ヒロイン？ 玉の輿？ 興味ありませんわ！ お嬢様はお仕事がしたい様です。

第一章

新しい友達

    それは冬の寒さがようやく緩み、春の兆しが見え始めた頃の事だった。

    「お嬢様。一月後、我が家にお客様がいらっしゃいます」
    「それは……随分と珍しい事もあるものね？    お父様達すら帰って来ない辺境のど田舎領地に、伯爵令嬢の私がお出迎しなくてはならないお客様なんて……。それで、そのお客様はどれ程の間ご滞在されるのかしら？」
   「それが……まだはっきりお決まりではないようで……。ですが、ある程度長期でのご滞在になるのは確かかと」

    それはまた。珍しいどころか初耳レベルのお客様だ。本当に、誰が何の目的でやって来るのか。何度も尋ねてみたけど、教えて貰えない。

    ……が。その知らせがあってから丸々一ヶ月、普段よりもダンスやマナー等といった令嬢教育の授業が増えた。……どうやら商談がしたい商人や田舎で療養したい病人という訳でもないらしい。

    「私の名はノア、ノア=ヴァンフォーレ=スカーレット。――しばらく世話になる、よろしく頼む」
    で、実際にやって来たその彼は船から降りてまず始めに名を名乗った。

    ファーストネームに聞き覚えはないが、ファミリーネームの方は知っていた。……と言うか、この国の国民であれば乳幼児か痴呆の老人でもなければ皆知っている名前だ。

    「お、王族……！」

    この国でファミリーネームを持つのは貴族の証であり、またミドルネームを持つのは王族のみ。そしてそのミドルネームには母方のファミリーネームが使われる。
    ヴァンフォーレと言えば、この国でも有力貴族――確か公爵家だったはずだ。

    ……そんな血統書付きのサラブレッドが何故こんな辺境に？

    何しろ、金髪碧眼のお伽噺の王子様そのものの色彩を持っていて、艶やかな光輝く長髪を後ろで編んでシンプルなリボンで括り、服装こそ旅装できらびやかな衣装でないものの、セレブらしい空気を自然とまとってらっしゃる。
    伯爵令嬢なんて名ばかりで、殆んど地元の子供と変わらない私とはえらい違いである。

    ……にしても。王子様をお迎えするのに私の様な小娘一人で良かったんだろうか？
    いつも居ない両親も、王子が来るとなれば流石に島に戻って来そうなものだけど。

    「そんなに畏まる必要はないよ。僕は存在しない王子だからね」
    記憶にあるうちでは初めて一人ではない夕食の席で、ノアは寂しそうに笑った。

    「王宮で暮らしていると、いつ殺されるか分からないから、匿って貰いに来たんだよ」

    ……詳しい事情は分からないけど、普通に接して欲しいと頼まれたから、私は早速翌日一緒に船に連れて行った。

   「おい、誰だよこいつ」
   「お客さんだよ、王子様」
   「はぁ!?」
   「いーからいーから。一緒にご飯食べよ！」

    今日の朝食は……おおっ、鯛(っぽい魚)のお茶漬けだね！

    「何これ、こんなの食べた事なかったけど……美味しい！」
    そうでしょ、そうでしょ！
    子供には王宮の宮廷料理より素材の味を素直に生かしたこういうご飯のが美味しいのさ！

   何かアクアが呆れた顔してるけど気にしないからね！