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第九話:理による反証
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「──罠にございます」
私の静かな、しかし凛とした声が大広間に響き渡ると、一度は静まった場が再び騒然となった。
「往生際の悪い! この期に及んでまだ言い逃れを!」
張貴妃が甲高い声で私を罵る。だが、その声には先程までの絶対的な自信はなく、わずかな焦りが混じっていた。
私は彼女の罵声には答えず、ただまっすぐに皇帝を見据え、深く一礼した。
「陛下。弁明の機会を賜り、感謝申し上げます」
そして、苦しむ麗嬪に一度視線を送り、再び皇帝に向き直る。
「まず、麗嬪様の症状にございますが、拝見したところ、これは毒漆の木から採れる汁に触れた際の症状に酷似しております。肌に触れると、このように激しい炎症と腫れを引き起こす猛毒でございます」
私の口から専門的な毒物の名が出たことに、周囲がどよめいた。妖術や呪いといった曖昧なものではなく、具体的な毒の名を挙げたことで、場の空気がわずかに変わる。
私は畳み掛けた。視線を、心配そうに私を見守る林淑妃へと向ける。
「林淑妃様。恐れながらお尋ねいたします。本日、あなた様がお使いの白粉も、私の『玉肌香』でございますね?」
林淑妃は、この状況で私に加担することがどれほど危険かを承知の上で、毅然として答えた。
「いかにも。私の肌には、何一つ問題は起きておりませぬ」
その言葉を受け、私は皇帝に告げた。
「陛下。淑妃様がお使いの白粉と、麗嬪様の化粧箱にあった白粉は、七日前に同じ素材を使い、同じ釜で練り上げた、全く同一の品にございます。もし製造段階で毒が混入していたのであれば、淑妃様をはじめ、本日『玉肌香』をお使いの妃の皆様にも、等しく症状が現れているはずです」
これは、動かぬ事実。論理的な帰結だった。
張貴妃が血相を変えて反論する。
「……そ、それは、偶然、その壺だけに毒が入っていたのであろう!」
「では、その偶然は、いつ、どこで起こったのでしょう?」
私は彼女の苦し紛れの反論を、冷静な一言で切り捨てた。
「考えられる可能性はただ一つ。白粉が私の手元を離れ、麗嬪様のお手元に届けられるまでの、ごく短い時間の間に、何者かが意図的に毒を混入させたのです」
私の視線が、それとなく張貴妃を射抜く。彼女は一瞬たじろぎ、視線を逸らした。
場の空気は、完全に変わった。事件の構図が、「製造者である私の罪」から、「第三者による悪質な犯罪」へと塗り替えられた瞬間だった。
私のペースに傾き始めたのを見て取った皇帝が、面白そうに口を開いた。
「面白い。それで、そなたはそれを、どうやって証明するというのだ?」
全ての視線が、再び私に集まる。
私はその場で静かに膝をつき、皇帝に深くこうべを垂れた。
「陛下。真実を明らかにするため、どうか、三つのことをお許しください」
「申してみよ」
「一つ。麗嬪様の化粧箱に残った白粉を、証拠品として保全すること」
「一つ。本日、麗嬪様に白粉を届けた小間使いを、この場に呼び出し尋問にかけること」
ここまでは、誰もが予想する手順だった。だが、私の最後の願いは、皆の度肝を抜いた。
「そして、最後の一つ。私の宮、静蘭宮にございます研究道具一式を、この場に運び込むことをお許しください」
大広間が、困惑のざわめきに包まれる。「研究道具だと?」「妖しげな術でも使う気か」
私は動じなかった。顔を上げ、自信に満ちた声で、高らかに宣言する。
「妖術などという、不確かなものではございません。陛下。私がこれからお目にかけますのは、真実を浮かび上がらせる、ただの理にございます」
その瞳には、前世で白衣を着てフラスコを覗き込んでいた頃と同じ、真理を探求する者の強い光が宿っていた。
「私の無実と、そして、この卑劣な罠を仕掛けた真犯人の悪事を、皆様の目の前で、科学の力をもって明らかにしてご覧にいれます」
皇帝・叡明は、私の挑戦的な瞳を興味深そうに見つめ返すと、その口の端に満足げな笑みを浮かべた。
「許可する」
彼は、傍らの宦官に命じた。
「静蘭宮にあるもの、一つ残らず、すべてこの場へ運んでまいれ!」
その声は、私の逆転劇の幕開けを告げる、高らかなファンファーレのように響き渡った。
張貴妃の顔から、急速に血の気が引いていくのを、私は確かに見ていた。
私の静かな、しかし凛とした声が大広間に響き渡ると、一度は静まった場が再び騒然となった。
「往生際の悪い! この期に及んでまだ言い逃れを!」
張貴妃が甲高い声で私を罵る。だが、その声には先程までの絶対的な自信はなく、わずかな焦りが混じっていた。
私は彼女の罵声には答えず、ただまっすぐに皇帝を見据え、深く一礼した。
「陛下。弁明の機会を賜り、感謝申し上げます」
そして、苦しむ麗嬪に一度視線を送り、再び皇帝に向き直る。
「まず、麗嬪様の症状にございますが、拝見したところ、これは毒漆の木から採れる汁に触れた際の症状に酷似しております。肌に触れると、このように激しい炎症と腫れを引き起こす猛毒でございます」
私の口から専門的な毒物の名が出たことに、周囲がどよめいた。妖術や呪いといった曖昧なものではなく、具体的な毒の名を挙げたことで、場の空気がわずかに変わる。
私は畳み掛けた。視線を、心配そうに私を見守る林淑妃へと向ける。
「林淑妃様。恐れながらお尋ねいたします。本日、あなた様がお使いの白粉も、私の『玉肌香』でございますね?」
林淑妃は、この状況で私に加担することがどれほど危険かを承知の上で、毅然として答えた。
「いかにも。私の肌には、何一つ問題は起きておりませぬ」
その言葉を受け、私は皇帝に告げた。
「陛下。淑妃様がお使いの白粉と、麗嬪様の化粧箱にあった白粉は、七日前に同じ素材を使い、同じ釜で練り上げた、全く同一の品にございます。もし製造段階で毒が混入していたのであれば、淑妃様をはじめ、本日『玉肌香』をお使いの妃の皆様にも、等しく症状が現れているはずです」
これは、動かぬ事実。論理的な帰結だった。
張貴妃が血相を変えて反論する。
「……そ、それは、偶然、その壺だけに毒が入っていたのであろう!」
「では、その偶然は、いつ、どこで起こったのでしょう?」
私は彼女の苦し紛れの反論を、冷静な一言で切り捨てた。
「考えられる可能性はただ一つ。白粉が私の手元を離れ、麗嬪様のお手元に届けられるまでの、ごく短い時間の間に、何者かが意図的に毒を混入させたのです」
私の視線が、それとなく張貴妃を射抜く。彼女は一瞬たじろぎ、視線を逸らした。
場の空気は、完全に変わった。事件の構図が、「製造者である私の罪」から、「第三者による悪質な犯罪」へと塗り替えられた瞬間だった。
私のペースに傾き始めたのを見て取った皇帝が、面白そうに口を開いた。
「面白い。それで、そなたはそれを、どうやって証明するというのだ?」
全ての視線が、再び私に集まる。
私はその場で静かに膝をつき、皇帝に深くこうべを垂れた。
「陛下。真実を明らかにするため、どうか、三つのことをお許しください」
「申してみよ」
「一つ。麗嬪様の化粧箱に残った白粉を、証拠品として保全すること」
「一つ。本日、麗嬪様に白粉を届けた小間使いを、この場に呼び出し尋問にかけること」
ここまでは、誰もが予想する手順だった。だが、私の最後の願いは、皆の度肝を抜いた。
「そして、最後の一つ。私の宮、静蘭宮にございます研究道具一式を、この場に運び込むことをお許しください」
大広間が、困惑のざわめきに包まれる。「研究道具だと?」「妖しげな術でも使う気か」
私は動じなかった。顔を上げ、自信に満ちた声で、高らかに宣言する。
「妖術などという、不確かなものではございません。陛下。私がこれからお目にかけますのは、真実を浮かび上がらせる、ただの理にございます」
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皇帝・叡明は、私の挑戦的な瞳を興味深そうに見つめ返すと、その口の端に満足げな笑みを浮かべた。
「許可する」
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