42 / 74
第42話 アズールの透明化修行
しおりを挟む
朝の柔らかな日差しが牧場に降り注ぐ中、悠真は納屋の掃除を終えたところだった。汗を拭きながら空を見上げると、昨日の収穫祭の余韻がまだ心地よく残っている。
「よし、次は……」
悠真が呟いた瞬間、左手の甲にある紋章がぼんやりと青く光り始めた。彼は思わず手を上げ、光る紋章を見つめる。
「これは……シギュラさんか?」
悠真は時折、シギュラにアズールの牧場での様子を伝えたりはしていたのだが、シギュラの方からテレパシーを繋げて来るのは久しぶりのことだった。
『おはようございます。今日もアズールがお邪魔していると思いますが、ご迷惑をおかけしたりはしていませんか?』
ドラゴンの威厳を感じさせながらも、親としての優しさが混ざった声だった。
「おはようございます。そんなことはありませんよ。むしろ、アズールのおかげで牧場の皆も楽しそうで助かってます。久しぶりの連絡ですが、何かあったのですか?」
悠真は牧場の柵に腰掛けながら、心の中で返答した。シギュラとのテレパシーはいつも不思議な感覚だった。
『実は、そのアズールについてお願いしたいことがあるのです』
シギュラの声色が少し変わった。何か困ったことでもあるのだろうか。
「なるほど。俺にできることなら手伝いますよ」
『ありがとうございます。頼みたいのはアズールに透明化の練習なのです』
悠真は少し首を傾げた。
「透明化?あぁ、シギュラさんが前にしていた……」
『えぇ。ドラゴンにとって、身を隠す術は不要な争いを避けるために必須のもの。ですが、最近のアズールは、そちらの牧場の者たちと遊ぶのが楽しいらしく、練習をサボって出かけていくことが多くなってしまって……』
シギュラの声には困惑と愛情が混ざっている。悠真は、思わぬ話に何となく申し訳なくなった。
「それは……すみません」
『いえ、子育ては親である私の責任です。あなたが謝る必要はありません。分かってはいるのですが、アズールが楽しそうにしているのを見るとつい甘やかしてしまって……』
まるで人間の親のような悩みを持つシギュラに、悠真は親近感を覚えた。
『ですが、先ほども言った通り透明化の練習は大事なことなのです。そこで、いっそのこと懐いているあなたがたのもとで、人間流の方法で学ばせてみては頂けないかと』
悠真は驚きながらも、考える。ドラゴンに透明化を教えるなんて、前代未聞の試みだろう。しかし、自分達を信じてアズールを預けてくれているシギュラの頼みを無碍に断りたくはなかった。
「分かりました。上手くいくかはわからないけど、やってみましょう」
『助かります。それでは、練習方法をお教えします』
シギュラは丁寧に説明を始めた。まず、ドラゴンの透明化は単なる姿隠しではなく、周囲の景色と同化する能力なのだという。それには高い集中力と、環境への繊細な感覚が必要だった。
『……という感じです。面倒を掛けますがよろしくお願いします』
説明を終えたシギュラは、感謝の言葉とともにテレパシーを切った。
悠真は空を見上げ、深く息を吐いた。
「さて、どうしようか」
――――――
「透明化?」
朝食の席で悠真から話を聞いたリーフィアは、興味深そうに目を輝かせた。
「あぁ。シギュラさんから頼まれたんだ。アズールに透明化の練習をさせてほしいって」
リーフィアはお茶を一口飲み、しばらく考えた後、微笑んだ。
「それは素敵な機会ですね。アズールも成長しているんですね」
「ああ。でも正直、どうやって教えればいいのか……」
悠真が悩んでいると、そこへアズールが台所の窓から首を伸ばして覗き込んできた。
「キュイ?」
空色の鱗が朝日に輝いている。以前より少し大きくなった体で、好奇心いっぱいの目を二人に向けていた。
「おはよう、アズール」
悠真が声をかけると、アズールは嬉しそうに「キュイキュイ」と鳴いた。リーフィアも微笑みながら小さな手を伸ばす。
「おはよう。今日は特別な練習をするみたいですよ」
「キュ?」
アズールは首を傾げた。
「シギュラさんから聞いたよ。今日は透明化の練習をしようか」
悠真の言葉に、アズールは目を丸くした。しばらく固まった後、少し恥ずかしそうに首を下げた。
「心配しなくていいよ。みんなで一緒に楽しく練習しよう」
悠真が優しく声をかけると、アズールはほっとしたように頭を上下に振った。
「じゃあ、朝食後に始めようか」
――――――
朝食を終えた後、悠真とリーフィア、アズールは牧場の裏手にある小さな森の入り口に集まった。他の動物たちも興味津々で遠巻きに見守っている。
「まずは、シギュラから聞いた方法を試してみよう」
悠真は森の中へと進み、木々の間の開けた場所で足を止めた。地面には様々な色の石や落ち葉が散らばり、光と影が複雑な模様を作っている。
「アズール、ここに座って」
悠真が指さした場所にアズールが座ると、彼は説明を始めた。
「透明化は周りとの一体化だ。まずは深呼吸して、周囲の音や匂い、感触に意識を向けてみよう」
アズールは真剣な表情で目を閉じ、深く息を吸った。しばらくすると、体から淡い光が漏れ始めたが、すぐに消えてしまう。
「キュイ……」
落胆した声を上げるアズールに、悠真は励ますように頭を撫でた。
「最初からうまくいくことはないよ。ゆっくり練習していこう」
リーフィアがそっと近づき、アズールの前に座った。
「アズールさん、私と一緒にやってみましょうか。目を閉じて、呼吸を私に合わせてください」
リーフィアの穏やかな声に導かれ、アズールは再び目を閉じた。二人の呼吸が徐々に合わさっていく。
「そうです。今度は、自分の体が周りの風景と同じ色に染まっていくことをイメージしてみてください」
リーフィアの言葉が続く中、アズールの鱗がわずかに輝き始めた。しかし、集中が途切れると、また元に戻ってしまう。
「キュー……」
がっかりした様子のアズールを見て、悠真は別のアプローチを考えた。
「シギュラさんの言っていた通り、いきなり体全体を消すのは難しいかもしれない。まずは小さな部分から始めてみよう」
そう言って、悠真は地面から色とりどりの小石を拾い上げた。
「これを尻尾の先に置いてみるから、その部分だけ同じ色にしてみて」
赤い石をアズールの尻尾の先に置くと、アズールは眉間にしわを寄せて集中した。しばらくすると、尻尾の先がゆっくりと赤く変化していった。
「すごい!できてるよ、アズール!」
悠真が褒めると、アズールは驚いて尻尾を見た。確かに先端が石と同じ赤色に変わっている。嬉しさのあまり「キュイキュイ!」と鳴き、跳ね回った。
「落ち着いて、アズール。次は違う色も試してみよう」
青や緑、黄色の小石で次々と練習していくうちに、アズールは尻尾だけでなく、足先や翼の端も変化させられるようになった。
「すごい上達ですね」
リーフィアが感心した様子で言った。
「ああ。才能があるんだな」
練習に夢中になっていると、お昼の時間になっていた。悠真はアズールの頭を優しく撫でた。
「少し休憩しよう。お昼を食べてから続けるか」
アズールは満足げに頷いた。
――――――
それからしばらく、アズールが来た日には透明化の修行をするようになった。今日は牧場の池のほとりに来ていた。アクアとフレアも加わり、シャドウとミストも興味津々で見守っている。
「今日は少し難しいことをやってみよう」
悠真は池の水面を指さした。
「水面に映る自分の姿と同化してみるんだ」
アズールは首を傾げ、池に近づいて自分の姿を覗き込んだ。
「水の色や動きをよく観察して、それを自分の体で表現するんだ」
アズールは真剣な眼差しで水面を見つめ、ゆっくりと体を沈めていった。すると徐々に、体の一部が水の色と同じ透明な青に変わり始めた。
「キュイ!」
嬉しそうな声を上げたアズールだったが、動きが大きすぎて水面が波立ち、せっかくの集中が途切れてしまった。
「惜しかった!もう少しだよ」
悠真が励ますと、アズールは再び挑戦した。何度も繰り返すうちに、ついに上半身がかなり透明に見えるようになった。
「すごい!アズールさん、とても上手です!」
リーフィアが感嘆の声を上げた。水晶リスのアクアも「チチッ」と鳴いて喜び、尻尾で小さな水しぶきを上げた。
「よし、次はもっと動きのある状態でやってみよう」
悠真は森と牧場の境界線を指さした。そこには木々の影と日の光が交互に地面を覆っている。
「影から光へと移動しながら、同時に体の色を変えてみるんだ」
アズールは少し緊張した表情で頷いた。最初は上手くいかなかったが、シャドウが自ら見本を見せるように影に溶け込んで現れるのを繰り返した。それを見たアズールはコツを掴み始め、徐々に影から光、光から影へと自然に同化して移動できるようになった。
「キュイキュイ!」
嬉しそうに鳴きながら、アズールは木々の間を駆け回った。悠真とリーフィアは笑顔で見守っている。
「すっかり上達しましたね」
リーフィアが感心した声で言った。
「ああ。シギュラさんも安心するだろう」
悠真が満足げに頷いた時、突然アズールの姿が見えなくなった。
「え?アズール?」
悠真が周囲を見回すと、木の葉がカサカサと音を立てて動いていた。何かが走っているようだが、姿は見えない。
「まさか……完全に透明になったの?」
その瞬間、アズールが姿を現し、悠真の前で誇らしげに胸を張った。本当に透明になれたようだ。
「すごいじゃないか、アズール!」
悠真が喜びに満ちた声で言うと、アズールは嬉しそうに跳ね回った。その興奮で再び姿が見えるようになったが、それでも大きな進歩だった。
「これでシギュラさんも喜ばれるでしょうね」
リーフィアが微笑みながら言った。
「ああ。でも今日はもう十分練習したから、遊ぶ時間にしようか」
悠真の言葉に、アズールは輝く目で頷いた。
――――――
その日の夕方、悠真はシギュラにテレパシーで今日の成果を報告した。シギュラの声には感謝と誇らしさが滲んでいた。
『ありがとうございます。アズールが短期間にここまで成長するとは思いませんでした。やはり人間は教えるのが上手なのですね』
「いや、アズールの才能と努力のおかげだよ」
『感謝します。引き続きよろしくお願いしますね』
テレパシーが途切れた後、悠真は夕焼けに染まる牧場を見渡した。リーフィアがアズールと他の動物たちに囲まれて何か話している姿が見える。
「悠真さん、アズールさんがお礼を言いたいみたいですよ」
近づいてくるリーフィアの後ろで、アズールが恥ずかしそうに首を下げていた。
「キュイ……」
小さな声で鳴くアズールに、悠真は優しく笑いかけた。
「こちらこそありがとう。また一緒に練習しような」
アズールは嬉しそうに頷き、一度姿を消して現れるというちょっとした芸を見せた。
「おぉ、すごいな。でも、尻尾の先が隠れきれてないぞ?」
悠真がそう指摘すると、透明化しきれてないことに気づいたアズールは恥ずかしそうに「キュ…」と鳴いた。
「気にすることはありませんよ。アズールさん、これからも練習していきましょう」
リーフィアの励ましに、アズールは「キュイ!」と元気を取り戻して答えた。
「よし、次は……」
悠真が呟いた瞬間、左手の甲にある紋章がぼんやりと青く光り始めた。彼は思わず手を上げ、光る紋章を見つめる。
「これは……シギュラさんか?」
悠真は時折、シギュラにアズールの牧場での様子を伝えたりはしていたのだが、シギュラの方からテレパシーを繋げて来るのは久しぶりのことだった。
『おはようございます。今日もアズールがお邪魔していると思いますが、ご迷惑をおかけしたりはしていませんか?』
ドラゴンの威厳を感じさせながらも、親としての優しさが混ざった声だった。
「おはようございます。そんなことはありませんよ。むしろ、アズールのおかげで牧場の皆も楽しそうで助かってます。久しぶりの連絡ですが、何かあったのですか?」
悠真は牧場の柵に腰掛けながら、心の中で返答した。シギュラとのテレパシーはいつも不思議な感覚だった。
『実は、そのアズールについてお願いしたいことがあるのです』
シギュラの声色が少し変わった。何か困ったことでもあるのだろうか。
「なるほど。俺にできることなら手伝いますよ」
『ありがとうございます。頼みたいのはアズールに透明化の練習なのです』
悠真は少し首を傾げた。
「透明化?あぁ、シギュラさんが前にしていた……」
『えぇ。ドラゴンにとって、身を隠す術は不要な争いを避けるために必須のもの。ですが、最近のアズールは、そちらの牧場の者たちと遊ぶのが楽しいらしく、練習をサボって出かけていくことが多くなってしまって……』
シギュラの声には困惑と愛情が混ざっている。悠真は、思わぬ話に何となく申し訳なくなった。
「それは……すみません」
『いえ、子育ては親である私の責任です。あなたが謝る必要はありません。分かってはいるのですが、アズールが楽しそうにしているのを見るとつい甘やかしてしまって……』
まるで人間の親のような悩みを持つシギュラに、悠真は親近感を覚えた。
『ですが、先ほども言った通り透明化の練習は大事なことなのです。そこで、いっそのこと懐いているあなたがたのもとで、人間流の方法で学ばせてみては頂けないかと』
悠真は驚きながらも、考える。ドラゴンに透明化を教えるなんて、前代未聞の試みだろう。しかし、自分達を信じてアズールを預けてくれているシギュラの頼みを無碍に断りたくはなかった。
「分かりました。上手くいくかはわからないけど、やってみましょう」
『助かります。それでは、練習方法をお教えします』
シギュラは丁寧に説明を始めた。まず、ドラゴンの透明化は単なる姿隠しではなく、周囲の景色と同化する能力なのだという。それには高い集中力と、環境への繊細な感覚が必要だった。
『……という感じです。面倒を掛けますがよろしくお願いします』
説明を終えたシギュラは、感謝の言葉とともにテレパシーを切った。
悠真は空を見上げ、深く息を吐いた。
「さて、どうしようか」
――――――
「透明化?」
朝食の席で悠真から話を聞いたリーフィアは、興味深そうに目を輝かせた。
「あぁ。シギュラさんから頼まれたんだ。アズールに透明化の練習をさせてほしいって」
リーフィアはお茶を一口飲み、しばらく考えた後、微笑んだ。
「それは素敵な機会ですね。アズールも成長しているんですね」
「ああ。でも正直、どうやって教えればいいのか……」
悠真が悩んでいると、そこへアズールが台所の窓から首を伸ばして覗き込んできた。
「キュイ?」
空色の鱗が朝日に輝いている。以前より少し大きくなった体で、好奇心いっぱいの目を二人に向けていた。
「おはよう、アズール」
悠真が声をかけると、アズールは嬉しそうに「キュイキュイ」と鳴いた。リーフィアも微笑みながら小さな手を伸ばす。
「おはよう。今日は特別な練習をするみたいですよ」
「キュ?」
アズールは首を傾げた。
「シギュラさんから聞いたよ。今日は透明化の練習をしようか」
悠真の言葉に、アズールは目を丸くした。しばらく固まった後、少し恥ずかしそうに首を下げた。
「心配しなくていいよ。みんなで一緒に楽しく練習しよう」
悠真が優しく声をかけると、アズールはほっとしたように頭を上下に振った。
「じゃあ、朝食後に始めようか」
――――――
朝食を終えた後、悠真とリーフィア、アズールは牧場の裏手にある小さな森の入り口に集まった。他の動物たちも興味津々で遠巻きに見守っている。
「まずは、シギュラから聞いた方法を試してみよう」
悠真は森の中へと進み、木々の間の開けた場所で足を止めた。地面には様々な色の石や落ち葉が散らばり、光と影が複雑な模様を作っている。
「アズール、ここに座って」
悠真が指さした場所にアズールが座ると、彼は説明を始めた。
「透明化は周りとの一体化だ。まずは深呼吸して、周囲の音や匂い、感触に意識を向けてみよう」
アズールは真剣な表情で目を閉じ、深く息を吸った。しばらくすると、体から淡い光が漏れ始めたが、すぐに消えてしまう。
「キュイ……」
落胆した声を上げるアズールに、悠真は励ますように頭を撫でた。
「最初からうまくいくことはないよ。ゆっくり練習していこう」
リーフィアがそっと近づき、アズールの前に座った。
「アズールさん、私と一緒にやってみましょうか。目を閉じて、呼吸を私に合わせてください」
リーフィアの穏やかな声に導かれ、アズールは再び目を閉じた。二人の呼吸が徐々に合わさっていく。
「そうです。今度は、自分の体が周りの風景と同じ色に染まっていくことをイメージしてみてください」
リーフィアの言葉が続く中、アズールの鱗がわずかに輝き始めた。しかし、集中が途切れると、また元に戻ってしまう。
「キュー……」
がっかりした様子のアズールを見て、悠真は別のアプローチを考えた。
「シギュラさんの言っていた通り、いきなり体全体を消すのは難しいかもしれない。まずは小さな部分から始めてみよう」
そう言って、悠真は地面から色とりどりの小石を拾い上げた。
「これを尻尾の先に置いてみるから、その部分だけ同じ色にしてみて」
赤い石をアズールの尻尾の先に置くと、アズールは眉間にしわを寄せて集中した。しばらくすると、尻尾の先がゆっくりと赤く変化していった。
「すごい!できてるよ、アズール!」
悠真が褒めると、アズールは驚いて尻尾を見た。確かに先端が石と同じ赤色に変わっている。嬉しさのあまり「キュイキュイ!」と鳴き、跳ね回った。
「落ち着いて、アズール。次は違う色も試してみよう」
青や緑、黄色の小石で次々と練習していくうちに、アズールは尻尾だけでなく、足先や翼の端も変化させられるようになった。
「すごい上達ですね」
リーフィアが感心した様子で言った。
「ああ。才能があるんだな」
練習に夢中になっていると、お昼の時間になっていた。悠真はアズールの頭を優しく撫でた。
「少し休憩しよう。お昼を食べてから続けるか」
アズールは満足げに頷いた。
――――――
それからしばらく、アズールが来た日には透明化の修行をするようになった。今日は牧場の池のほとりに来ていた。アクアとフレアも加わり、シャドウとミストも興味津々で見守っている。
「今日は少し難しいことをやってみよう」
悠真は池の水面を指さした。
「水面に映る自分の姿と同化してみるんだ」
アズールは首を傾げ、池に近づいて自分の姿を覗き込んだ。
「水の色や動きをよく観察して、それを自分の体で表現するんだ」
アズールは真剣な眼差しで水面を見つめ、ゆっくりと体を沈めていった。すると徐々に、体の一部が水の色と同じ透明な青に変わり始めた。
「キュイ!」
嬉しそうな声を上げたアズールだったが、動きが大きすぎて水面が波立ち、せっかくの集中が途切れてしまった。
「惜しかった!もう少しだよ」
悠真が励ますと、アズールは再び挑戦した。何度も繰り返すうちに、ついに上半身がかなり透明に見えるようになった。
「すごい!アズールさん、とても上手です!」
リーフィアが感嘆の声を上げた。水晶リスのアクアも「チチッ」と鳴いて喜び、尻尾で小さな水しぶきを上げた。
「よし、次はもっと動きのある状態でやってみよう」
悠真は森と牧場の境界線を指さした。そこには木々の影と日の光が交互に地面を覆っている。
「影から光へと移動しながら、同時に体の色を変えてみるんだ」
アズールは少し緊張した表情で頷いた。最初は上手くいかなかったが、シャドウが自ら見本を見せるように影に溶け込んで現れるのを繰り返した。それを見たアズールはコツを掴み始め、徐々に影から光、光から影へと自然に同化して移動できるようになった。
「キュイキュイ!」
嬉しそうに鳴きながら、アズールは木々の間を駆け回った。悠真とリーフィアは笑顔で見守っている。
「すっかり上達しましたね」
リーフィアが感心した声で言った。
「ああ。シギュラさんも安心するだろう」
悠真が満足げに頷いた時、突然アズールの姿が見えなくなった。
「え?アズール?」
悠真が周囲を見回すと、木の葉がカサカサと音を立てて動いていた。何かが走っているようだが、姿は見えない。
「まさか……完全に透明になったの?」
その瞬間、アズールが姿を現し、悠真の前で誇らしげに胸を張った。本当に透明になれたようだ。
「すごいじゃないか、アズール!」
悠真が喜びに満ちた声で言うと、アズールは嬉しそうに跳ね回った。その興奮で再び姿が見えるようになったが、それでも大きな進歩だった。
「これでシギュラさんも喜ばれるでしょうね」
リーフィアが微笑みながら言った。
「ああ。でも今日はもう十分練習したから、遊ぶ時間にしようか」
悠真の言葉に、アズールは輝く目で頷いた。
――――――
その日の夕方、悠真はシギュラにテレパシーで今日の成果を報告した。シギュラの声には感謝と誇らしさが滲んでいた。
『ありがとうございます。アズールが短期間にここまで成長するとは思いませんでした。やはり人間は教えるのが上手なのですね』
「いや、アズールの才能と努力のおかげだよ」
『感謝します。引き続きよろしくお願いしますね』
テレパシーが途切れた後、悠真は夕焼けに染まる牧場を見渡した。リーフィアがアズールと他の動物たちに囲まれて何か話している姿が見える。
「悠真さん、アズールさんがお礼を言いたいみたいですよ」
近づいてくるリーフィアの後ろで、アズールが恥ずかしそうに首を下げていた。
「キュイ……」
小さな声で鳴くアズールに、悠真は優しく笑いかけた。
「こちらこそありがとう。また一緒に練習しような」
アズールは嬉しそうに頷き、一度姿を消して現れるというちょっとした芸を見せた。
「おぉ、すごいな。でも、尻尾の先が隠れきれてないぞ?」
悠真がそう指摘すると、透明化しきれてないことに気づいたアズールは恥ずかしそうに「キュ…」と鳴いた。
「気にすることはありませんよ。アズールさん、これからも練習していきましょう」
リーフィアの励ましに、アズールは「キュイ!」と元気を取り戻して答えた。
85
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」
***
魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。
王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。
しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。
解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。
ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。
しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。
スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。
何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……?
「今日は野菜の苗植えをします」
「おー!」
「めぇー!!」
友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。
そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。
子育て成長、お仕事ストーリー。
ここに爆誕!
追放された荷物持ちですが、実は滅んだ竜族の末裔でした~のんびり暮らしたいのに、なぜかそうならない~
ソラリアル
ファンタジー
目が覚めたら、俺は孤児だった。 家族も、家も、居場所もない。
そんな俺を拾ってくれたのは、優しいSランク冒険者のパーティだった。
「荷物持ちでもいい、仲間になれ」
その言葉を信じて、俺は必死についていった。
だけど、自分には何もできないと思っていた。
それでも少しでも役に立ちたくて、夜な夜な一人で力を磨いた。
だけどある日、彼らは言った。
『ここからは危険だ。荷物持ちは、もう必要ない』
それは、俺の身を案じた「優しさ」からの判断だった。
俺も分かっていた。
だから、黙ってそれを受け入れ、静かにパーティを離れた。
「もう誰にも必要とされなくてもいい。一人で、穏やかに生きていこう」
そう思っていた。そのはずだった。
――だけど。
ダンジョンの地下で出会った古代竜の魂と、
“様々な縁”が重なり、騒がしくなった。
「最強を目指すべくして生まれた存在」
「君と一緒に行かせてくれ。」
「……オリオンを辞めさせた、本当の理由を知っている」
穏やかなスローライフ生活を望んだはずなのに、
世界はまた、勝手に動き出してしまったらしい――
◇小説家になろう・カクヨムでも同時連載中です◇
料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される
向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。
アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。
普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。
白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
グラサン幼女の異世界とらべるっ! ~最強の【魔眼】を宿す転生幼女は、もふかわ神獣を連れてスローライフな旅路を楽しみます~
空戯ケイ
ファンタジー
社畜OL、水城愛璃(みずきあいり)は、女神のうっかりミスにより25歳の若さで死んだ。
お詫びとして女神が提案したのは、オッドアイの幼女ボディへの転生。
そうして幼女の姿で異世界転生を果たしたアイリだったが、
特異体質により『感情が高ぶると暴発する魔眼』が宿っていることが発覚!
しかも両目!?
それを封じるため、女神から与えられたユニークスキルは、『神のサングラス』。
このサングラスをかければ、魔眼の暴発を抑えられるらしいけど……常にグラサンかけてる幼女とか怪しすぎじゃない!?
だけど、とある"激レア魔道具"があれば 、なんと魔眼を完治できるらしい。
ならばその魔道具を手に入れるため、異世界を巡るしかないっ!
さらに旅の道すがら、もふもふフェンリルや忍者少女、特異スライムを仲間にし、珍道中はさらに加速していって――!!
まったりのんびりをモットーに、たまに魔物や刺客に襲われちゃう。
【グラサン幼女】の破天荒な異世界旅が始まる!
※更新は不定期です。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる