私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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ランドリックという騎士

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 ランドリック・ゼンゲンは、王国騎士団、空翔馬部隊の若手として活躍したのち、未来の騎士総長と見込まれて上級騎士となり経験を積み、先年、騎士団本部付き参謀官となった。今は子爵を名乗るが、いずれは侯爵家を継ぐことも決まっている。
 今年28歳、見目麗しい外見は年とともに色気を纏い、洗練された物腰は余裕ありげなものとなり、鍛えられた身体は若いころと変わらず引き締まっている。
 いまだに、年若い令嬢から年上の貴婦人まで幅広い層に大人気で、縁談も秋波も途切れることはない。男性陣からは早く身を固めてほしいと突かれるそうで、放っておいてくれればいいのにと本人はよくぼやいている。

 そのランドリックとの婚姻を持ちかけられたジョゼット・オスワランは、行儀見習いとして侯爵家に滞在している、侯爵家の分家に当たる子爵家の娘だ。
 ゼンゲン侯爵も言及した通り、身元を引き受けている娘を自家の子息と結びつけるのは、不行状を連想させて、かなり体裁が悪い話だ。
 本来はジョゼットも、ランドリックと接点などないまま、ふさわしい相手を紹介してもらって侯爵家から嫁いでいたはずなのだが。




「私たちの手に負えなかったことを押し付けて、貴方は期待以上のことをしてくれたのに、さらに勝手に夢を見てしまったようね。申し訳なかったわ」

 侯爵夫人は真摯に謝罪をくれたが、いかにも残念という息をついた。

「貴方には感謝しているの。夫と同じで貴方の意志を尊重します。だから、これは老人の戯言だと思って欲しいのだけど。……貴族の結婚に、愛は必ずしも必要ではなくってよ。好意で十分、誠実であれば理想的。長く一緒にいれば、愛情は生まれるわ」

「……はい、わかっております」

 ジョゼットはしおらしく返事をしたが、意志は変わらないのはお見通しだったらしい。夫人はもう一つため息をつく代わりに、ぐっと背筋を伸ばして扇を片手に打ちつけた。

「私の繰り言はこれでおしまいにしましょう。私のわがままに付き合わせるのだもの。その結果を見て、それで私も諦めるわ」

 そう言いながら、夫人の目は希望を失っていないように見える。
 侯爵家を切り盛りする夫人は、常に侯爵を立てて、表にはあまり出ないが、決断力と根気がある。つまり、一度決めたことは容易には曲げない。

 侯爵の執務室を辞したジョゼットを追いかけるように現れた夫人は、本当に断る前に一度だけ試して欲しいことがあると、ジョゼットの協力を求めてきた。
 侯爵家預かりの身としては、夫人は母も同然だ。
 ジョゼットから見た夫人は、女性ながら様々な侯爵家の事業に関わる眩しい存在でもある。しかもドレスを譲られたり、たびたび内輪のお茶会に招いてもらったりと、とても良くしてもらってきた。

「ランドリックに、会いに行きましょう。本当に貴方のことを女性として見ていないのか、確かめましょう」

「……はい」

 断る選択肢は、ない。
 どう確かめるのかはわからないが、ジョゼット自身のためにも、はっきりしていいかもしれない。
 ジョゼットは促されるままに馬車に乗った。






「あら、あれランドリックじゃない? あの子、本当に実働が好きなのね。城まで行かなくて済んでよかったわ」

 侯爵夫人の呟きに馬車の外を見ると、ちょうど都で一番大きな公園の前に、数人の騎士が額を寄せ合っていた。
 うちの一人の騎士服と肩章の色が違う。細身の体格は騎士たちの中にあっては目立つわけではないが、ジョゼットの目にも、その後ろ姿は他とは違って見えた。

 夫人の意図を受けて、同乗していた侍女が馬車を止めさせた。
 侯爵家で一番大きな馬車には、夫人と、夫人の友人と言ってもよい侍女がひとり、本当のご友人が二人、そしてジョゼットの、合わせて五人が乗っている。
 ランドリックに会いに行くだけではつまらないからと、順に友人の家を周り、今ようやく城に向かって走っているところだったのだ。
 ゆるゆると止まった馬車にランドリックはすぐに気がつき、他の騎士に断って近づいてきた。

 纏めた淡い金の髪が風に流れる。明るい緑の目。騎士服が引き立てる、鍛えられた牡鹿のような体躯。見慣れている者でも、目を奪われてしまう存在感。
 小さな窓からも眩く感じる青年に、ジョゼットもまた皆と一緒に魅入られているうちに。
 馬車の扉を侍従が開ける時には、ランドリックはすでにそこに立っていた。
 最初に夫人、続いてわらわらと降りる貴婦人たちを、手袋を嵌めた手で優雅にエスコートする。
 その所作も、微笑みも、それを照らす陽の光も、完璧に計算された絵画のようだ。
 歴戦の貴婦人方も、頬が緩んでいる。
 見目麗しい騎士の効果は凄まじい。

 ところが。唇の端に僅かに乗っているだけだった笑みが、最後にジョゼットが顔を覗かせると、弾けるように顔中に広がった。

「ジョゼ! 母上に付き合ってくれてるのか?」
「……はい、お誘いいただいて」
「そう」

 ランドリックの弾んだ声に、遠くの騎士たちが振り返った。さざめいていた貴婦人たちも、ひたりと静まり返る。
 公園前の広い馬車寄せには他にもそれなりの人がいて、ざわめいていたはずなのに。
 急に誰もが、時間が止まったようになった。
 皆がランドリックに注目する中で、侯爵夫人の視線だけが、ジョゼットの肌を焼く気がした。

 これは、違う。そう言ってまわりたくなったが。
 慌ててはいけない、とジョゼットはランドリックに微笑み返した。
 そしてその唇の間から、二人にしか聞こえない声をそっと出す。

「ランドリック様、公の場ですので今は」
「わかってる、今はマナー通りが正解だ」

 そう言ったそばから。
 一瞬、緑の目を悪戯げに輝かせて、ランドリックは無遠慮に手を伸ばし、ジョゼットの細い腰を掴むと、ふわりと弧を描くように移動させて地面に下ろした。

「ランドリック様!」
「エスコートのひとつだよ?」
「嘘ですっ。笑ってるもの」

 周囲の視線は、いまやジョゼットにも、痛いほど注がれていた。
 まさか、女性のエスコートにかけては完璧なランドリックが、こんな戯れをするとは。
 噂が怖いことを知っているはずなのに。あるいは、ジョゼットとなら噂など立たないと思っているのだろうか。
 二人の間に男女らしいことの気配すらなければ、周囲から見てもそう・・だと、単純に考えているかもしれない。

 こうして侯爵家の外でランドリックと会うのは初めてだ。けれど、そういった想定はしておくべきだった。
 今、ランドリックがジョゼットと適切な距離を保ってないのは、自分が至らないからだ。
 ジョゼットは目の前が暗くなる心地だった。

 ランドリックはその様子に、少し考えるように首を傾げた。
 憂うように伏せられた睫毛の影が、頬に落ちた。

「ジョゼ、疲れてる? 顔色が少しよくない」

 たしかに、すでに一時間ほど馬車に揺られて、ジョゼットは少し酔っていた。
 けれど、今ジョゼットが青ざめているのは、ランドリックが一番の原因だ。

「ランドリック、ジョゼットを困らせてはいないでしょうね? 貴方がそんな風に女性を扱うのを見て、皆さんも驚いてるわ」

 夫人が、至極真っ当な注意を装って、ランドリックを誘導しようとした。
 ランドリックがジョゼットを特別な女性としてこの場で紹介すれば、さきほどのジョゼットの拒絶など、無かったことになるだろう。
 ひやり、とした。
 やはり侯爵夫人は諦めていなかったのだ。

 しかし、ランドリックはこれをさっぱりと否定した。

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