婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽

文字の大きさ
25 / 28

第二十五話:王都改造計画

しおりを挟む
 リディアの宣言は、司令室を絶対的な沈黙で支配した。王都そのものを『罠』に変える。その発想は、彼らがこれまで信じてきた、全ての戦術理論を根底から覆すものだった。

「……正気か、貴様」

 一人の老将軍が、絞り出すように言った。

「市街地に敵を誘い込むなど、市民を危険に晒すだけの自殺行為だ!」
「ええ、あなたの常識では、そうでしょうね」

 リディアは、その反論を、虫けらでも見るかのように冷たくあしらった。

「ですが、わたくしの計算では、それが唯一、この国を救うための最適解です。あなた方は、これまで市民を守るという『感情』に縛られ、大局的な判断を誤り続けてきた。その結果が、この惨状です」

 彼女は、地図上の、決戦の地と定めた広場を指さす。

「この作戦の要は、『時間』と『地形』。敵の主力がこのキルゾーンに到達するまでの時間を、いかにして稼ぎ、そして、いかにして地形を我々に有利なように作り変えるか。それが全てですわ」

 リディアの瞳は、もはや目の前の将軍たちを見てはいなかった。彼女の頭脳の中では、既に、王都という巨大なチェス盤の上で、無数の駒が動き始めていた。

「これより、王都の全住民、全兵士に、三つの任務を与えます」

 彼女の声は、有無を言わさぬ、絶対的な指揮官のそれだった。

【任務1:市民の避難と、バリケードの建設】

「騎士団は、残存兵力を全て動員し、市街地の住民を、王城および地下水道へと避難させなさい。抵抗する者は、強制的にでも連行すること。空になった家屋は、全て、即席のバリケードへと作り変えます。家具、瓦礫、使えるものは全て使って、魔物の進軍ルートを、わたくしが指定した一本の道へと、強制的に絞り込むのです」

【任務2:宮廷魔術師団の再編成】

「宮廷魔術師団は、これより『工兵部隊』へと再編します。あなた方の仕事は、戦闘ではありません。決戦の地となる広場に、わたくしの設計通り、巨大な落とし穴と、複数の迎撃用櫓を、魔法を用いて急造することです。祈りのための魔力など、一滴も残す必要はありません。全てを、土木作業のために使い切りなさい」

 その命令に、宮廷魔術師団の長が、プライドを傷つけられたように反論する。

「我らは、神聖なる魔法の担い手! 土木作業など、我らの務めでは……!」
「黙りなさい」

 リディアの、氷のような一言が、魔術師の言葉を遮った。

「あなた方の祈りが、この国を救えなかったという事実は、既に出ております。それでもなお、プライドという非合理な感情にすがるのであれば、ここで魔物と共に死になさい。わたくしは止めませんわ」

 その言葉に、魔術師は顔を真っ青にして、震えながら引き下がった。

【任務3:レオンと辺境部隊の特殊任務】

 そして、リディアは、最も信頼するパートナーへと向き直った。

「レオン。あなたと、村の精鋭たちには、最も危険な任務をお願いします」
「……何でも言え」
「王都の地下を流れる、古い水道橋。その構造を、内部から破壊し、決戦の合図と共に、キルゾーン全体を水没させるための、最終兵器へと作り変えるのです。あなた方の精密な魔力制御だけが、それを可能にする」

 それは、王都のインフラそのものを、巨大な水爆弾へと変えるという、常軌を逸した作戦だった。

 司令室にいた誰もが、リディアの言葉に、畏怖と、そしてそれ以上の恐怖を感じていた。彼女がやろうとしていることは、もはや戦争ではない。都市そのものを、一つの巨大な数式として分解し、勝利という解を導き出すために、再構築する作業だった。

「……面白い」

 レオンが、不敵な笑みを浮かべた。

「あんたの頭の中は、一体どうなってやがるんだか。だが、最高に面白そうだ。任せろ、リディア。あんたの描いた最悪の設計図、俺たちが完璧に実現してやるさ」

 レオンの言葉が、膠着した司令室の空気を、わずかに動かした。

 国王が、震える声で、ただ一言、命じた。

「……総員、リディア最高指揮官の、命令に従え……!」

 その号令と共に、死に体だった王国が、一つの巨大な歯車として、再び動き始めた。

 世界の終わりまで、あと6日。

 追放された魔女が描く、狂気じみた王都改造計画が、今、その火蓋を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...