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第十話:物は決して嘘をつかない
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皇帝の勅命一下、夜宴の雰囲気は一変した。華やかな宴の場は、さながら異様な公開実験室、そして裁きの法廷と化した。
宦官たちが私の静蘭宮から運び込んだのは、見慣れない硝子の器や、乳鉢、薬研、そして名も知れぬ薬草の束。妃たちは「やはり妖術だわ」と囁き合い、恐れと好奇の入り混じった視線を私に注ぐ。
まず、震える小間使いが皇帝の御前に引き出された。隣には、証拠品として麗嬪の化粧箱と、比較対象として林淑妃が提出した未開封の『玉肌香』の壺が置かれている。
私はその小間使いの前に進み出た。彼女は私と視線が合うと、ビクリと体を震わせる。
「名を何と申す」
「…春蘭と、申します」
「春蘭。お前に問う。この白粉を私の宮で受け取り、麗嬪様の宮へ届けるまで、誰かに会ったか。あるいは、誰かに何かを命じられたか」
私の問いは、静かで、穏やかですらあった。だが、春蘭は顔を真っ青にして首を横に振った。
「いえ…誰にも会っておりません! 私は、ただ、お預かりした品を届けただけで…!」
張貴妃が、安堵と侮蔑の入り混じった笑みを浮かべるのが見えた。
私は頷いた。
「そうか。お前の言葉は、分かった」
そして、皇帝に向き直る。
「陛下。言葉は嘘をつきます。恐怖は、真実を容易く覆い隠してしまう。ですが、物は決して嘘をつきません」
私は卓の上に並べられた道具の中から、数枚の薄い紙を取り出した。それは、紫色の露草の花弁の汁を染み込ませ、乾燥させたものだ。
「これは、私が真実を映す紙と呼んでいるものです。この紙は、酸性の液体に触れると赤く、アルカリ性の液体に触れると青く、その色を変える性質がございます」
妃たちが「まあ」と小さく息を呑む。
私は続けた。
「麗嬪様の症状を引き起こした漆の毒は、強い酸性を示します。もし、白粉にその毒が混入していれば、この紙は必ずや赤く染まるでしょう」
会場の誰もが、固唾をのんで私の一挙手一投足を見守っている。
私はまず、比較対象である林淑妃の未開封の壺を開け、白粉を少量、水の入った器に溶かした。そして、紫色の紙をその液体に浸す。
紙の色は、ほとんど変わらなかった。
「ご覧ください。私が製造したままの白粉は、このように中性。毒など含まれておりません」
次に、私は衛兵に命じて、麗嬪の化粧箱にあった問題の壺を開けさせた。同じように白粉を水に溶かし、新しい紙を準備する。
張貴妃の顔が、わずかに引きつった。
私がその紙を液体に浸した、瞬間だった。
紫色の紙は、皆の目の前で、まるで血に染まったかのように、鮮やかな赤色へと劇的に変化した。
「おお…!」
「色が変わった!」
どよめきが、大広間を揺るがす。それはもはや、妖術などではない。誰の目にも明らかな、動かぬ証拠だった。
私はその赤く染まった紙を高く掲げ、宣言した。
「ご覧ください、陛下! 麗嬪様の白粉にだけ、強い酸性の毒が混入していることは、火を見るより明らかです! そして、製造段階で混入したのでないことも、先程証明いたしました!」
そして、私は震える小間使い、春蘭に向き直った。今度は、慈しむような、しかし心の芯を見透かすような目で、彼女に語りかける。
「春蘭。お前はただ利用されただけだ。この大罪を企てたのは、お前に毒を渡した者。お前を脅した者だ」
私は、趙秀英から事前に得ていた情報を口にした。
「今、真実を話せば、陛下はきっとお前の境遇に情けをかけてくださるだろう。だが、嘘をつき通せば、お前一人が毒殺未遂の罪人となる。故郷で帰りを待つ、病のお母様は…それを知って、どう思われるだろうな」
「おかあ…さま…」
その一言が、彼女の心の最後の壁を打ち砕いた。
春蘭はわっと泣き崩れ、床に額をこすりつけた。
「私ではございません! 私ではございません! 張貴妃様お付きの玉梅様に命じられたのです! 母の薬と銀子を渡され…断れば家族に累が及ぶと…!」
すべてが、明らかになった。
即座に張貴妃の侍女、玉梅が捕らえられ、彼女はあっさりと主の命令であったことを白状した。
万雷のどよめきの中、すべての視線が、ただ一人、立ち尽くす張貴妃に集まった。
完璧だった化粧は涙と汗で無残に崩れ、その顔からは血の気が失せている。彼女は、わなわなと震える唇で何かを言おうとするが、言葉にならない。
その時、玉座から皇帝・叡明が静かに立ち上がった。
コツ、コツ、と彼の靴音だけが大広間に響く。
彼は、絶望の淵に立つ張貴妃の前に立つと、絶対零度の、静かな怒りを込めた声で、ただ一言、問いかけた。
「張貴妃。何か、言うことはあるか」
その声は、彼女の栄華の終わりと、私の完全なる勝利を告げる、断罪の鐘の音だった。
宦官たちが私の静蘭宮から運び込んだのは、見慣れない硝子の器や、乳鉢、薬研、そして名も知れぬ薬草の束。妃たちは「やはり妖術だわ」と囁き合い、恐れと好奇の入り混じった視線を私に注ぐ。
まず、震える小間使いが皇帝の御前に引き出された。隣には、証拠品として麗嬪の化粧箱と、比較対象として林淑妃が提出した未開封の『玉肌香』の壺が置かれている。
私はその小間使いの前に進み出た。彼女は私と視線が合うと、ビクリと体を震わせる。
「名を何と申す」
「…春蘭と、申します」
「春蘭。お前に問う。この白粉を私の宮で受け取り、麗嬪様の宮へ届けるまで、誰かに会ったか。あるいは、誰かに何かを命じられたか」
私の問いは、静かで、穏やかですらあった。だが、春蘭は顔を真っ青にして首を横に振った。
「いえ…誰にも会っておりません! 私は、ただ、お預かりした品を届けただけで…!」
張貴妃が、安堵と侮蔑の入り混じった笑みを浮かべるのが見えた。
私は頷いた。
「そうか。お前の言葉は、分かった」
そして、皇帝に向き直る。
「陛下。言葉は嘘をつきます。恐怖は、真実を容易く覆い隠してしまう。ですが、物は決して嘘をつきません」
私は卓の上に並べられた道具の中から、数枚の薄い紙を取り出した。それは、紫色の露草の花弁の汁を染み込ませ、乾燥させたものだ。
「これは、私が真実を映す紙と呼んでいるものです。この紙は、酸性の液体に触れると赤く、アルカリ性の液体に触れると青く、その色を変える性質がございます」
妃たちが「まあ」と小さく息を呑む。
私は続けた。
「麗嬪様の症状を引き起こした漆の毒は、強い酸性を示します。もし、白粉にその毒が混入していれば、この紙は必ずや赤く染まるでしょう」
会場の誰もが、固唾をのんで私の一挙手一投足を見守っている。
私はまず、比較対象である林淑妃の未開封の壺を開け、白粉を少量、水の入った器に溶かした。そして、紫色の紙をその液体に浸す。
紙の色は、ほとんど変わらなかった。
「ご覧ください。私が製造したままの白粉は、このように中性。毒など含まれておりません」
次に、私は衛兵に命じて、麗嬪の化粧箱にあった問題の壺を開けさせた。同じように白粉を水に溶かし、新しい紙を準備する。
張貴妃の顔が、わずかに引きつった。
私がその紙を液体に浸した、瞬間だった。
紫色の紙は、皆の目の前で、まるで血に染まったかのように、鮮やかな赤色へと劇的に変化した。
「おお…!」
「色が変わった!」
どよめきが、大広間を揺るがす。それはもはや、妖術などではない。誰の目にも明らかな、動かぬ証拠だった。
私はその赤く染まった紙を高く掲げ、宣言した。
「ご覧ください、陛下! 麗嬪様の白粉にだけ、強い酸性の毒が混入していることは、火を見るより明らかです! そして、製造段階で混入したのでないことも、先程証明いたしました!」
そして、私は震える小間使い、春蘭に向き直った。今度は、慈しむような、しかし心の芯を見透かすような目で、彼女に語りかける。
「春蘭。お前はただ利用されただけだ。この大罪を企てたのは、お前に毒を渡した者。お前を脅した者だ」
私は、趙秀英から事前に得ていた情報を口にした。
「今、真実を話せば、陛下はきっとお前の境遇に情けをかけてくださるだろう。だが、嘘をつき通せば、お前一人が毒殺未遂の罪人となる。故郷で帰りを待つ、病のお母様は…それを知って、どう思われるだろうな」
「おかあ…さま…」
その一言が、彼女の心の最後の壁を打ち砕いた。
春蘭はわっと泣き崩れ、床に額をこすりつけた。
「私ではございません! 私ではございません! 張貴妃様お付きの玉梅様に命じられたのです! 母の薬と銀子を渡され…断れば家族に累が及ぶと…!」
すべてが、明らかになった。
即座に張貴妃の侍女、玉梅が捕らえられ、彼女はあっさりと主の命令であったことを白状した。
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その時、玉座から皇帝・叡明が静かに立ち上がった。
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彼は、絶望の淵に立つ張貴妃の前に立つと、絶対零度の、静かな怒りを込めた声で、ただ一言、問いかけた。
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