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第二十四話:凱旋
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リディアの凱旋は、王都の誰もが想像していたものとは、全く異なっていた。
そこに、煌びやかな軍旗も、数千の兵士も存在しない。現れたのは、わずか数十名。リーダーであるリディアとレオンを筆頭に、全員が辺境の実戦で鍛え上げられた、無骨な革鎧を纏う精鋭部隊だった。彼らは、王都へと続く主要街道ではなく、リディアが算出した最短ルート――獣道や忘れられた古道――を寸分の無駄もなく踏破し、魔物の主力が展開する正面を避け、陥落寸前の西門から、まるで亡霊のように姿を現した。
彼らが足を踏み入れた王都は、もはや死に体だった。市街地のあちこちから黒煙が上がり、民衆の悲鳴と魔物の咆哮が、悪夢の協奏曲のように鳴り響いている。壁の上で戦う兵士たちの目には、絶望の色だけが浮かんでいた。
リディアは、その惨状を一瞥すると、何の感情も見せず、ただ一言、命じた。
「王城へ。急ぎます」
王城の作戦司令室は、敗戦の匂いで満ちていた。
国王、アークライト公爵、そして、憔悴しきった大臣や将軍たち。その末席で、エドワード王子とセシリアが、血の気の失せた顔で俯いている。彼らの前に広げられた巨大な戦術地図は、魔物の進軍を示す赤い印で、ほとんど埋め尽くされていた。
そこへ、リディア率いる辺境の部隊が、音もなく入室した。
その場の誰もが、息をのんだ。最後に見た時のか弱き令嬢の面影は、そこにはない。凍てつくような理性の光を宿す瞳で、戦場全体を支配する、絶対的な指揮官が立っていた。
「……リディア」
アークライト公爵が、絞り出すような声で娘の名を呼ぶ。リディアは、そんな父に一瞥もくれず、まっすぐに地図の前へと進み出た。
「状況報告を。要点だけで結構ですわ」
その、あまりに尊大な態度。エドワード王子が、屈辱に震える声で立ち上がった。
「き、貴様……! 追放された罪人の身で、その態度は何だ!」
だが、リディアは、そんな王子を、まるで道端の石ころでも見るかのような、無感情な目で見返した。
「元王子殿下。勅命により、この国の全権指揮権は、今、わたくしにあります。あなたの、感情的で、非生産的な発言は、作戦の遅延にしかなりません。黙して、そこに座っていらっしゃい」
その言葉は、刃物よりも冷たく、王子のプライドを、一片の情けもなく切り捨てた。王子は「ぐっ」と喉を詰まらせ、生まれて初めて受けた絶対的な侮蔑の前に、ただ顔を赤らめて座り込むことしかできなかった。聖女セシリアもまた、怯えたように顔を伏せ、その聖なる力など、この場では何の意味もなさないことを悟っていた。
リディアは、彼らを無視すると、地図を睨みつけ、即座に分析を開始した。
「……なるほど。ひどいものですわね。防衛ラインが、完全に機能不全に陥っている。敵の主力を正面から受け止め、ただ魔力を浪費しているだけ。愚の骨頂です」
彼女は、その場にいた将軍たちを、一人一人、冷徹な目で見渡した。
「これより、指揮系統を再編します。あなた方は、私の命令を、一言一句、違えることなく実行するだけの駒となりなさい。よろしいですわね?」
反論する者はいなかった。彼らは、自分たちの無力さを、骨の髄まで思い知らされていたからだ。
リディアは、地図の上に、数本の羽根ペンを、まるでダーツのように突き立てていく。その場所は、将軍たちが必死で守っていた防衛ラインとは、全く異なる場所だった。
「まず、北と東の防衛ラインを、即時、放棄します」
「なっ……!?」
将軍たちが、驚愕の声を上げる。そこは、最も激しく攻め立てられている場所だった。
「何を血迷ったことを! そこを放棄すれば、王城まで一気に……!」
「ええ。それでいいのです」
リディアは、冷ややかに言った。
「彼らを、あえて市街地の奥深くまで『招き入れる』のです。あなた方は、敵の力を分散させることしか考えていなかった。ですが、わたくしの戦術は逆。敵の力を、一点に『集中』させ、そこを叩く」
彼女が、地図上の一点を、指で力強く示した。そこは、王都の古い水道橋と、貴族街の入り組んだ路地が交差する、一つの広場だった。
「ここが、決戦の地ですわ。――これより、王都そのものを、巨大な『罠』へと作り変えます」
その常識を超えた作戦に、司令室にいた誰もが、言葉を失っていた。
世界の終わりまで、あと7日。
追放された魔女の、王国を賭けた、壮大な反攻作戦が、今、静かに幕を開けた。
そこに、煌びやかな軍旗も、数千の兵士も存在しない。現れたのは、わずか数十名。リーダーであるリディアとレオンを筆頭に、全員が辺境の実戦で鍛え上げられた、無骨な革鎧を纏う精鋭部隊だった。彼らは、王都へと続く主要街道ではなく、リディアが算出した最短ルート――獣道や忘れられた古道――を寸分の無駄もなく踏破し、魔物の主力が展開する正面を避け、陥落寸前の西門から、まるで亡霊のように姿を現した。
彼らが足を踏み入れた王都は、もはや死に体だった。市街地のあちこちから黒煙が上がり、民衆の悲鳴と魔物の咆哮が、悪夢の協奏曲のように鳴り響いている。壁の上で戦う兵士たちの目には、絶望の色だけが浮かんでいた。
リディアは、その惨状を一瞥すると、何の感情も見せず、ただ一言、命じた。
「王城へ。急ぎます」
王城の作戦司令室は、敗戦の匂いで満ちていた。
国王、アークライト公爵、そして、憔悴しきった大臣や将軍たち。その末席で、エドワード王子とセシリアが、血の気の失せた顔で俯いている。彼らの前に広げられた巨大な戦術地図は、魔物の進軍を示す赤い印で、ほとんど埋め尽くされていた。
そこへ、リディア率いる辺境の部隊が、音もなく入室した。
その場の誰もが、息をのんだ。最後に見た時のか弱き令嬢の面影は、そこにはない。凍てつくような理性の光を宿す瞳で、戦場全体を支配する、絶対的な指揮官が立っていた。
「……リディア」
アークライト公爵が、絞り出すような声で娘の名を呼ぶ。リディアは、そんな父に一瞥もくれず、まっすぐに地図の前へと進み出た。
「状況報告を。要点だけで結構ですわ」
その、あまりに尊大な態度。エドワード王子が、屈辱に震える声で立ち上がった。
「き、貴様……! 追放された罪人の身で、その態度は何だ!」
だが、リディアは、そんな王子を、まるで道端の石ころでも見るかのような、無感情な目で見返した。
「元王子殿下。勅命により、この国の全権指揮権は、今、わたくしにあります。あなたの、感情的で、非生産的な発言は、作戦の遅延にしかなりません。黙して、そこに座っていらっしゃい」
その言葉は、刃物よりも冷たく、王子のプライドを、一片の情けもなく切り捨てた。王子は「ぐっ」と喉を詰まらせ、生まれて初めて受けた絶対的な侮蔑の前に、ただ顔を赤らめて座り込むことしかできなかった。聖女セシリアもまた、怯えたように顔を伏せ、その聖なる力など、この場では何の意味もなさないことを悟っていた。
リディアは、彼らを無視すると、地図を睨みつけ、即座に分析を開始した。
「……なるほど。ひどいものですわね。防衛ラインが、完全に機能不全に陥っている。敵の主力を正面から受け止め、ただ魔力を浪費しているだけ。愚の骨頂です」
彼女は、その場にいた将軍たちを、一人一人、冷徹な目で見渡した。
「これより、指揮系統を再編します。あなた方は、私の命令を、一言一句、違えることなく実行するだけの駒となりなさい。よろしいですわね?」
反論する者はいなかった。彼らは、自分たちの無力さを、骨の髄まで思い知らされていたからだ。
リディアは、地図の上に、数本の羽根ペンを、まるでダーツのように突き立てていく。その場所は、将軍たちが必死で守っていた防衛ラインとは、全く異なる場所だった。
「まず、北と東の防衛ラインを、即時、放棄します」
「なっ……!?」
将軍たちが、驚愕の声を上げる。そこは、最も激しく攻め立てられている場所だった。
「何を血迷ったことを! そこを放棄すれば、王城まで一気に……!」
「ええ。それでいいのです」
リディアは、冷ややかに言った。
「彼らを、あえて市街地の奥深くまで『招き入れる』のです。あなた方は、敵の力を分散させることしか考えていなかった。ですが、わたくしの戦術は逆。敵の力を、一点に『集中』させ、そこを叩く」
彼女が、地図上の一点を、指で力強く示した。そこは、王都の古い水道橋と、貴族街の入り組んだ路地が交差する、一つの広場だった。
「ここが、決戦の地ですわ。――これより、王都そのものを、巨大な『罠』へと作り変えます」
その常識を超えた作戦に、司令室にいた誰もが、言葉を失っていた。
世界の終わりまで、あと7日。
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