込み上げてくる。

 そして、私たちの間には、もはや誰にも壊せない、見えない絆が結ばれている。

 そう、確信できた。
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