「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽

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第3話 「仕事量が少なすぎます」と不満を言ったら、なぜか女神として崇められました

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 ガルガディア帝国への道中、私は馬車の中で泥のように眠ってしまったらしい。
 目が覚めた時には、すでに帝都の城門をくぐり、皇城の執務室のソファに運ばれていた。

「気がついたか、アリア。長旅で疲れただろう」

 クライド様が温かい紅茶を差し出してくれた。
 周囲を見渡すと、そこは洗練された、しかし書類の山に埋もれた執務室だった。
 部屋の隅では、数人の文官たちが青い顔をして走り回っている。

「……クライド様。あちらの方々は?」
「ああ、私の側近たちだ。今、帝国は急激な領土拡大で事務処理が追いついていなくてな。猫の手も借りたい状況だ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の背筋が伸びた。
 眼鏡の位置を正し、私は立ち上がる。

「でしたら、私がやります」
「え?」
「『無職』のままタダ飯を食らうわけにはいきません。それに、私は仕事をしていないと落ち着かないのです。……その山積みになっている書類、すべて予算案ですね?」

 私は文官たちのデスクへと歩み寄った。
 文官長らしき初老の男性が、困惑した顔で私を見る。

「こ、これは皇太子殿下の客人。お気遣いなく。これは我々精鋭が三日徹夜しても終わらない量でして、貴女のような深窓の令嬢に分かるようなものでは……」
「三日? ……この程度の量で、ですか?」

 私は首を傾げた。
 実家で私が押し付けられていた仕事量に比べれば、これは朝飯前の運動レベルだ。
 私は一番上にあった『北部要塞・兵站へいたん予算書』を手に取り、パラパラとページをめくった。

「……ここ、計算が間違っています。輸送コストの係数が昨年度のままです。これでは二割の赤字が出ます」
「は!? ば、馬鹿な! 検算は三回しましたぞ!?」
「いいえ、間違っています。さらに言えば、こちらの『魔石調達ルート』も非効率的です。東部の鉱山を経由せず、直接南部の商会と契約すれば、コストを15%削減しつつ納期を三日短縮できます」

 私は羽ペンを奪い取り、猛烈な勢いで赤入れを始めた。
 書き込みながら、次の書類を左手でめくる。

「次。城壁改修の稟議書。却下です。資材の選定が古すぎます。最新の硬化魔法セメントを使えば、予算は半額で済みます。……次。あ、これは単純な誤字ですね。書き直す時間が無駄なので修正魔法をかけます。リライト」

 サラサラサラサラッ!!

 静まり返った執務室に、私のペンが走る音だけが響く。
 一種のトランス状態だ。
 誰にも邪魔されず、正当な権限を持って仕事を処理できる。これこそが私の求めていた快感!

「……よし、終わりました」

 ペンを置いたのは、四十五分後だった。
 山のように積まれていた未決裁箱は空になり、代わりに『承認済み』と『要再提出』の山が整然と並んでいた。

「あ、ありえない……」

 文官長が、震える手で書類を手に取った。
 そして、中身を確認し――膝から崩れ落ちた。

「完璧だ……。計算の狂いはおろか、我々が見落としていた法的リスクまで網羅されている……。しかも、代替案のほうが遥かに利益が出る……!」

 文官たちが、まるで奇跡を見たかのような目で私を見つめてくる。
 その視線が、次第に熱を帯びていく。

「す、すごい……」
「我々が三日かかると見積もった仕事を、一時間足らずで!?」
「女神だ……。事務処理の女神が降臨されたぞ!!」

 おおおっ! と執務室が歓声に包まれた。
 拝まれた。なぜか拝まれている。

「ど、どうしたのですか皆様。これくらい、普通のことでは……」
「普通ではない」

 背後から、温かい腕が私を包み込んだ。
 クライド様が、満足げな笑みを浮かべて私を抱きしめていた。

「言っただろう? 私のアリアは優秀なのだ。……おい、お前たち。私の婚約者の実力、分かったか?」
「は、はいっ! 疑って申し訳ございませんでした!」
「一生ついていきます、アリア様ーッ!!」

 文官たちが涙ながらに叫ぶ。
 かつて実家では「可愛げがない」「女がでしゃばるな」と罵倒された能力が、ここでは英雄のように称えられている。
 胸の奥がじんわりと熱くなった。

「よくやったな、アリア。だが……」
「はい?」
「働きすぎだ。四十五分も私の相手をせずに書類と向き合うとは、嫉妬してしまうな」

 クライド様は私の耳元で囁くと、ふわりと私を横抱きにした。
 女性の文官たちから「きゃー!」と悲鳴が上がる。

「く、クライド様!? まだ仕事が……」
「もう終わりだ。あとは彼らがやる。……さあ、ここからは私の時間だ。最高級のスイーツと、ふかふかのベッドを用意させてある。私の腕の中で、たっぷりと労わせてもらおうか」

 抵抗する間もなく、私は執務室から連れ出された。
 すれ違う文官たちが、全員敬礼で見送ってくれる。
 どうやら私は、この国で無事に(?)受け入れられたようだった。

 ――その頃。

 私のいなくなった実家では、最初の『破綻』が始まろうとしていることも知らずに。
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