あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【030】職員会議 ※礼人

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 今日は職員会議があったため、少し帰りが遅くなることになった。
 既に日が落ちている、秋も深まってきた。

「どうぞ」

 そこに穏やかに声をかけられ、礼人は視線を向ける。
 立っていた斑目恭也は、国語教師であるという知識がある。同年代で、ハーフの斑目は彫りの深い顔立ちの愛くるしい瞳を細めて笑うと、礼人の隣の椅子を引いた。隣の席である。

「ありがとうございます」

 湯飲みをありがたく受け取り、ゆっくりと礼人は飲み込む。
 本日の職員会議の内容は、次のテストについてであり、また、最上級生のうち、結婚を希望していてまだお相手の殿方が決まっていない女学生の一覧、今後授業参観に来たいという男側の母親の希望者の一覧作成、そういったものの話だった。主に女性教師が行うことなので、礼人や斑目は義務的に出席したと言える。

 この時代は、女学院に母親が出向いて、息子の婚約者を決めるというのは、決して珍しいことでは無かった。礼人も授業をしていて、教室後方に何名かのご婦人をすでに見かけている。

「今日は昨日よりは暖かいですね。だけど、そろそろ手袋が欲しいなぁ」

 斑目の声に、先日桜子に購入した品を使ってもらえたら嬉しいなと考える。

「なんでも噂になってたけど、礼人先生の愛してるって言いたい一人って誰? 結婚してるの?」
「……」

 斑目は気さくだ。一方、礼人は無表情を崩さないので、とっつきにくい印象を与えるはずなのだが、斑目がそれにかまう様子は無い。桜子は些細な表情変化に気付いてくれるが、斑目の場合は、言葉に出さないかぎり気にしないという姿勢のようだ。

「まぁ、そのようなものだけど」
「へぇ、いいなぁ! 出会いは? って、このご時世見合いだろうけど。見合いだって言っても完全な紹介もあれば、好きになった相手の家に見合い話を届けることもあるし」
「斑目先生はどうなんですか?」
「うん? 全世界の可愛い女性を、僕は愛してるからね」

 にこっと笑った斑目は、本気で言っているように見えた。こういう軽薄なたちの男が、礼人はあまり好きではない。大切な相手は、一人だけいればいいではないかと思ってしまう。ただ、こぞって政治家達も妾を囲って鹿鳴館へと足を運ぶから、今、上流階級で妾の一人もいない者というのは、実を言えば少ない。あやかし対策部隊というか陸軍に関しては、文官であるが統括する陸軍卿が愛妻家なので、少しその風潮は弱まっているのだが。また、礼人の周囲にも愛妻家が多い。

「今度礼人先生の家に遊びに行ってもいい?」
「どうして?」
「え? 一条侯爵家の縁者なんていう高貴な方のお家は見てみたいじゃん?」
「考えておきます」
「明言してよぉ」
「考えておきます」
「繰り返さないでよぉ、招かれないと入れないんだから」

 情けない声を上げた斑目を一瞥し、湯飲みを置いてから礼人が立ち上がった。

「俺はそろそろ帰ります」

 既に会議は済んでいる。
 一刻でも早く帰宅して、桜子の顔が見たい。本当は、抱きしめられたらもっと良いだろうし、髪を存分に撫でたいけれど、無理にそうしたいとは思わないし、自分達には歳の差もある。彼女の成長を待つのは、決して苦ではない。いつか心から受け入れてもらえた時に、そうしたらそのときこそ、帰宅したドアの先にいる彼女を、毎日抱きしめられる権利を得られると確信している。

「まったあしたー!」
「ええ、また明日」

 こうして斑目に会釈をしてから、礼人は外へと出た。少し先に馬車を停めさせてあるので、そこまで歩く。

 すると。

「遅かったのね」

 凜とした少女の声がした。

「六角」
「今日は夕食をご馳走してくれない?」
「急だね」

 六角舞子は、黒い髪を手で後ろに流すと、口角を持ち上げた。

「あなたの大切な婚約者が、私と貴方の仲を誤解していたみたいだから。誤解は早く解くべきよ。私、桜子さんのことを、気に入っているの」
「誤解?」
「ああ、本当。鈍い殿方には吐き気がするわ」
「とりあえず乗って」

 こうして礼人は、舞子を馬車に誘った。行き先は、四峰邸である。


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