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第十一話:寵愛ではない褒美
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皇帝・叡明の冷たい問いかけに、張貴妃は最後の望みを賭けて床にすがりついた。完璧だった化粧は見る影もなく崩れ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は哀れに泣き叫んだ。
「へ、陛下! わたくしは…わたくしは、ただ陛下をお慕いするあまり、嫉妬に目がくらんでしまったのでございます! あの女が、陛下の御心を奪うのが許せなかった…! これもすべて、陛下への愛ゆえの過ちなのでございます!」
見事なまでの、情に訴えかける芝居だった。だが、その言葉は、氷の玉座に座る皇帝の心には少しも響かなかった。
「愛、だと?」
叡明は、足元でみっともなく泣きじゃくる女を、虫けらでも見るような目で見下ろした。
「そなたの行いは、愛ではない。己の権勢欲を満たすための、ただの我欲だ。その浅ましい欲望のために、皇太后陛下の祝宴を穢し、無実の者を陥れようとした罪、万死に値する」
皇帝の静かな、しかし絶対的な怒気をはらんだ声が、大広間に響き渡る。
「張貴妃。そなたの妃としての位を、本日をもって剥奪する」
「あ…」
「張氏として実家に戻し、終身蟄居を命じる。二度と都の土を踏むことは許さぬ。また、そなたの実家、張将軍家も、監督不行き届きの罪により、爵位を一段階降格、領地の一部を召し上げるものとする」
それは、死罪よりも残酷な判決だった。プライドだけを支えに生きてきた彼女から、その全てを奪い去る宣告。張貴妃は「ひっ」と短い悲鳴を上げると、白目をむいてその場に気を失った。
続いて、実行犯たちへの裁きが下される。侍女の玉梅は「主犯を唆し、直接手を下した罪は重い」として、死罪を言い渡された。
最後に、震える小間使い、春蘭の番が来た時、皇帝はふと、私に視線を向けた。
「李雪蘭。この者を、そなたはどうすべきと考える」
試されている。私の度量を、器を。
私は立ち上がると、皇帝に深く一礼した。
「陛下。彼女は脅され、利用された、哀れな被害者の一人にございます。罪は罪として償うべきですが、どうか、やり直す機会をお与えください」
私の進言に、皇帝は満足げに頷いた。
「よかろう。春蘭、そなたは後宮から追放する。だが、情状を酌み、故郷へ帰ることを許す。これなる金子を、母親の薬代とするがよい」
春蘭は、信じられないという顔で私と皇帝を交互に見ると、何度も床に額をこすりつけ、感謝の涙にむせんだ。
その夜。嵐のような夜宴が終わった後、私は皇帝の書斎に呼び出された。
二人きりの静かな部屋で、叡明は昼間の冷徹な支配者の顔ではなく、一人の男としての穏やかな表情をしていた。
「今宵のそなたは、私が見てきたどの武人よりも、見事な戦いぶりであったな、雪蘭」
「もったいなきお言葉にございます」
「褒美を授ける。望みを申せ。貴妃の位か? それとも、望むだけの金銀か?」
彼の瞳が、私を試すようにきらめいた。
私は静かに首を横に振る。
「陛下。私が望むのは、地位でも財でもございません。私が望むのは、私の事業をさらに拡大するための場所と、そして、陛下のお許しにございます」
私の答えに、叡明は声を上げて笑った。
「やはりそなたは面白い。欲しがるものが、他の女たちとはまるで違う」
彼は立ち上がると、窓辺に立ち、月を見上げた。
「よかろう。後宮の北にある、今は使われていない織物工房があったな。明日より、そこをそなたの『玉肌香』の工房として与える。そこで行われる商いの一切は、この私が公式に認めるものとする」
それは、後宮の歴史を覆す、前代未聞の勅令だった。
妃が、後宮内で、公式に商業活動を行う許可。これ以上ない、最高の褒美だった。
数日後。私と林淑妃、そして趙秀英は、陽光がたっぷりと差し込む、広々とした工房の真ん中に立っていた。埃っぽくはあるが、ここが私たちの新しい城になるのだ。
「まさか、後宮で商会の切り盛りをする日が来るなんてね。人生とは、面白いものだわ」
林淑妃が、感慨深げに呟く。その横で、秀英が目を輝かせた。
「雪蘭様! 淑妃様! これからは、帝都の貴婦人たちを、私たちの化粧品で虜にしてさしあげましょう! 趙商会の販売網を使えば、帝国中に『玉肌香』の名を轟かせることも夢ではございませんわ!」
二人の頼もしいパートナーの言葉に、私は微笑んだ。
私の視線は、工房の大きな窓の向こう、後宮の甍のさらに先に広がる、帝都の街並みに向けられていた。
張貴妃との戦いは終わった。だが、それは序章に過ぎない。
「ええ。そうね」
私は、新たな挑戦への期待に胸を高鳴らせながら、言った。
「私たちの市場は、もうこの後宮の中だけではないのだから」
李雪蘭が帝都を、そして帝国全土の女性たちの美意識を根底から覆し、一代で巨大な商業帝国を築き上げるのは、また、次なる物語である。
「へ、陛下! わたくしは…わたくしは、ただ陛下をお慕いするあまり、嫉妬に目がくらんでしまったのでございます! あの女が、陛下の御心を奪うのが許せなかった…! これもすべて、陛下への愛ゆえの過ちなのでございます!」
見事なまでの、情に訴えかける芝居だった。だが、その言葉は、氷の玉座に座る皇帝の心には少しも響かなかった。
「愛、だと?」
叡明は、足元でみっともなく泣きじゃくる女を、虫けらでも見るような目で見下ろした。
「そなたの行いは、愛ではない。己の権勢欲を満たすための、ただの我欲だ。その浅ましい欲望のために、皇太后陛下の祝宴を穢し、無実の者を陥れようとした罪、万死に値する」
皇帝の静かな、しかし絶対的な怒気をはらんだ声が、大広間に響き渡る。
「張貴妃。そなたの妃としての位を、本日をもって剥奪する」
「あ…」
「張氏として実家に戻し、終身蟄居を命じる。二度と都の土を踏むことは許さぬ。また、そなたの実家、張将軍家も、監督不行き届きの罪により、爵位を一段階降格、領地の一部を召し上げるものとする」
それは、死罪よりも残酷な判決だった。プライドだけを支えに生きてきた彼女から、その全てを奪い去る宣告。張貴妃は「ひっ」と短い悲鳴を上げると、白目をむいてその場に気を失った。
続いて、実行犯たちへの裁きが下される。侍女の玉梅は「主犯を唆し、直接手を下した罪は重い」として、死罪を言い渡された。
最後に、震える小間使い、春蘭の番が来た時、皇帝はふと、私に視線を向けた。
「李雪蘭。この者を、そなたはどうすべきと考える」
試されている。私の度量を、器を。
私は立ち上がると、皇帝に深く一礼した。
「陛下。彼女は脅され、利用された、哀れな被害者の一人にございます。罪は罪として償うべきですが、どうか、やり直す機会をお与えください」
私の進言に、皇帝は満足げに頷いた。
「よかろう。春蘭、そなたは後宮から追放する。だが、情状を酌み、故郷へ帰ることを許す。これなる金子を、母親の薬代とするがよい」
春蘭は、信じられないという顔で私と皇帝を交互に見ると、何度も床に額をこすりつけ、感謝の涙にむせんだ。
その夜。嵐のような夜宴が終わった後、私は皇帝の書斎に呼び出された。
二人きりの静かな部屋で、叡明は昼間の冷徹な支配者の顔ではなく、一人の男としての穏やかな表情をしていた。
「今宵のそなたは、私が見てきたどの武人よりも、見事な戦いぶりであったな、雪蘭」
「もったいなきお言葉にございます」
「褒美を授ける。望みを申せ。貴妃の位か? それとも、望むだけの金銀か?」
彼の瞳が、私を試すようにきらめいた。
私は静かに首を横に振る。
「陛下。私が望むのは、地位でも財でもございません。私が望むのは、私の事業をさらに拡大するための場所と、そして、陛下のお許しにございます」
私の答えに、叡明は声を上げて笑った。
「やはりそなたは面白い。欲しがるものが、他の女たちとはまるで違う」
彼は立ち上がると、窓辺に立ち、月を見上げた。
「よかろう。後宮の北にある、今は使われていない織物工房があったな。明日より、そこをそなたの『玉肌香』の工房として与える。そこで行われる商いの一切は、この私が公式に認めるものとする」
それは、後宮の歴史を覆す、前代未聞の勅令だった。
妃が、後宮内で、公式に商業活動を行う許可。これ以上ない、最高の褒美だった。
数日後。私と林淑妃、そして趙秀英は、陽光がたっぷりと差し込む、広々とした工房の真ん中に立っていた。埃っぽくはあるが、ここが私たちの新しい城になるのだ。
「まさか、後宮で商会の切り盛りをする日が来るなんてね。人生とは、面白いものだわ」
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私は、新たな挑戦への期待に胸を高鳴らせながら、言った。
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