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―― 第五章 ―― 百鬼夜行
【062】幽香鬼と温羅像 ※礼人
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軍刀を引き抜いたのが、もう何時間前のことなのか、礼人には分からない。
百鬼夜行の宵。
闊歩するあやかしや怪異の群。常世と幽世の狭間で、元々現世にいた存在以外も次々と姿を現す。各地であやかし対策部隊の軍人が戦っている。礼人もそうだった。まさしく氷酷の鬼と評されるに相応しい冷徹さで敵を屠っている。班を編制し、この部隊は礼人が指揮をしていた。この班には他に、舞子と夜市が加わっている。
「待避」
礼人が軍人達にそう命じたのは、ある廃神社の前でのことだった。
ぐるりと周囲を囲む林の外を取り囲むように待避した面々。残ったのは、礼人と夜市、そして舞子だ。これは三人以外がとても耐えられるような瘴気ではない場所だったためである。じゃりっと凍った砂を踏む。石造りの境内の前には、春日造に類似した屋根が目視できる。その時、中から、ぬっと巨大な石の首が出てきた。牙を剥いている――鬼。その腕の数は、左右四本ずつで九本だ。嘗ても出たあやかし、温羅像だ。出てきた背中には、やはり石の翼がついている。四つん這いで出てきた温羅像は、ゆうに十メートル以上はありそうな巨体だ。
礼人と夜市はそれぞれ軍刀を構える。舞子は呪符を手にしている。
いやな汗がたらりと垂れる。
これを、礼人は知っていた。この温羅像の口から吐き出された瘴気で、礼人の父は命を落としたからだ。
「口布は平気?」
瘴気を緩和する口布について礼人が語ると、夜市は頷き、白いマフラー型にしている舞子もまた引き上げる。
そのとき温羅像の後ろから、ゆっくりと巫女装束姿で雑面をつけた、肩で切りそろえた黒髪の、小柄な少女姿の――鬼の本体が姿を現した。薫子、と、舞子が小声で呟く。
「きみの友人ではないよ」
「わかっているわよ」
舞子が淡々と答える。
「幽香鬼」
礼人は努めて冷静に、嘗て名前を相手が名乗ったときのことを思い出す。
鬼は鬼で等しく鬼だが、鑑別には名前は適しているし、呪符に書くにもあったほうがよい。舞子がコートのポケットに手を入れた。その中には、針と呪符用の紙が入っている。指先を針で指し、名前を刻んで新しい呪符を作るのだろう。名前は共有していたが、どの鬼と遭遇するかは運だ。夜市は舞子に隙ができるのを庇うように、一歩前へと出ている。
「なに?」
「無駄な抵抗はやめたほうがいいんじゃないかな」
「それは、あなたたちでしょう?」
くっと雑面の奥で笑う気配がした。
幽香鬼が金色の扇子を広げる。そしてひらりと動かすと、威圧感を伴う強い風が三人を襲った。それを軍刀で薙ぐようにした礼人が、地を蹴る。だが、幽香鬼に到達する直前、さらに前へと出た温羅像が巨大な石の手を地面にたたきつけた。飛び退く。地面が震動した。だが、動きは速くない。
勝機はあると冷静に考える。氷酷の鬼と、礼人が賞される眼差しだった。
そのとき舞子の呪符が飛んだ。べたべたと温羅像の体に張り付く。
金棒を持っている温羅像は、呻き声のようなものをあげた。耳に嫌な音が触れる。
ひらり、またひらりと幽香鬼は扇子を動かす。
すると呪符を振り付けたまま、どしんどしんと音を響かせ、四つん這いで温羅像が動き出す。そして、一度動きを止めると、礼人達に突進してきた。今度は、動きが速くなった。飛び退いた三名に、大きな棘のついた金棒が振り下ろされる。地面に亀裂が入る。砂埃が舞う。その間も、礼人は幽香鬼を意識していた。仇敵だ。絶対に、屠らなければ。これは、軍人だから、だけではない。父の仇だ。いいや、ダメだ、その考えは間違っている。己の勝手な復讐心で、二人を危険に晒すわけにはいかない。
扇子が振られるたびに、温羅像が咆吼する。
だが操作をしているのは幽香鬼である以上、やはり要を倒さなければ。
礼人は地を蹴って飛んだ。そして温羅像の巨石の肩を蹴り、幽香鬼の前に着地する。軍刀を振り下ろすと、鉄製の扇子で受け止められ、火花が散るような音がする。
「あら、いいの?」
すると幽香鬼が歪んだ声で笑う。
「!」
意味が掴めず、礼人は一瞬動きを止めた。
百鬼夜行の宵。
闊歩するあやかしや怪異の群。常世と幽世の狭間で、元々現世にいた存在以外も次々と姿を現す。各地であやかし対策部隊の軍人が戦っている。礼人もそうだった。まさしく氷酷の鬼と評されるに相応しい冷徹さで敵を屠っている。班を編制し、この部隊は礼人が指揮をしていた。この班には他に、舞子と夜市が加わっている。
「待避」
礼人が軍人達にそう命じたのは、ある廃神社の前でのことだった。
ぐるりと周囲を囲む林の外を取り囲むように待避した面々。残ったのは、礼人と夜市、そして舞子だ。これは三人以外がとても耐えられるような瘴気ではない場所だったためである。じゃりっと凍った砂を踏む。石造りの境内の前には、春日造に類似した屋根が目視できる。その時、中から、ぬっと巨大な石の首が出てきた。牙を剥いている――鬼。その腕の数は、左右四本ずつで九本だ。嘗ても出たあやかし、温羅像だ。出てきた背中には、やはり石の翼がついている。四つん這いで出てきた温羅像は、ゆうに十メートル以上はありそうな巨体だ。
礼人と夜市はそれぞれ軍刀を構える。舞子は呪符を手にしている。
いやな汗がたらりと垂れる。
これを、礼人は知っていた。この温羅像の口から吐き出された瘴気で、礼人の父は命を落としたからだ。
「口布は平気?」
瘴気を緩和する口布について礼人が語ると、夜市は頷き、白いマフラー型にしている舞子もまた引き上げる。
そのとき温羅像の後ろから、ゆっくりと巫女装束姿で雑面をつけた、肩で切りそろえた黒髪の、小柄な少女姿の――鬼の本体が姿を現した。薫子、と、舞子が小声で呟く。
「きみの友人ではないよ」
「わかっているわよ」
舞子が淡々と答える。
「幽香鬼」
礼人は努めて冷静に、嘗て名前を相手が名乗ったときのことを思い出す。
鬼は鬼で等しく鬼だが、鑑別には名前は適しているし、呪符に書くにもあったほうがよい。舞子がコートのポケットに手を入れた。その中には、針と呪符用の紙が入っている。指先を針で指し、名前を刻んで新しい呪符を作るのだろう。名前は共有していたが、どの鬼と遭遇するかは運だ。夜市は舞子に隙ができるのを庇うように、一歩前へと出ている。
「なに?」
「無駄な抵抗はやめたほうがいいんじゃないかな」
「それは、あなたたちでしょう?」
くっと雑面の奥で笑う気配がした。
幽香鬼が金色の扇子を広げる。そしてひらりと動かすと、威圧感を伴う強い風が三人を襲った。それを軍刀で薙ぐようにした礼人が、地を蹴る。だが、幽香鬼に到達する直前、さらに前へと出た温羅像が巨大な石の手を地面にたたきつけた。飛び退く。地面が震動した。だが、動きは速くない。
勝機はあると冷静に考える。氷酷の鬼と、礼人が賞される眼差しだった。
そのとき舞子の呪符が飛んだ。べたべたと温羅像の体に張り付く。
金棒を持っている温羅像は、呻き声のようなものをあげた。耳に嫌な音が触れる。
ひらり、またひらりと幽香鬼は扇子を動かす。
すると呪符を振り付けたまま、どしんどしんと音を響かせ、四つん這いで温羅像が動き出す。そして、一度動きを止めると、礼人達に突進してきた。今度は、動きが速くなった。飛び退いた三名に、大きな棘のついた金棒が振り下ろされる。地面に亀裂が入る。砂埃が舞う。その間も、礼人は幽香鬼を意識していた。仇敵だ。絶対に、屠らなければ。これは、軍人だから、だけではない。父の仇だ。いいや、ダメだ、その考えは間違っている。己の勝手な復讐心で、二人を危険に晒すわけにはいかない。
扇子が振られるたびに、温羅像が咆吼する。
だが操作をしているのは幽香鬼である以上、やはり要を倒さなければ。
礼人は地を蹴って飛んだ。そして温羅像の巨石の肩を蹴り、幽香鬼の前に着地する。軍刀を振り下ろすと、鉄製の扇子で受け止められ、火花が散るような音がする。
「あら、いいの?」
すると幽香鬼が歪んだ声で笑う。
「!」
意味が掴めず、礼人は一瞬動きを止めた。
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