あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第四章 ―― 反枕の夢

【054】悪夢で視た未来 ※礼人

 ――夜野男爵邸は、古き良き和風建築という様相だった。
 礼人は腰の軍刀と、銃をそれぞれ見る。
 軍刀には、環央家から提供を受けたあやかしにのみ効果を発する毒を放つ水晶の粉が鏤められている。銃には、銀の弾丸とその中に、やはり同じ粉が入っている。ただ刀身と弾丸の部分は、人間相手にも殺傷能力を持つ。

 戸を開けて中へと入る。特別あやかしや結界の気配はない。
 いつでも軍刀も銃も抜けるようにしてある。
 それは夜市も同じだ。いいや、夜市の方はすでに銃を抜いている。
 中の様子を窺い、二人が人の気配がする居間の中をちらりと見ると、遺影を見ながらぼんやりと日本酒の瓶を握っている中年の男の姿があった。

「夜野男爵ですか?」

 挨拶もそこそこに礼人が声をかけると、男は虚ろな瞳を向けた。

「あなたがたは?」
「人を探しています」

 礼人は己の身元は名乗らなかった。ただ遺影を見て、眉を顰めていた。
 そこには薫子が映っていたからである。

「そちらのご遺影は?」
「ああ……私の養女だった娘なのですが、五年前に亡くなり……でも、四年前に帰ってきて……」

 それを聞いて、礼人は息を呑む。夜市は眉間に皺を刻んでいる。
 四年前というのは、黒椿女学院の学年を考えると、桜子と同じ代だ。
 ――帰ってきた? いいや、違うだろう。あやかしが成り代わったのだろう。

「今はどこに?」
「まだ今日は帰っておりませんが」

 ぐいっと男爵が酒を呷る。目が虚ろなのは、酒のせいではない様子だ。

「行こう」

 礼人が小声で言うと、夜市が頷いた。
 こうして二人で裏手に回ると、確かに廃教会があった。三角屋根のてっぺんには、風見鶏が見える。だが、それを見て、礼人は目を眇めた。ただの鳥ではない。足が一本、首が五本ある。あれは、正月にお守りに混じっていた模様にも描かれていたあやかしの図版だ。そして、『幽香鬼』の雑面の意匠と同一だ。

 今度こそ銃を手に取り、銃把を握って礼人は廃教会の入り口に立つ。
 夜市も同様だ。
 二人で音を立てぬように中へと入り、地下へと降りる石段があるのを確認する。視線を合わせて頷いてから、素早く降りていくと、声が聞こえてきた。

「そして祈るの。あやかしが統べる新たなる世界で」

 高らかに宣言したその声音に、礼人は聞き覚えがあった。中を見れば、やはりそこには紅子の姿があり、そして――壇上で手首を拘束されている桜子の姿があった。すぐにでも走り出しそうになるが、礼人はぐっと堪えて銃把を握る。中には、修道士がひしめいている。修道女も多い。まずその人混みをぬわなければならず、ここで混乱を生めば、壇上にたどり着く前に、桜子に危害を加えられる可能性がある。ちらりと向かって左手を見れば、斑目の姿がある。そして、仇敵といえる雑面姿の鬼の姿も。冷静にならなければ。

「夜市」
「どうする?」
「式神を鴉に見せる要領で、服を修道服に偽装してほしいんだけど」
「それはいい案だ」

 頷いた夜市が、懐から紙を取り出す。すると二人の服装が、修道服に視認できるものへと見た目だけ変化した。

「行こう、夜市」
「おう」

 頷き合って、二人は人混みの中をぬうように進む。自然と左右に分かれた。桜子に迫る敵が左右にいたからだ。本当ならば、吸血鬼や鬼を優先して排除すべきなのかもしれない。だが、礼人は桜子を救出することを優先的に考えていた。それを夜市も分かっている様子だ。二人が近づく。桜子に硫酸がかかる度に、礼人が苦悶の表情を浮かべる。

 夢の中で。
 礼人は顔を硫酸で焼かれ溶かされた桜子が、胸を貫かれる姿を視た。
 現実になろうとしている。だが、絶対にそんな未来は認めない。

 あと少し、もう少し。そして。

 尋子という少女が硫酸の瓶をぶちまけようとしたのを目視した瞬間、直前で礼人はその瓶を銃撃した。

「いやぁあっ」

 硫酸が、尋子の左腕を焼く。一気にその場が騒がしくなったとき、礼人は壇上に飛び乗って、紅子の首に手刀を叩き込み、気絶させた。夜市が尋子のそばに膝をつき――内々に配布されていた吸血珠を尋子に無理に飲ませる。尋子の腕が癒えていく。その間に、礼人は桜子の手首の拘束を取り去り、正面から桜子を抱きしめた。ギュッと、力強く。そうせずには、いられなかった。
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