婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽

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第二十五話:王都改造計画

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 リディアの宣言は、司令室を絶対的な沈黙で支配した。王都そのものを『罠』に変える。その発想は、彼らがこれまで信じてきた、全ての戦術理論を根底から覆すものだった。

「……正気か、貴様」

 一人の老将軍が、絞り出すように言った。

「市街地に敵を誘い込むなど、市民を危険に晒すだけの自殺行為だ!」
「ええ、あなたの常識では、そうでしょうね」

 リディアは、その反論を、虫けらでも見るかのように冷たくあしらった。

「ですが、わたくしの計算では、それが唯一、この国を救うための最適解です。あなた方は、これまで市民を守るという『感情』に縛られ、大局的な判断を誤り続けてきた。その結果が、この惨状です」

 彼女は、地図上の、決戦の地と定めた広場を指さす。

「この作戦の要は、『時間』と『地形』。敵の主力がこのキルゾーンに到達するまでの時間を、いかにして稼ぎ、そして、いかにして地形を我々に有利なように作り変えるか。それが全てですわ」

 リディアの瞳は、もはや目の前の将軍たちを見てはいなかった。彼女の頭脳の中では、既に、王都という巨大なチェス盤の上で、無数の駒が動き始めていた。

「これより、王都の全住民、全兵士に、三つの任務を与えます」

 彼女の声は、有無を言わさぬ、絶対的な指揮官のそれだった。

【任務1:市民の避難と、バリケードの建設】

「騎士団は、残存兵力を全て動員し、市街地の住民を、王城および地下水道へと避難させなさい。抵抗する者は、強制的にでも連行すること。空になった家屋は、全て、即席のバリケードへと作り変えます。家具、瓦礫、使えるものは全て使って、魔物の進軍ルートを、わたくしが指定した一本の道へと、強制的に絞り込むのです」

【任務2:宮廷魔術師団の再編成】

「宮廷魔術師団は、これより『工兵部隊』へと再編します。あなた方の仕事は、戦闘ではありません。決戦の地となる広場に、わたくしの設計通り、巨大な落とし穴と、複数の迎撃用櫓を、魔法を用いて急造することです。祈りのための魔力など、一滴も残す必要はありません。全てを、土木作業のために使い切りなさい」

 その命令に、宮廷魔術師団の長が、プライドを傷つけられたように反論する。

「我らは、神聖なる魔法の担い手! 土木作業など、我らの務めでは……!」
「黙りなさい」

 リディアの、氷のような一言が、魔術師の言葉を遮った。

「あなた方の祈りが、この国を救えなかったという事実は、既に出ております。それでもなお、プライドという非合理な感情にすがるのであれば、ここで魔物と共に死になさい。わたくしは止めませんわ」

 その言葉に、魔術師は顔を真っ青にして、震えながら引き下がった。

【任務3:レオンと辺境部隊の特殊任務】

 そして、リディアは、最も信頼するパートナーへと向き直った。

「レオン。あなたと、村の精鋭たちには、最も危険な任務をお願いします」
「……何でも言え」
「王都の地下を流れる、古い水道橋。その構造を、内部から破壊し、決戦の合図と共に、キルゾーン全体を水没させるための、最終兵器へと作り変えるのです。あなた方の精密な魔力制御だけが、それを可能にする」

 それは、王都のインフラそのものを、巨大な水爆弾へと変えるという、常軌を逸した作戦だった。

 司令室にいた誰もが、リディアの言葉に、畏怖と、そしてそれ以上の恐怖を感じていた。彼女がやろうとしていることは、もはや戦争ではない。都市そのものを、一つの巨大な数式として分解し、勝利という解を導き出すために、再構築する作業だった。

「……面白い」

 レオンが、不敵な笑みを浮かべた。

「あんたの頭の中は、一体どうなってやがるんだか。だが、最高に面白そうだ。任せろ、リディア。あんたの描いた最悪の設計図、俺たちが完璧に実現してやるさ」

 レオンの言葉が、膠着した司令室の空気を、わずかに動かした。

 国王が、震える声で、ただ一言、命じた。

「……総員、リディア最高指揮官の、命令に従え……!」

 その号令と共に、死に体だった王国が、一つの巨大な歯車として、再び動き始めた。

 世界の終わりまで、あと6日。

 追放された魔女が描く、狂気じみた王都改造計画が、今、その火蓋を切った。
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