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―― 第三章 ―― 祝言と聖夜
【040】帝国椿ホテルでの披露宴 ※礼人
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あまり感情を露わにする方ではないけれど、礼人の機嫌は三人が帰った後も暫くなおらなかった。かといって桜子に当たるのはもってのほかであるし、彼女が一番傷ついたはずだと思って、なるべく優しく接しようとするのに苛立ちが募る。
軍上層部が、吸血珠を入手したいと考えるのは、分からないでもないから、そんな自分に嫌気がさす。これが第三者の話だったのならば、献血してもらったらどうですかと自分から言いかねなかった気もした。己の大切な相手にだけ、そういった辛さを課したくはないだなんて、間違っているのは自分自身ではないかとも思う。
どちらかといえば礼人は、血が凍っていると揶揄されることもあるほど、元々冷徹な人間だったと、自負している。氷酷の鬼、なんて渾名されることもある。主にそちらはあやかし討伐で容赦が無いという意味だろうが、自分に人間味があるかと言われるとそれは分からない。
ここまでの間、そんな己であるから、なるべく優しくしようと思っていた。思ってきた。幼少時に母が没して父とともに、そして時々祖父とともに生きてきたから、家庭や夫婦というものに夢を見ていたというのもある。祖母も早くに亡くなった。祖母は、父と共に戦う人で、祓魔七環の出自の人だった。六角家だ。それで六角舞子とも特に付き合いがあった。母は、あやかし関連家としては能力は低いものの、爵位がある名家の出だった。ただ、体が弱かった。
女性がいる温かな家庭というのが、あまり礼人には分からない。だから桜子が何をすると喜ぶのか、というようなことはさっぱりわからず手探りだ。でも、守りたいと思う。
――数日が経ち、帝国椿ホテルでの披露宴の日が訪れた。礼人は根に持つ方だが、それは顔には出さない。桜子と並んで立ち、一条大佐と伯母から挨拶を受けたり、二葉中佐から挨拶を受けたりしても、表情は変えなかった。ちらりと桜子を見る。桜子も、恐れた様子を見せずに挨拶をしている。きっと、本当は怖かったのだと思う。果たして己は、彼女を守ることが出来たのか。
本日の桜子は、桜色の和服だ。金色と紅色で模様が縫い込まれている。
大広間の各地には、瑞獣の衣装の調度品が並び、立食式の会場には、ところどころに西洋風の料理が並ぶ。これは祖父の手配だ。
桜子の簪が揺れるのを見て、小柄だなと思う。自分の背が高いというのもあるが。
少しその頬が上気しているのを見て、挨拶が一つ終わったとき、礼人は近くのテーブルにあったフルートグラスを一つ手に取り、桜子に差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ふんわりと柔らかく桜子が笑った。随分と笑うようになった。この笑顔が愛おしくて、もっと笑わせたくなるし、もっと見ていたくなるし、守り、慈しみ、大切にしたいと思う。
どうしてそのように感じるようになったのか。明確な線引きは難しい。
気付いたら、じわりじわりと、弱いようで強い、そんな桜子に惹かれていく。
こくこくと葡萄ジュースを飲んでいる桜子の横で、自分は祖父が輸入したばかりのシャンパンを味わいながら、思案する。献血は当然断った。それが当然だと思った。けれど、それは大切な人を守りたかったからで、あやかしを討伐しなければ、結局のところそれは叶わない。敵対的なあやかしだけではないのは勿論だが、たとえば――『あの鬼』。前回の百鬼夜行のとき、父が瘴気を浴びたのは、百鬼夜行の夜だから凶暴なのではなく常に悪しき存在によるものだった。その存在は、知恵がある。百鬼夜行は本来あやかしが我を忘れて民を襲うが、あの鬼はそうではない。頭が回るあの鬼は、父を罠に嵌め、祓魔七環の一角を崩そうとした。百鬼夜行の最中、あの鬼はその後は姿を隠してしまい、今も行方は知れない。『幽香鬼』――瘴気を浴びる父のそばにいて、名乗りだけは確かに聞いた。
雑面をつけていて、巫女装束を纏っていた。
雑面に般若が描かれていたことを、目視した礼人はよく覚えている。
「礼人様?」
桜子の柔らかな声に、礼人は我に返る。きょとんとしている桜子と視線を合わせる。
髪や爪も、ずっとよくなった。今は、貧血には見えない。どちらも健康的で麗しい。
長い睫に縁取られた形の良い瞳を見ていると、どうしても頭を撫でてみたくなる。
「ん?」
「考え事をされていたご様子だったから……」
「ああ。そうだね、ちょっとね。桜子さんのことを考えていました」
「え?」
「ッ……なんでもありませんよ」
「……は、はい」
お互いに照れて俯いてしまう。自分の方がずっと年上なのに、いちいち照れくさくなってしまって、大人の余裕といったものは消えている自信がある。それだけ、桜子は穏やかな癒やしと胸の温もりの他に、礼人の感情を揺さぶる。多分それは、恋や愛という名前をしているのだろう。
その後も招待客に挨拶をして回る。
こうして披露宴の夜は更けていった。
軍上層部が、吸血珠を入手したいと考えるのは、分からないでもないから、そんな自分に嫌気がさす。これが第三者の話だったのならば、献血してもらったらどうですかと自分から言いかねなかった気もした。己の大切な相手にだけ、そういった辛さを課したくはないだなんて、間違っているのは自分自身ではないかとも思う。
どちらかといえば礼人は、血が凍っていると揶揄されることもあるほど、元々冷徹な人間だったと、自負している。氷酷の鬼、なんて渾名されることもある。主にそちらはあやかし討伐で容赦が無いという意味だろうが、自分に人間味があるかと言われるとそれは分からない。
ここまでの間、そんな己であるから、なるべく優しくしようと思っていた。思ってきた。幼少時に母が没して父とともに、そして時々祖父とともに生きてきたから、家庭や夫婦というものに夢を見ていたというのもある。祖母も早くに亡くなった。祖母は、父と共に戦う人で、祓魔七環の出自の人だった。六角家だ。それで六角舞子とも特に付き合いがあった。母は、あやかし関連家としては能力は低いものの、爵位がある名家の出だった。ただ、体が弱かった。
女性がいる温かな家庭というのが、あまり礼人には分からない。だから桜子が何をすると喜ぶのか、というようなことはさっぱりわからず手探りだ。でも、守りたいと思う。
――数日が経ち、帝国椿ホテルでの披露宴の日が訪れた。礼人は根に持つ方だが、それは顔には出さない。桜子と並んで立ち、一条大佐と伯母から挨拶を受けたり、二葉中佐から挨拶を受けたりしても、表情は変えなかった。ちらりと桜子を見る。桜子も、恐れた様子を見せずに挨拶をしている。きっと、本当は怖かったのだと思う。果たして己は、彼女を守ることが出来たのか。
本日の桜子は、桜色の和服だ。金色と紅色で模様が縫い込まれている。
大広間の各地には、瑞獣の衣装の調度品が並び、立食式の会場には、ところどころに西洋風の料理が並ぶ。これは祖父の手配だ。
桜子の簪が揺れるのを見て、小柄だなと思う。自分の背が高いというのもあるが。
少しその頬が上気しているのを見て、挨拶が一つ終わったとき、礼人は近くのテーブルにあったフルートグラスを一つ手に取り、桜子に差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ふんわりと柔らかく桜子が笑った。随分と笑うようになった。この笑顔が愛おしくて、もっと笑わせたくなるし、もっと見ていたくなるし、守り、慈しみ、大切にしたいと思う。
どうしてそのように感じるようになったのか。明確な線引きは難しい。
気付いたら、じわりじわりと、弱いようで強い、そんな桜子に惹かれていく。
こくこくと葡萄ジュースを飲んでいる桜子の横で、自分は祖父が輸入したばかりのシャンパンを味わいながら、思案する。献血は当然断った。それが当然だと思った。けれど、それは大切な人を守りたかったからで、あやかしを討伐しなければ、結局のところそれは叶わない。敵対的なあやかしだけではないのは勿論だが、たとえば――『あの鬼』。前回の百鬼夜行のとき、父が瘴気を浴びたのは、百鬼夜行の夜だから凶暴なのではなく常に悪しき存在によるものだった。その存在は、知恵がある。百鬼夜行は本来あやかしが我を忘れて民を襲うが、あの鬼はそうではない。頭が回るあの鬼は、父を罠に嵌め、祓魔七環の一角を崩そうとした。百鬼夜行の最中、あの鬼はその後は姿を隠してしまい、今も行方は知れない。『幽香鬼』――瘴気を浴びる父のそばにいて、名乗りだけは確かに聞いた。
雑面をつけていて、巫女装束を纏っていた。
雑面に般若が描かれていたことを、目視した礼人はよく覚えている。
「礼人様?」
桜子の柔らかな声に、礼人は我に返る。きょとんとしている桜子と視線を合わせる。
髪や爪も、ずっとよくなった。今は、貧血には見えない。どちらも健康的で麗しい。
長い睫に縁取られた形の良い瞳を見ていると、どうしても頭を撫でてみたくなる。
「ん?」
「考え事をされていたご様子だったから……」
「ああ。そうだね、ちょっとね。桜子さんのことを考えていました」
「え?」
「ッ……なんでもありませんよ」
「……は、はい」
お互いに照れて俯いてしまう。自分の方がずっと年上なのに、いちいち照れくさくなってしまって、大人の余裕といったものは消えている自信がある。それだけ、桜子は穏やかな癒やしと胸の温もりの他に、礼人の感情を揺さぶる。多分それは、恋や愛という名前をしているのだろう。
その後も招待客に挨拶をして回る。
こうして披露宴の夜は更けていった。
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