12 / 27
12
しおりを挟む
王城の裏手にある厩舎は、朝から賑やかだった。騎士たちが忙しなく動き、馬のいななきが空気を震わせている。
『マナカ、遠乗りに行かない?』
殿下にそう誘われたのは3日前の夜のこと。殿下に好きな人がいると告白をされたあの夜だ。
気まずさを紛らわすためかも知れないけれど、殿下に夜以外のお誘いを受けたのは初めてだった。
というか、昼間も会って良かったんだな。そりゃそうか。
積雪は続いているものの麗らかな晴天。
絶好の遠乗り日和であるけど、私は少しだけ浮かない気持ちで。
異世界に来てからというもの、いや、今世において私は馬に乗った経験が無い。
だってランバルドでは基本的に、王宮の敷地内で政務となむなむ聖女業務の行ったり来たりが基本で、遠方へ出かけたことなんてなかったから。移動は基本馬車だったし、直接馬の背に乗ったことがない。
乗馬なんてアクティブな嗜み、強要されねば経験することなどない。
「訓練の時間を取れればよかったんだけどな。……俺が支えるから」
当然のように同行するカインに言われるものの、私は及び腰になるのを隠すことができない。
支える、なんて軽く言うけれど。落ちたら死ぬんじゃなかろうか。この高さ。
「あの、今回は私以外の皆さんでどうぞ」
「いやお前が行かなくてどうする」
ぴしゃりとした口調に、反論の余地なし。そりゃそうだ。私の悪あがきも虚しく終わり、仕方なく手を取られ、鞍の上へ引き上げられた。
ぐらりと体が傾いだ瞬間、腰に回った彼の手が支える。
「……っ」
「しっかり掴まっていていろ」
耳元で震えたカインの声に、不覚にも心臓が跳ねたのを無視して、私はしっかりと目の前の馬具を握りしめる。
「マナカ様~ファイトです」
「ミーニャ~」
カインと同じく同行してくれたミーニャの声援に、私は情けない声をあげてしまう。
ミーニャも生家は男爵家の令嬢であるのに、乗馬の嗜みもあって立派だなぁ。
キルベルト殿下は白馬にまたがり、柔らかな笑みを浮かべていた。ザ・白馬のプリンスである。そして彼の後ろに私とカイン。その後ろにミーニャ。列の最後には数人の護衛が続く。
「それじゃあ、行こうか」
殿下の声で、馬たちが一斉に動き出す。朝の光が木々の隙間からこぼれ、雪原をきらきらと照らし出す。
……正直、とっても楽しかった。
最初は怖くて仕方なかったけど、風に頬を撫でられているうちに、心が少し軽くなっていくのがわかった。
「楽しそうだな」
後ろから声がして、振り向くとカインが微笑んでいた。
「まあ、これくらいならなんとか」
「無理をしていないなら良かったよ」
「してないよ。カインはいつも私のことばかりだなぁ」
「お前の一の護衛だからな。気にもするよ」
当然のように言われ、くすぐったくなった私は、視線を正面に戻した。
キルベルト殿下は振り返り、私たちに穏やかな視線を向けた。
「マナカ、調子はどう?」
「はい。何とか、落ちずに……」
「はは、無理しないでね。もう少ししたら休憩にしよう」
優しい声。その響きに、胸の奥が少し痛む。あの人は、誰にでもああなんだろうか。
考え掛けたとき、不意に風が変わり、雪が降ってきた。森の入り口に差し掛かり、太陽の光が木々に遮られる。
「この辺りは道が入り組んでいます。殿下、少しお気を付けください」
「ああ、問題ないよ。カイン、君はマナカを頼む」
そう言い残すと、殿下と数人の護衛は先に進んだ。馬の足音が遠ざかり、森の奥へと消えていく。
「わっ!?」
「……っ」
雪が強くなり、視界が悪くなってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけど、こんなにすぐ変わるものなのか。
カインが慌てて手綱を引き、馬を止める。
突如森の中には静寂が流れた。鳥の声も聞こえず、空気が冷たい。
振り返ると、ミーニャや、護衛の兵士も見当たらない。
吹き荒び始める、白雪たちが視界を横切っているのみだった。
「……殿下たちは……」
「……逸れたようだな」
遠くで、風がざわめいた。森の中に残されたのは、私とカインの二人だけだった。
* * *
日が沈むにつれ、吹雪は強まり、森の影が濃くなっていった。どれだけ進んでも、見慣れた道に戻れない。冷たく鋭い風が頬を掠め、馬の吐く息が白く揺れる。
「……完全に迷った、ね」
「……悪い。俺の判断が遅れた」
カインの声はいつも通り落ち着いているけど、その瞳の奥には僅かに焦りが見えた。こんな彼、初めて見る。
「謝らないでよ。私だって道なんてわからなかったし」
私がそう言うと、彼は一瞬だけ目を伏せて、小さく頷いた。
やがて、幸いなことに小さな洞が見つかった。岩肌の奥に、風の入り込まない場所がある。馬を連れ、二人で中に入る。
馬を適当な岩へ繋ぐと、カインが火打ち石を擦って火を起こし始めた。暗闇の中に、ぽっと小さな火が灯る。炎が揺れ、橙色の光が彼の横顔を照らした。
「……よく、こんなにすぐ火を起こせるね」
「訓練で慣れてるんだよ。お前の護衛になる前は、野営の任務も多かったから」
「さすが、頼りになる護衛は違うや」
「……お前を危険に晒した時点で、頼りには程遠いけどな」
自嘲のように言って、火の向こうで視線を逸らす。その姿が、なんだか寂しそうに見えた。
「ねぇ、カイン」
「なんだ」
「なんでも自分のせいにしすぎ」
一瞬、彼の瞳が揺れた。
「だいたい真面目すぎるんだよ、いつも。こう言う時こそ、私に小言言ったら? 『お前には注意力が足りない。どうせ誰かが目的地へ連れて行ってくれると思って、ぼーっとしてたんだろ』とかなんとか」
「お前の中の俺ってそんなに感じが悪いのか……」
「最初期の頃はね」
「……」
バツが悪そうに視線をそらと、真面目そうな表情で今度は俯いた。
「そうしなければ、守れないものだってあったんだ」
「……伯爵家のこと?」
燃え盛った枝がぱちりと弾ける。その音に紛れるように、彼は視線を伏せた。
気になってはいたのだ。
以前ナターシャ嬢が言っていた、カインの生家の話。確かお兄さんと血縁関係が無いとか。
その時話していたカインの様子が、なんだか仄暗い気がして。
「私、今まで自分のことばかりで、カインのこと知ろうとして来なかったよね。それに少しばかり反省しておりまして……」
「ほう」
「カインのこと、嫌じゃなかかったら聞かせて欲しい。知りたいの」
隣に座るカインを見上げると、彼はぐっと何かを堪えるような表情になった。しばらく思案した表情を見せると、やがて話し始めた。
「俺、捨て子なんだよ」
「へ」
「幼い頃、今の家に引き取られたんだ。だから、父上とも血縁関係は無い」
なんと返せば良いのか分からず、とりあえず彼の次の言葉を待つ。
「とにかくレイフィールド家の恥にならないよう、努力したよ。教養も、勉学も、剣術も、血縁関係が無いからこそ、成果を出して家族に認められようと必死だった」
「そうだったんだ……」
「それで、どうなったと思う?」
カインに横目で見下ろされ、私はごくりと唾を飲み込む。
「成果を出せば出すほど、父上には褒められた。努力が報われたようで嬉しかったよ。だが、兄からは反比例するように、冷たく当たられるようになった。兄よりも、領主としての才能があったんだ、俺は」
カインの言葉に、胸の奥がざわついた。
「次期領主としての座を明け渡したくなかった兄は、父上に頼んで、俺を王宮騎士団へ入れた。騎士になった以上は王宮務めとなり、領地での政とは疎遠となるからな。幸にも不幸にも、剣の腕にも長けていた俺は、難なく王宮騎士団へ入団することができたよ。
俺は、努力することでしか居場所を保てなかった。俺を迎え入れてくれた父上には感謝しているよ。だから、父上の跡を継いで、政務にも携わりたいと思っていた。……今となっては、騎士になったのも悪くなかったと思うけどな」
何故か頭を撫でられ、私は首を傾げる。
けれど、カインの怠惰な私に対する、これまでの辛辣な態度の理由が分かった気がした。
自分の居場所を守るために努力を続けてきたカインにとって、居場所が用意され、努力する意志の感じられなかった私が目障りだったのだ。
「……あのね、私にも妹がいるの」
「俺も詳しく聞いたことがなかったな」
「うん。話したくなかったからね。なんでもできて、可愛くて。みんな彼女のことを好きになった。だから私、自分のことを“足りない”って思ってた。何をしても、彼女には敵わないって」
カインがこちらを見た。炎がその瞳に映り込み、ゆらゆらと揺れている。
「それで、どうしたんだ」
「……何もしなかった。だって、頑張っても無駄だと思ったから。手に入らないものは、最初から見ないって決めてた」
火の粉が舞い上がり、洞の天井に消えていく。その瞬間、カインが少しだけ近づいた。
「でも、今は違うんじゃないか」
「……さぁ、どうだろう」
答えを濁したけど、自分の胸の奥では、何かが小さく動いていた。
「お前はとんだ怠け者だと思っていたが」
「ひどい言いよう」
「でも……もしかしたら、諦め方が上手いだけなのかもしれないな。俺も諦めが良かったら、もう少し楽な人生だったのかもな」
不器用に笑うその顔が、いつもより柔らかい。思わず、その顔に見入ってしまう。
ついでになんだか鼻の辺りがこそばゆい。
「はっっっくしゅん!」
「あ、気付かなくて悪い。寒いよな」
外は吹雪。ここは洞の中。ついでに雪で服も湿っている。
自覚したら全身ブルブルと震えが止まらなくなってきた。
幸いにもここは寒冷地。馬に積んでいた、遠乗りの目的地で広げるために持っていた防水性の布と、小さめの毛布などの防寒具があったので、それを慌てて下ろす。
「よし。これに包まれば、多少マシになるだろ」
「でもさ、カイン。私たちの服濡れてるよ?」
「あ、ああ」
「このまま着てたら凍死したりしないかな……」
「いや、流石にそれは……」
ピュウウウウと、遠くにある洞の出口の方から吹雪の音が聞こえる。
カインは閉口した。
「服、脱いだほうがいいんじゃない?」
『マナカ、遠乗りに行かない?』
殿下にそう誘われたのは3日前の夜のこと。殿下に好きな人がいると告白をされたあの夜だ。
気まずさを紛らわすためかも知れないけれど、殿下に夜以外のお誘いを受けたのは初めてだった。
というか、昼間も会って良かったんだな。そりゃそうか。
積雪は続いているものの麗らかな晴天。
絶好の遠乗り日和であるけど、私は少しだけ浮かない気持ちで。
異世界に来てからというもの、いや、今世において私は馬に乗った経験が無い。
だってランバルドでは基本的に、王宮の敷地内で政務となむなむ聖女業務の行ったり来たりが基本で、遠方へ出かけたことなんてなかったから。移動は基本馬車だったし、直接馬の背に乗ったことがない。
乗馬なんてアクティブな嗜み、強要されねば経験することなどない。
「訓練の時間を取れればよかったんだけどな。……俺が支えるから」
当然のように同行するカインに言われるものの、私は及び腰になるのを隠すことができない。
支える、なんて軽く言うけれど。落ちたら死ぬんじゃなかろうか。この高さ。
「あの、今回は私以外の皆さんでどうぞ」
「いやお前が行かなくてどうする」
ぴしゃりとした口調に、反論の余地なし。そりゃそうだ。私の悪あがきも虚しく終わり、仕方なく手を取られ、鞍の上へ引き上げられた。
ぐらりと体が傾いだ瞬間、腰に回った彼の手が支える。
「……っ」
「しっかり掴まっていていろ」
耳元で震えたカインの声に、不覚にも心臓が跳ねたのを無視して、私はしっかりと目の前の馬具を握りしめる。
「マナカ様~ファイトです」
「ミーニャ~」
カインと同じく同行してくれたミーニャの声援に、私は情けない声をあげてしまう。
ミーニャも生家は男爵家の令嬢であるのに、乗馬の嗜みもあって立派だなぁ。
キルベルト殿下は白馬にまたがり、柔らかな笑みを浮かべていた。ザ・白馬のプリンスである。そして彼の後ろに私とカイン。その後ろにミーニャ。列の最後には数人の護衛が続く。
「それじゃあ、行こうか」
殿下の声で、馬たちが一斉に動き出す。朝の光が木々の隙間からこぼれ、雪原をきらきらと照らし出す。
……正直、とっても楽しかった。
最初は怖くて仕方なかったけど、風に頬を撫でられているうちに、心が少し軽くなっていくのがわかった。
「楽しそうだな」
後ろから声がして、振り向くとカインが微笑んでいた。
「まあ、これくらいならなんとか」
「無理をしていないなら良かったよ」
「してないよ。カインはいつも私のことばかりだなぁ」
「お前の一の護衛だからな。気にもするよ」
当然のように言われ、くすぐったくなった私は、視線を正面に戻した。
キルベルト殿下は振り返り、私たちに穏やかな視線を向けた。
「マナカ、調子はどう?」
「はい。何とか、落ちずに……」
「はは、無理しないでね。もう少ししたら休憩にしよう」
優しい声。その響きに、胸の奥が少し痛む。あの人は、誰にでもああなんだろうか。
考え掛けたとき、不意に風が変わり、雪が降ってきた。森の入り口に差し掛かり、太陽の光が木々に遮られる。
「この辺りは道が入り組んでいます。殿下、少しお気を付けください」
「ああ、問題ないよ。カイン、君はマナカを頼む」
そう言い残すと、殿下と数人の護衛は先に進んだ。馬の足音が遠ざかり、森の奥へと消えていく。
「わっ!?」
「……っ」
雪が強くなり、視界が悪くなってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけど、こんなにすぐ変わるものなのか。
カインが慌てて手綱を引き、馬を止める。
突如森の中には静寂が流れた。鳥の声も聞こえず、空気が冷たい。
振り返ると、ミーニャや、護衛の兵士も見当たらない。
吹き荒び始める、白雪たちが視界を横切っているのみだった。
「……殿下たちは……」
「……逸れたようだな」
遠くで、風がざわめいた。森の中に残されたのは、私とカインの二人だけだった。
* * *
日が沈むにつれ、吹雪は強まり、森の影が濃くなっていった。どれだけ進んでも、見慣れた道に戻れない。冷たく鋭い風が頬を掠め、馬の吐く息が白く揺れる。
「……完全に迷った、ね」
「……悪い。俺の判断が遅れた」
カインの声はいつも通り落ち着いているけど、その瞳の奥には僅かに焦りが見えた。こんな彼、初めて見る。
「謝らないでよ。私だって道なんてわからなかったし」
私がそう言うと、彼は一瞬だけ目を伏せて、小さく頷いた。
やがて、幸いなことに小さな洞が見つかった。岩肌の奥に、風の入り込まない場所がある。馬を連れ、二人で中に入る。
馬を適当な岩へ繋ぐと、カインが火打ち石を擦って火を起こし始めた。暗闇の中に、ぽっと小さな火が灯る。炎が揺れ、橙色の光が彼の横顔を照らした。
「……よく、こんなにすぐ火を起こせるね」
「訓練で慣れてるんだよ。お前の護衛になる前は、野営の任務も多かったから」
「さすが、頼りになる護衛は違うや」
「……お前を危険に晒した時点で、頼りには程遠いけどな」
自嘲のように言って、火の向こうで視線を逸らす。その姿が、なんだか寂しそうに見えた。
「ねぇ、カイン」
「なんだ」
「なんでも自分のせいにしすぎ」
一瞬、彼の瞳が揺れた。
「だいたい真面目すぎるんだよ、いつも。こう言う時こそ、私に小言言ったら? 『お前には注意力が足りない。どうせ誰かが目的地へ連れて行ってくれると思って、ぼーっとしてたんだろ』とかなんとか」
「お前の中の俺ってそんなに感じが悪いのか……」
「最初期の頃はね」
「……」
バツが悪そうに視線をそらと、真面目そうな表情で今度は俯いた。
「そうしなければ、守れないものだってあったんだ」
「……伯爵家のこと?」
燃え盛った枝がぱちりと弾ける。その音に紛れるように、彼は視線を伏せた。
気になってはいたのだ。
以前ナターシャ嬢が言っていた、カインの生家の話。確かお兄さんと血縁関係が無いとか。
その時話していたカインの様子が、なんだか仄暗い気がして。
「私、今まで自分のことばかりで、カインのこと知ろうとして来なかったよね。それに少しばかり反省しておりまして……」
「ほう」
「カインのこと、嫌じゃなかかったら聞かせて欲しい。知りたいの」
隣に座るカインを見上げると、彼はぐっと何かを堪えるような表情になった。しばらく思案した表情を見せると、やがて話し始めた。
「俺、捨て子なんだよ」
「へ」
「幼い頃、今の家に引き取られたんだ。だから、父上とも血縁関係は無い」
なんと返せば良いのか分からず、とりあえず彼の次の言葉を待つ。
「とにかくレイフィールド家の恥にならないよう、努力したよ。教養も、勉学も、剣術も、血縁関係が無いからこそ、成果を出して家族に認められようと必死だった」
「そうだったんだ……」
「それで、どうなったと思う?」
カインに横目で見下ろされ、私はごくりと唾を飲み込む。
「成果を出せば出すほど、父上には褒められた。努力が報われたようで嬉しかったよ。だが、兄からは反比例するように、冷たく当たられるようになった。兄よりも、領主としての才能があったんだ、俺は」
カインの言葉に、胸の奥がざわついた。
「次期領主としての座を明け渡したくなかった兄は、父上に頼んで、俺を王宮騎士団へ入れた。騎士になった以上は王宮務めとなり、領地での政とは疎遠となるからな。幸にも不幸にも、剣の腕にも長けていた俺は、難なく王宮騎士団へ入団することができたよ。
俺は、努力することでしか居場所を保てなかった。俺を迎え入れてくれた父上には感謝しているよ。だから、父上の跡を継いで、政務にも携わりたいと思っていた。……今となっては、騎士になったのも悪くなかったと思うけどな」
何故か頭を撫でられ、私は首を傾げる。
けれど、カインの怠惰な私に対する、これまでの辛辣な態度の理由が分かった気がした。
自分の居場所を守るために努力を続けてきたカインにとって、居場所が用意され、努力する意志の感じられなかった私が目障りだったのだ。
「……あのね、私にも妹がいるの」
「俺も詳しく聞いたことがなかったな」
「うん。話したくなかったからね。なんでもできて、可愛くて。みんな彼女のことを好きになった。だから私、自分のことを“足りない”って思ってた。何をしても、彼女には敵わないって」
カインがこちらを見た。炎がその瞳に映り込み、ゆらゆらと揺れている。
「それで、どうしたんだ」
「……何もしなかった。だって、頑張っても無駄だと思ったから。手に入らないものは、最初から見ないって決めてた」
火の粉が舞い上がり、洞の天井に消えていく。その瞬間、カインが少しだけ近づいた。
「でも、今は違うんじゃないか」
「……さぁ、どうだろう」
答えを濁したけど、自分の胸の奥では、何かが小さく動いていた。
「お前はとんだ怠け者だと思っていたが」
「ひどい言いよう」
「でも……もしかしたら、諦め方が上手いだけなのかもしれないな。俺も諦めが良かったら、もう少し楽な人生だったのかもな」
不器用に笑うその顔が、いつもより柔らかい。思わず、その顔に見入ってしまう。
ついでになんだか鼻の辺りがこそばゆい。
「はっっっくしゅん!」
「あ、気付かなくて悪い。寒いよな」
外は吹雪。ここは洞の中。ついでに雪で服も湿っている。
自覚したら全身ブルブルと震えが止まらなくなってきた。
幸いにもここは寒冷地。馬に積んでいた、遠乗りの目的地で広げるために持っていた防水性の布と、小さめの毛布などの防寒具があったので、それを慌てて下ろす。
「よし。これに包まれば、多少マシになるだろ」
「でもさ、カイン。私たちの服濡れてるよ?」
「あ、ああ」
「このまま着てたら凍死したりしないかな……」
「いや、流石にそれは……」
ピュウウウウと、遠くにある洞の出口の方から吹雪の音が聞こえる。
カインは閉口した。
「服、脱いだほうがいいんじゃない?」
0
あなたにおすすめの小説
救国の聖女として騎士団副団長を国宝級ディルドだと貰ったことから始まる焦ったい恋の話〜世間も羨む幻のイチモツは男女逆転モラル世界では動かない〜
たまりん
恋愛
看護師をしているひよりは仕事と婚活に疲弊していた。
だがある日、トラックにはねられた彼女は、とある国に聖女として召喚された。
異世界を満喫しようと思うも、そこは【ディルド】が名産品という、性的モラルが男女反転した不思議な国で、ひよりは女王を救った褒美として見目麗しい王国騎士団副団長をディルドとして使うように賜ったけれど……
☆フィクションです!
作品の設定上、性的モラルが色々おかしいかと思いますが、ご了承ください。
◇ムーンライトノベルズさまで別作者名で掲載しておりますが同一作者です。
◇2023年5月28日 完結しました!
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
敵将を捕虜にしたら夫になって、気づけば家族までできていました
蜂蜜あやね
恋愛
戦場で幾度も刃を交えてきた二人――
“赤い鷲”の女将軍イサナと、
“青狼”と恐れられたザンザの将軍ソウガ。
最後の戦いで、ソウガはイサナの軍に捕らえられる。
死を覚悟したその瞬間――
イサナは思わず、矢面に立っていた。
「その者は殺させない。命は……私が引き受けます」
理由などなかった。
ただ、目の前の男を失いたくなかった。
その報告を受けた皇帝エンジュは、
静かに、しかし飄々とした口調で告げる。
「庇いたいというのなら――夫として下げ渡そう」
「ただし、子を成すこと。それが条件だ」
敵国の将を“夫”として迎えるという前代未聞の処置。
拒否権はない。
こうしてソウガは、捕虜でありながら
《イサナの夫》としてアマツキ邸に下げ渡される。
武でも策でも互角に戦ってきた男が、
今は同じ屋根の下にいる。
捕虜として――そして夫として。
反発から始まった奇妙な同居生活。
だが、戦場では知り得なかった互いの素顔と静かな温度が、
じわじわと二人の距離を変えていく
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
いきなり騎士隊長の前にアナザーダイブなんて…これって病んでるの?もしかして運命とか言わないですよね?
はなまる
恋愛
橘 瑠衣は半年ほど前初めてクラブに行きそこでD.J.をしている王子修仁と出会う。瑠衣はずっと恋をしたことがなくその修仁に生まれて初めて恋をする。彼から誘われるまま関係を持つとすぐに修仁が家に転がり込んできた。それから半年、今では彼がひどい男だとわかって神経が参っていた。そんな時夢の中にレオナルドと言う人間ではない狼獣人が出てくる。彼は優しく瑠衣をいやしてくれる存在で、瑠衣は夢の中のレオナルドを求めるようになる。だが、実はこれは夢ではなく別世界の実在する世界であった。そんな時修仁が他の女に入れ込んでしばらく家に帰って来なくなり瑠衣は彼と別れようと決める。修仁が帰って来てそのことを話すと修仁は怒りまくって瑠衣を何度も殴りつける。そして瑠衣はレオナルドのいる世界に…そこは見たこともない世界で瑠衣はその世界で不思議な力があることを知る。そしてその国の言い伝えの聖女の伝説に瑠衣はそっくりだった。レオナルドは瑠衣と出会った時から彼女に激しく惹かれる。そして瑠衣を愛するようになって…‥
騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる