55 / 70
―― 第四章 ―― 反枕の夢
【055】腕の温もり
しおりを挟む
――あ。と。
来てくれた。強い腕の温もりに抱きしめられながら、桜子は今になって震えがきて、思わず抱きつき返した。呼吸が荒くなる。怖かった。だが。
「尋子さんとお姉様も――」
「紅子嬢は気絶させただけだよ。尋子嬢は、俺の親友が処置してる」
「そうですか」
震えながらもほっと一息ついた桜子は、それから己の肩に顎をのせた礼人を見る。
礼人は、チラリと夜市と、その向こうで堂々と椅子に座って脚を組んでいる斑目を一瞥した。斑目はニヤニヤと笑いながら、そのとき反動をつけて立ち上がると、コツコツと踵の音を響かせて、歩きはじめた。歩きながら、ワインの瓶を片手に取る。
「たしかにこれは困ったな。数が多いね。牝に感謝だ」
斑目の声が響いた瞬間、その場が騒がしくなった。桜子が礼人の肩越しに入り口の方を見ると、軍服姿の人間が大勢踏み込んできた。目を見開いた礼人も振りかえる。入り口脇の壁では、二葉中佐が指揮を出している。
混乱する人間の修道士や修道女達は、次次に拘束されていき、五桐少佐が軍刀を構えて壇上に飛び乗ってきた。礼人が息を呑む。
「五桐少佐……どうしてここに?」
「ん? まぁ……あれだな。俺達の間にも友情があったんだろ。友情に則り、加勢する」
「冗談でしょ」
礼人が目を据わらせると、五桐少佐が肩を竦めた。
「酷ぇな。そこにいる吸血鬼を仕留めるために、一条大佐が前々から逃さないようにする結界の構築燭台を環央家に依頼してたって話でな」
五桐がそう言うと、右手の壁際に走り、蝋燭を置く。左手にも軍人が置いた。
入口側の左右にも置かれている。設置が完了した瞬間、金色の光が溢れた。桜子は眩しさに目を伏せる。礼人は桜子の後頭部に触れ、己の肩に押しつけた。
六芒星が床全体から浮かび上がる。
光が収束してから礼人が斑目がいた方角を見ると、そこには――。
「いない?」
二葉中佐が上がってきてそう呟いた。礼人が一瞥すると、糸のような目をした二葉中佐は、不機嫌そうに唇に力を込めていた。五桐少佐も歩み寄ってくる。
「っ、そこの奥の天井、穴があるな。化ける方策は封じていたから、普通に足で跳んで、天井から逃げたのか。無力化する結界だけでは甘かったってことだな」
「ただの人間のような状態では、効果は確かにないね」
二葉中佐が五桐少佐の言葉に頷いた。それから二葉中佐は、じっと礼人と桜子を見た後、顔を背けた。五桐少佐が腕を組む。
「一条大佐が、『市民一人守れないで、なにが軍部だ』と、大演説を打ったから、四峰大尉は感謝しておくといいぞ」
「ええ。その通りだと。こちらとしては、上官命令ですからね」
二葉中佐が細い目で瞼を伏せる。すると五桐少佐が笑った。
「二葉中佐は、その前に『全員で行くべきでは?』と進言していたんじゃ?」
「五桐少佐。それは……確立と可能性の問題というだけですので」
そんな二人のやりとりを聞くと、礼人が小さく頷いた。
「助かりました。ありがとうございます」
「珍しく素直だな。ま、かみさんが無事でよかったな、四峰大尉。夏になったらクリームソーダを食べる権利を、お前は手に入れた」
「それは行かなくていいです」
こうして斑目は逃したが、一つの騒動が収束するかに見えたが――……桜子が呟く。
「あの、薫子さんは?」
それを聞いて、そういえばいないではないかと礼人は周囲を素早く見る。化生のものだというのは明らかだが。するとそれまで場を見守っていた夜市が、腕を組んだ。
「雑面の鬼。背格好と髪型は、遺影と同じでした」
その報告に、一同は目を瞠る。桜子は、彼らの言わんとしていることが分からなかったが、ただ一つ、礼人の腕の温もりだけは、理解出来た。
「礼人様」
「うん?」
小さく名を呼んだ桜子を、礼人が見る。目が合ったので、桜子は微笑した。
「未来は、変わりましたか?」
「……」
礼人は唇を閉じ、それから緩慢に瞬きをした。
「変わったよ。俺は、変えた。けれどそれは、みんなが助けてくれたからです。俺だけの力ではないよ。でも」
そう言うと、礼人は己の額を、桜子の額に押し当てた。
「きみを守れてよかった。それに――」
その言葉に、桜子が涙ぐみながら笑う。
「――きみが、頑張って耐えて、生きてくれたからだよ」
来てくれた。強い腕の温もりに抱きしめられながら、桜子は今になって震えがきて、思わず抱きつき返した。呼吸が荒くなる。怖かった。だが。
「尋子さんとお姉様も――」
「紅子嬢は気絶させただけだよ。尋子嬢は、俺の親友が処置してる」
「そうですか」
震えながらもほっと一息ついた桜子は、それから己の肩に顎をのせた礼人を見る。
礼人は、チラリと夜市と、その向こうで堂々と椅子に座って脚を組んでいる斑目を一瞥した。斑目はニヤニヤと笑いながら、そのとき反動をつけて立ち上がると、コツコツと踵の音を響かせて、歩きはじめた。歩きながら、ワインの瓶を片手に取る。
「たしかにこれは困ったな。数が多いね。牝に感謝だ」
斑目の声が響いた瞬間、その場が騒がしくなった。桜子が礼人の肩越しに入り口の方を見ると、軍服姿の人間が大勢踏み込んできた。目を見開いた礼人も振りかえる。入り口脇の壁では、二葉中佐が指揮を出している。
混乱する人間の修道士や修道女達は、次次に拘束されていき、五桐少佐が軍刀を構えて壇上に飛び乗ってきた。礼人が息を呑む。
「五桐少佐……どうしてここに?」
「ん? まぁ……あれだな。俺達の間にも友情があったんだろ。友情に則り、加勢する」
「冗談でしょ」
礼人が目を据わらせると、五桐少佐が肩を竦めた。
「酷ぇな。そこにいる吸血鬼を仕留めるために、一条大佐が前々から逃さないようにする結界の構築燭台を環央家に依頼してたって話でな」
五桐がそう言うと、右手の壁際に走り、蝋燭を置く。左手にも軍人が置いた。
入口側の左右にも置かれている。設置が完了した瞬間、金色の光が溢れた。桜子は眩しさに目を伏せる。礼人は桜子の後頭部に触れ、己の肩に押しつけた。
六芒星が床全体から浮かび上がる。
光が収束してから礼人が斑目がいた方角を見ると、そこには――。
「いない?」
二葉中佐が上がってきてそう呟いた。礼人が一瞥すると、糸のような目をした二葉中佐は、不機嫌そうに唇に力を込めていた。五桐少佐も歩み寄ってくる。
「っ、そこの奥の天井、穴があるな。化ける方策は封じていたから、普通に足で跳んで、天井から逃げたのか。無力化する結界だけでは甘かったってことだな」
「ただの人間のような状態では、効果は確かにないね」
二葉中佐が五桐少佐の言葉に頷いた。それから二葉中佐は、じっと礼人と桜子を見た後、顔を背けた。五桐少佐が腕を組む。
「一条大佐が、『市民一人守れないで、なにが軍部だ』と、大演説を打ったから、四峰大尉は感謝しておくといいぞ」
「ええ。その通りだと。こちらとしては、上官命令ですからね」
二葉中佐が細い目で瞼を伏せる。すると五桐少佐が笑った。
「二葉中佐は、その前に『全員で行くべきでは?』と進言していたんじゃ?」
「五桐少佐。それは……確立と可能性の問題というだけですので」
そんな二人のやりとりを聞くと、礼人が小さく頷いた。
「助かりました。ありがとうございます」
「珍しく素直だな。ま、かみさんが無事でよかったな、四峰大尉。夏になったらクリームソーダを食べる権利を、お前は手に入れた」
「それは行かなくていいです」
こうして斑目は逃したが、一つの騒動が収束するかに見えたが――……桜子が呟く。
「あの、薫子さんは?」
それを聞いて、そういえばいないではないかと礼人は周囲を素早く見る。化生のものだというのは明らかだが。するとそれまで場を見守っていた夜市が、腕を組んだ。
「雑面の鬼。背格好と髪型は、遺影と同じでした」
その報告に、一同は目を瞠る。桜子は、彼らの言わんとしていることが分からなかったが、ただ一つ、礼人の腕の温もりだけは、理解出来た。
「礼人様」
「うん?」
小さく名を呼んだ桜子を、礼人が見る。目が合ったので、桜子は微笑した。
「未来は、変わりましたか?」
「……」
礼人は唇を閉じ、それから緩慢に瞬きをした。
「変わったよ。俺は、変えた。けれどそれは、みんなが助けてくれたからです。俺だけの力ではないよ。でも」
そう言うと、礼人は己の額を、桜子の額に押し当てた。
「きみを守れてよかった。それに――」
その言葉に、桜子が涙ぐみながら笑う。
「――きみが、頑張って耐えて、生きてくれたからだよ」
24
あなたにおすすめの小説
紅蓮の鬼神と華印の乙女〜神隠しにあった穢れモノの私が、最愛に出逢うまで〜
五城楼スケ(デコスケ)
キャラ文芸
──人とあやかしたちが混在する、大正時代に似たもう一つの世界。
名家、天花寺(てんげいじ)家の娘である琴葉は14歳の頃、十日もの間行方不明になったことがあった。
発見された琴葉にその間の記憶は一切なく、そればかりか彼女の髪の毛は雪のように真っ白に変わってしまっていた。
そんな琴葉を家族や使用人たちは、人目に付かないよう屋敷の奥深くに隠し、”穢れモノ”と呼び虐げるようになった。
神隠しに遭った琴葉を穢らしいと嫌う父からは使用人より下に扱われ、義母や双子の義姉弟たちからいじめられていた琴葉が、十六歳の誕生日を迎える直前、ある転機が訪れる。
琴葉が十六歳になった時、天花寺家の遺産を琴葉が相続するように、と亡くなった母が遺言で残してくれていたのだ。
しかし、琴葉を狙う義兄と憎む義姉の策で、琴葉は絶体絶命の危機に陥ってしまう。
そんな彼女を救ったのは、どこか懐かしい気配を持つ、妖しくも美しい青年だった。
初めて会うはずの美青年は、何故か琴葉のことを知っているようで……?!
神聖な実がなる木を守護する家門に生まれながら、虐げられてきた少女、琴葉。
彼女が十六歳の誕生日を迎えた時、あやかしが、陰陽省が動き出す──。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】偽りの華は後宮に咲く〜義賊の娘は冷徹義兄と食えない暗愚皇帝に振り回される〜
降魔 鬼灯
キャラ文芸
義賊である養父を助けるため大貴族の屋敷に忍び込んだ燕燕は若き当主王蒼月に捕まる。
危うく殺されかけた燕燕だが、その顔が逃げた妹、王珠蘭に似ていることに気付いた蒼月により取引を持ちかけられる。
逃げた妹の代わりに顔だけは綺麗な暗君である皇帝の妃を決める選秀女試験に出て不合格になれば父の解放を約束するという密約を交わした。
記憶力抜群、運動神経抜群、音楽的才能壊滅の主人公が父のために無難な成績での選秀女試験不合格を勝ち取れるのか。
実は食えない性格の皇帝と冷徹だがマメな義兄蒼月に振り回され溺愛される燕燕は無事2人から解放されるのか。
後宮コメディストーリー
完結済
男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~
百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!?
「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」
総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも!
そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる