あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第五章 ―― 百鬼夜行

【063】瞬く星 ※礼人

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 そのとき、金棒の音がした。慌てて振りかえると、それが舞子に迫っていた。
 目を逸らしている余裕はない。だが、このままでは舞子は正面から金棒を受ける。だがここから飛んでも間に合わない。

 ごきり、と、嫌な音がした。
 目を閉じそうになったが睨み付けるように、礼人は見ていた。夜市が正面から舞子を抱きしめるようにして庇い、露骨に背中に金棒を受けた音だ。背骨が軋んだ音だ。骨が折れる音がした。熱い、体が熱い。このままでは、死んでしまう。だが、吸血珠はない。もう消費しきっていた。そもそも礼人は、天羽家や黒薔薇修道会から奪った桜子の血を使った吸血珠を用いることに否定的だった。それでも、親友が倒れるのは――と、怒りに駆られて一瞬油断したのが悪かった。扇子が振られ、生み出された風が、礼人の口布を切り裂いた。

「っく」

 一気に瘴気を吸い込んだ礼人は、慌てて布を片手で引き上げる。
 夢で視たとおりだった。己が死ぬ、未来だ。
 ――だが、今すべきことは、これ以上被害を生まないように幽香鬼を倒すことだ。礼人の口布を切ったことで、今度は幽香鬼が油断していたらしい。振り返りざまに、礼人は一刀両断した。巫女装束が青い血で染まり、斜めになった上半身が上に飛び、下半身は地に落ちるにつれ溶けるように消えていく。

「やってくれたわね。でも、私一人倒したからと言って、世界には大勢の賛同者がいるのだから。それに? 温羅像は私の手を離れても、皆殺しにするまで動き続けるの。石肉おんらぞうが倒されない限りね」

 そう言うと飛んだ首もまた、すっと溶けた。

「っ、は」

 息が苦しい。肺が痛む。だがそれには構わず、礼人は温羅像を一瞥して睨み付けてから、舞子と夜市のところに走り寄った。舞子は夜市を抱きとめて震えている。屈んだ礼人は、夜市にまだ息があることを確認する。

「六角、ここからだと俺の家が近い。お祖父様が貿易で購入した西洋のあやかし関連の傷に効くという話の注射が、俺の書斎の抽斗に入っているから、すぐに俺の家へ。主治医にしばらく在駐してもらうように頼んであるから、注射のやり方は任せて大丈夫。まったくお祖父様も相手が明らかに危険なあやかしでも取引するのは困りものだけど」
「あ……」
「落ち着いて。助かるものも助からなくなる。きみの呪符で式神を呼び出して、乗せていけばいい。非常事態だ。式神を実体化させて帝都の道路を走ったからって、怒る誰かなんていないよ」

 礼人は努めて冷静に伝えた。するとわずかに冷静さを取り戻した様子の舞子が頷く。

「礼人様はどうするの?」
「まだ、そこに大きな大きな木偶でくぼうが残っているからね」
「お一人で?」
「『鬼』の妖力は、石像には残存程度だよ。すぐに俺も邸に戻る。行って」

 安心させるように、珍しく礼人は、桜子の前以外であるが微笑した。それに何度か瞬きをしてから、大きく舞子が頷いた。己の末路を脳裏から振り払いつつ。

 舞子が夜市を連れていくのを見送ってから、舞子の呪符で足止めされている温羅像を見る。ぐっと軍刀を構え、一度振って血を落としてから、礼人は温羅像を睨めつける。その間も、肺が痛んだ。けれどそれ以上の怒りが強い。

「……よくも」

 ぽつりと呟く。
 もう何も、奪わせたくはないというのに。桜子の顔が脳裏を過る。彼女が幸せに過ごせる帝都を作りたい。国を、世界を。

 礼人は地を蹴り飛ぶ。
 そして、跳躍してから角のある温羅像の頭部をめがけて、軍銃の引き金を引いた。
 それを数度繰り替えし、顔が陥没しはじめたところで、軍刀で石の首を刎ねる。
 するとずどんと重い音が響き、砂埃を立てて、巨石の頭部が落ちる。

 一度着地してから、礼人は露出した首の下に、紅玉が煌めいているのを見る。これが操られる、そして動く核だと判断し、軍刀をそれに突き刺した。

 するとバリンと音がして、温羅像の体がひび割れ、砕け散る。
 あとには――静寂だけが残った。
 礼人が咳き込むと、布が濡れ、覆った掌には血が付着した。だが、まだやるべきことはある。周囲に待避している軍人達に、一度軍部に戻るように、今後の指揮者は一条大佐に仰ぐように伝えたり、それに幽香鬼と温羅像の討伐に成功したことも伝えなければ。

「ああは言っていたけれど、幽香鬼が百鬼夜行を人工的……人じゃないけど、とにかく誘発させていたのは分かっているんだ。幽香鬼がいなくなれば、対話の道だってあるかもしれない」

 そう零した礼人は、口布を下ろして口を手の甲で拭いてから、空を仰いだ。
 星が、瞬いていた。
 ――これが、事実上の百鬼夜行の収束だった。これを境に、各地のあやかし達は、我を取り戻す。


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