後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽

文字の大きさ
10 / 11

第十話:物は決して嘘をつかない

しおりを挟む
 皇帝の勅命一下、夜宴の雰囲気は一変した。華やかな宴の場は、さながら異様な公開実験室、そして裁きの法廷と化した。

 宦官たちが私の静蘭宮から運び込んだのは、見慣れない硝子の器や、乳鉢、薬研、そして名も知れぬ薬草の束。妃たちは「やはり妖術だわ」と囁き合い、恐れと好奇の入り混じった視線を私に注ぐ。

 まず、震える小間使いが皇帝の御前に引き出された。隣には、証拠品として麗嬪の化粧箱と、比較対象として林淑妃が提出した未開封の『玉肌香』の壺が置かれている。

 私はその小間使いの前に進み出た。彼女は私と視線が合うと、ビクリと体を震わせる。

「名を何と申す」
「…春蘭しゅんらんと、申します」
「春蘭。お前に問う。この白粉を私の宮で受け取り、麗嬪様の宮へ届けるまで、誰かに会ったか。あるいは、誰かに何かを命じられたか」

 私の問いは、静かで、穏やかですらあった。だが、春蘭は顔を真っ青にして首を横に振った。

「いえ…誰にも会っておりません! 私は、ただ、お預かりした品を届けただけで…!」

 張貴妃が、安堵と侮蔑の入り混じった笑みを浮かべるのが見えた。

 私は頷いた。

「そうか。お前の言葉は、分かった」

 そして、皇帝に向き直る。

「陛下。言葉は嘘をつきます。恐怖は、真実を容易く覆い隠してしまう。ですが、物は決して嘘をつきません」

 私は卓の上に並べられた道具の中から、数枚の薄い紙を取り出した。それは、紫色の露草の花弁の汁を染み込ませ、乾燥させたものだ。

「これは、私がと呼んでいるものです。この紙は、酸性の液体に触れると赤く、アルカリ性の液体に触れると青く、その色を変える性質がございます」

 妃たちが「まあ」と小さく息を呑む。

 私は続けた。

「麗嬪様の症状を引き起こした漆の毒は、強い酸性を示します。もし、白粉にその毒が混入していれば、この紙は必ずや赤く染まるでしょう」

 会場の誰もが、固唾をのんで私の一挙手一投足を見守っている。

 私はまず、比較対象である林淑妃の未開封の壺を開け、白粉を少量、水の入った器に溶かした。そして、紫色の紙をその液体に浸す。

 紙の色は、ほとんど変わらなかった。

「ご覧ください。私が製造したままの白粉は、このように中性。毒など含まれておりません」

 次に、私は衛兵に命じて、麗嬪の化粧箱にあった問題の壺を開けさせた。同じように白粉を水に溶かし、新しい紙を準備する。

 張貴妃の顔が、わずかに引きつった。

 私がその紙を液体に浸した、瞬間だった。

 紫色の紙は、皆の目の前で、まるで血に染まったかのように、鮮やかな赤色へと劇的に変化した。

「おお…!」
「色が変わった!」

 どよめきが、大広間を揺るがす。それはもはや、妖術などではない。誰の目にも明らかな、動かぬ証拠だった。

 私はその赤く染まった紙を高く掲げ、宣言した。

「ご覧ください、陛下! 麗嬪様の白粉にだけ、強い酸性の毒が混入していることは、火を見るより明らかです! そして、製造段階で混入したのでないことも、先程証明いたしました!」

 そして、私は震える小間使い、春蘭に向き直った。今度は、慈しむような、しかし心の芯を見透かすような目で、彼女に語りかける。

「春蘭。お前はただ利用されただけだ。この大罪を企てたのは、お前に毒を渡した者。お前を脅した者だ」

 私は、趙秀英から事前に得ていた情報を口にした。

「今、真実を話せば、陛下はきっとお前の境遇に情けをかけてくださるだろう。だが、嘘をつき通せば、お前一人が毒殺未遂の罪人となる。故郷で帰りを待つ、病のお母様は…それを知って、どう思われるだろうな」
「おかあ…さま…」

 その一言が、彼女の心の最後の壁を打ち砕いた。

 春蘭はわっと泣き崩れ、床に額をこすりつけた。

「私ではございません! 私ではございません! 張貴妃様お付きの玉梅ぎょくばい様に命じられたのです! 母の薬と銀子を渡され…断れば家族に累が及ぶと…!」

 すべてが、明らかになった。

 即座に張貴妃の侍女、玉梅が捕らえられ、彼女はあっさりと主の命令であったことを白状した。

 万雷のどよめきの中、すべての視線が、ただ一人、立ち尽くす張貴妃に集まった。

 完璧だった化粧は涙と汗で無残に崩れ、その顔からは血の気が失せている。彼女は、わなわなと震える唇で何かを言おうとするが、言葉にならない。

 その時、玉座から皇帝・叡明が静かに立ち上がった。

 コツ、コツ、と彼の靴音だけが大広間に響く。

 彼は、絶望の淵に立つ張貴妃の前に立つと、絶対零度の、静かな怒りを込めた声で、ただ一言、問いかけた。

「張貴妃。何か、言うことはあるか」

 その声は、彼女の栄華の終わりと、私の完全なる勝利を告げる、断罪の鐘の音だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる

あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。 魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。 しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

追放された令嬢、辺境の小国で自由に生きる

腐ったバナナ
ファンタジー
宮廷で「役立たず」と烙印を押され、突如として追放された令嬢リディア。 辺境の小国の荒れた城跡で、誰の干渉もない自由な生活を始める。 孤独で不安な日々から始まったが、村人や兵士たちとの触れ合いを通して信頼を築き、少しずつ自分の居場所を見つけていく。 やがて宮廷ではリディア不在の混乱が広がり、かつての元婚約者や取り巻き令嬢たちが焦る中、リディアは静かに、しかし確実に自身の価値と幸せを取り戻していく――。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。 同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。 16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。 そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。 カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。 死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。 エブリスタにも掲載しています。

処理中です...