あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【019】次の象徴 ※修道会

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「天羽はもうダメね」

 黒いローブを目深にかぶった少女が、嗤う。
 隣には、長身の男が立っていた。その瞳の色は紅色で、まるで紅玉のようである。シルクハットで、胸元にはリボンタイ。彼は腕を組むと、高らかに口にした少女を見た。

「それで? どうするんだい?」
「浄癒の娘――アリアの末裔に代わる象徴を探すまでよ」

 クスクスと笑う少女の声は、実に楽しげだ。
 周囲には、黒い大輪の薔薇が咲き誇っている。これは特殊な薬液につけると色が変化する薔薇だ。たとえば、アリアの末裔に刻まれる黒薔薇の刻印の持ち主の血液だとか。

「イリス。きみは充分象徴たるのではないかい?」
「それでは、いざというとき首をすげ替えて逃げて再興できないでしょう」
「おお、恐や恐や」
「それに私の本質は、人ではないのだもの――次の、百鬼夜行が楽しみね」

 また、くすりくすりと少女は嗤う。
 それに笑い返した青年は、揺った長髪を揺らすと、天を仰いだ。
 この修道会の天井には、夜空が描かれている。
 中世に思い描かれた空、星座が見える夜だ。
 ここは、いつだって、夜だ。人ならざる者が集う場所。

「ほら、信者達が来るよ」
「そうね」

 二人がそんなやりとりをして暫く。緞帳が上がる。そこには、ひしめくように、黒薔薇修道会の信者達がいた。皆、黒い修道服を纏っている。

「どうかどうか、吸血珠をお恵みください」

 今となっては、あやかし対策部隊、軍人達に対抗する術だからというよりも、信者集めの方に、吸血珠は効果を発している。既に浄癒の娘は軍人の手に落ちたが、まだ充分に予備はある。

「一人、一人。それは、与える者を、我々が決めることは出来ないのです。全ては、黒い聖母の思し召し」

 ああ、聖母アリアよ、と、人々が唱和する。
 ローブの中で目を伏せたイリスは、くだらないなと思っていた。
 傍らで腕を組む青年は、何処吹く風でさして興味も無いようだったが、軽薄に笑っている。

「次の舞台は?」

 小声で青年が問う。すると、少女が息を飲むようにして笑った。くっ、と。

「あなたの餌場が妥当でしょう? なにせ、今後は祓魔七環を排除していかなければならないんだもの。囮にもよい。きっと、来るでしょう」

 イリスの声に、神妙な顔で青年は頷いた。

 それから、人々が祈りを捧げる黒い聖母を見る。実際には観音像といえる。違いはといえば、聖母子とも観音とも異なり、子は抱いていない。ただ肌が黒いのではなく、黒い石で削り出されている像だ。目は伏せられている。そして首から、逆十字の意匠のアクセサリーを提げている。これが、聖母アリアを正しく模しているのかを、青年は知らない。

「ああ、飲んでみたいなぁ。極上らしいからね。聖母アリアすらも魅了した、宣教師の血を引く者。僕ら吸血鬼にとっては、アリアの末裔でなく、彼女は正しく宣教師の末裔なのだから」


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