あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【032】不穏な欠席

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 翌日、昨夜仲良くなれた舞子とのことが嬉しくて、桜子はいつもより教室に行くのが楽しみだった。先に降りた礼人が歩いて行く。今日は、お互いマフラーをつけている。ぐっと冷え込み、まだ紅葉の最中だというのに、霜が降りたからだ。桜子は首元に触れる。礼人が買ってくれたマフラーに包まれていると、礼人がそこにいてくれる気持ちになって嬉しい。

 教室に入る。いつもの通り、最初に薫子に声をかけられる。
 続いて舞子が、いつもとは異なり、目線をしっかり合わせると、ただの挨拶の言葉だけではなく、にこりと微笑んで桜子に言った。

「おはよう、桜子さん」
「おはようございます、舞子さん」

 舞子のその珍し表情に周囲の者が目を丸くしている。
 着席すると、尋子が首を傾げた。

「舞子さんと親しいのね、今日は随分と」
「ええ、少し」
「なんだか寂しいわ」

 可愛い上目遣いで、尋子に冗談だろうが拗ねられて、桜子はくすぐったい気持ちになった。
 こうしていつもと同じ一日が始まった。
 放課後になると、大体皆、一斉に帰る。桜子は舞子もそうだろうと思っていたのだが、舞子は頬杖をついて本を見ていた。

「舞子さん?」
「ああ、お帰りなのね、ごきげんよう、桜子さん」
「舞子さんはまだ?」
「――これからちょっと図書室に行くのよ。昨日も遅くまでいたたのだけれど、手順があるから」
「なんの手順ですか?」
「話したら礼人さ……先生に怒られてしまうわ」

 くすりと笑った六角は、ただなんだかんだといって礼人と親しい様子だから、そこばかりは桜子は羨ましくなってしまう。それだけ長い付き合いなのだろう。

「また明日、桜子さん」
「ええ、また明日」
「そのマフラー素敵ね」
「……頂いたんです」
「あら、センスがよいこと」

 そんなやりとりをしてから、桜子は外へと出た。そして馬車に乗って帰宅した。
 ――その翌日。

 教室に入って薫子に挨拶をされた桜子は、いつもは早く来る舞子の姿がないことに気付いた。それは授業が始まってからも同じで、舞子の席はぽっかりと空いている。いやな予感がした。翌日も、その翌日も。ぽっかりと舞子の席は空いていた。

 帰宅した桜子は、学校から帰ってきた礼人の腕を、思わず引いた。

「礼人様」
「どうかした? ただいま」
「舞子さんがお休みで……」
「うん、そうだね」
「……礼人様が調べていることと関係はないんでしょうか?」
「あったとしてもそうでなかったとしても、きみに話すことではないよ」
「礼人様、あ、あの……ま、舞子さんは、私の……大切なお友達です」

 必死に桜子は言いつのる。洋装の上着を脱いでいた礼人は無表情だ。

「教えて下さい。舞子さんは、図書室へ行くと話していました」
「……はぁ」

 ため息をついた礼人は、自分の書斎まで桜子を促す。女中頭の小春が二つ茶を出して下がる。

「軍からの依頼として、六角家の協力者に、降霊術らしきものを行うおまじないの紙の内容の精査と真偽の確認を依頼していた事実はある。具体的に言えば、おまじないを実行してもらったよ。俺が職員会議の日。だからあの日、彼女は遅くまで学校のそばにいたんだ」

 それが舞子のことだというのはすぐに分かる。

「六角がおまじないの紙を本に挟んだ日の夜、夢を見たと話していた。次の行き先を指示するから、東階段を上がって二階を通って図書室へと来るようにという夢だったらしい。六角家の結界にも、その夜あやかしが入り込んだ痕跡があった。わざと少し結界の効果を弱めてもらっていたんだ」

 静かな声で礼人が語る。カップに両手で触れた桜子は不安そうな瞳を揺らし、それからじっと礼人を見た。

「舞子さんは、六角家のかたである前に一人の女の子です。そんな舞子さん一人で、吸血鬼の相手をさせるなんて……」
「祓魔七環には使命があるから、感情論とは別の理屈がある。それに既に保護してるよ。無事。記憶はまだないみたいだけど。だけど、今、なんて? 吸血鬼?」
「え? おまじないの紙で何処かに行くのは、吸血鬼からの指示ですよね? 吸血鬼がどこかに連れていってしまうのでしょう?」
「吸血鬼ってどういうこと? どこから出てきたの?」

 すると驚いたように瞬いてから、礼人が身を乗り出した。

「詳しく聞かせて」
「学校では、おまじないをすると、吸血鬼が叶えてくれると言われています」
「――確かに、吸血鬼なら暗示で記憶を消すことも出来るね。暗示で願いが叶った気分にも出来るかもしれない。被害者に吸血痕がないか、保護している医療班に確認させるよ。でも、学校は夜ではないからね……本当に吸血鬼が関わっているのだとすれば、それは相当強い吸血鬼となる。アリアのように、昼間でも活動できるほどの強い吸血鬼は、そう多いわけではないから」

 つらつらと語りながら、ポケットから出した白い紙に、万年筆で礼人がなにごとか書き付ける。それを鳥形に折ってすぐに飛ばすと、式神は宙に溶けるようにして消えた。

 すると二人が紅茶を二口ほど飲んだだけの直後に、新しい式神が現れた。
 礼人がそれを受け取る。

「吸血された痕跡が見つかった」
「っ」
「吸血鬼の仕業のようだ。このあと、どうするか」

 礼人が腕を組んだので、思わず桜子は身を乗り出した。

「私にやらせて下さい!」
「――なにを?」
「祓魔七環の人間に別の理屈があるというのなら、そ、その私は……礼人様と添い遂げ、四峰の者となる身です。私におまじないをやらせて下さい」
「っ、それは……確かに俺が言ったことと矛楯はしないけど……ダメだ、危険すぎる」
「でも! 私は、吸血鬼に血を抜かれる辛さが、きっと少し違うのかもしれないけど分かる気がするんです。私に出来る事があるのなら、力になりたいんです」

 桜子の声に力がこもる。こんな風に自分の意見を主張する彼女は珍しい。その姿をじっと見ていた礼人も、どこか気圧されているかのようだった。それから礼人は嘆息し、髪を手で掻いた。

「わかったよ、わかりました。桜子さんの気持ちはよくわかったよ。じゃあ、お願いすることにするよ」
「礼人様……!」
「ただし逐一俺に報告をしてね」

 ため息をついてから礼人は改めて桜子を見て、そしてカップを持ち上げながら微苦笑した。

「桜子さん」
「はい……その……出過ぎたことを申してしまって……」
「ううん。思ったことは言ってもらえる方が嬉しいです。ありがとうね」

 それから視線を合わせ、それぞれ穏やかに笑い合った。
 夕食までは、もう少し。
 穏やかな空間には、紅茶の香りが漂っていた。


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