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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印
【018】願いではないという一言
しおりを挟むそれから礼人が、じっと桜子と目を合わせる。
「きみの願い――というのは、きみに責任を押しつける言い方だな。そうだな、彼らは、『黒薔薇修道会』の関係者かもしれない。テロリズムの徒ということだ。あやかし対策にも色々あってね。それで、話を聞く必要があるから、生かしたというだけだ」
するといつもは戸惑うというのに、今回は迷いなく、礼人は優しく桜子の髪を撫でた。安心させるように、落ち着けるように。
「あの念珠はね、環央家の武器生みの神子が生み出したもので、対人用の妖力吸収用の念珠なんだ。元の力も吸血珠で強くしていた力も吸収できる。数は少ないけど、いくつかを対策部隊の特務班の人間は持たされていたんだ。功を奏したな」
礼人はそれから、吐き捨てるように息をついた。
「安心して。彼らは、死んだ方がマシな目に遭わせるから」
「ま、まって。お待ちください、父と兄は、どうなるのですか……?」
「うん? 安心していいよ。人間、生きていること以上に最善なことなんてないさ」
礼人は明言はしなかった。注射針以外を撤去した状態で、礼人は軍服の上着を桜子にかける。気付けば早朝のその部屋は肌寒かった。桜子は、ゆっくりと礼人の緑色の目を見る。
「どうして……ここに?」
「うん? ああ、あやかし討伐が一段落して、今回の分は終わったから、お嫁さん……気が早いか、婚約者の顔が、無性に見たくなってね」
「え……」
「桜子さん、きみの顔がみたくなったんだよ。それで会いに来た」
針とチューブが過度に動かないようにしながら、礼人がそっと桜子を抱き寄せる。
「それもあるし、桜子さんの顔色が病的に悪くなるのは、いつも実家にいったあとなのも気になっていたんだよね」
さらに少し強く抱き寄せてから、礼人が桜子を覗き込む。その視線を正面から桜子は受け止めた。
「安心してくれ。これからは、俺がきみを守ります」
強くそう言うと――直後、珍しく礼人が笑った。いつもは笑わないから、笑顔が下手くそらしい。ぎこちないその笑顔は、微苦笑しているように見えた。でも、桜子にとっては最高の宝物になった。見ていたら、自然と涙がこみ上げてくる。涙が滲む瞳のままで、桜子は何度も何度も頷いた。それから桜子は嬉しそうに、涙を零したままで笑顔を浮かべる。
「――私も、私も礼人様をお守りします。私も、支え合いたいと思ったから。私もまた礼人様を守れるように、強くなります。そう、強く。礼人様は、私にそれを教えてくれた」
驚いた顔をした礼人は、今度は自然に微笑しながら、桜子の涙を手で拭う。そして抱きしめ直したとき、軍の人間達が入ってきた。
「さっき式神で連絡をしておいたんだ」
礼人の言葉に頷く。倒れていた兄と父が拘束されている。医療班の人がやってきて、桜子の注射針を抜いてくれた。そして処置が済むと、礼人が桜子を抱き上げて、囁くように言った。
「もう大丈夫だから」
礼人の腕の中で、安心した途端猛烈な眠気に襲われ、目を合わせて頷き、微笑してから、桜子は意識を失うように、目を閉じた。
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