私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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すべてを教えてと、駄犬が言う

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「……執着、というより」

「いうより」

「恋、情に近いかもしれません」

「俺が、君に、恋情を抱いていると?」

 きょとんとされると、急に恥ずかしくなって、ジョゼは顔を伏せた。
 だが、いつの間にか大きな片手にひとまとめに拘束された自分の両手をゆっくり眺める間もなく、もう一つ伸びてきた手に顔を引き起こされた。
 
「顔を伏せるのは、自信がないか恥ずかしいか嫌な時だよね。顔が赤いし、目が潤んでる。ということは、恥ずかしいのかな。どうして恥ずかしいの? 俺は、俺の気持ちに名前がつくのが嬉しい」

 ちゅっと音がして、ジョゼットは一瞬遅れて、自分が口付けられたことに気がついた。

「俺は自分の感情にすら自信を持てない。人の気持ちを少しはわかるようになりたいと努力しているけれど、きっと死ぬまで確信を持つことはできないと思う。そんな足りない自分を卑下したこともあったし、悪意に苦しんだ時期もあった。けれど、君が認めてくれたから。できないことがあるのは仕方ないって。だから、吹っ切れた」

 人の心がわからないことは、悪ではない。
 わかっていて、わからないふりをする。わかっていて、あえて間違ったことを選ぶ。そちらの方が、悪質だ。
 貴族としては、損な性質でも。
 ランドリックは、悪くはない。
 ジョゼットは最初からずっと、そう思っている。

 指が、頬を撫でる。目元を辿って、まつ毛をくすぐり、鼻筋から小鼻をなぞって、唇をつついた。

「どんな小説も、心理学の本も、解説も、何もかも難解で苦痛で読めなかったのに。君に心を紐解いてもらうのを聞くのが楽しみになった。わからなくても、苦しく思わなくて良くなったから。君が解いてくれる人の心は、善性ばかりでもなく生々しいけれど活き活きとしてる。不可解な人間が多かった世界が、君のおかげでずっと身近になった。誰でも同じじゃない。俺は君を、失えない。俺は、だからかなり前から、君を大事にして、俺の全てを君に明け渡そうと思ってきた」

 また、ちゅっと音がした。
 ジョゼットは、ランドリックの言葉に集中したくて、待ってと言おうとしたのに。ランドリックの指がすかさず唇を押さえて、何の動きも許さない。

「けど、今やっとわかった。どうやら俺は、君にも、俺に全てを明け渡して欲しいと思っているようだ。拒否なんて、してほしくない。これが、恋情なんだな?」

 わからない。
 そんな煮詰めたような重たい気持ちは、ジョゼットには未知のもので。
 それでも、灼けるような眼差しが、ジョゼットを頷かせた。
 ランドリックの整った顔が、笑みに少し崩れる。

「君は? 君は俺に恋してくれているだろうか? あの日の口づけは君からだった。男女が簡単に超えてはいけない最低限の距離があると、俺は君から習ったのに、君は軽やかに超えて来た」

「その通りです。ですが」

 一瞬緩められた指が、ふたたび唇をむにと押して、言葉を塞いだ。
 今ばかりは、先回りはしてほしくないらしい。
 今ばかりは、ジョゼットはそれを満ち足りた思いで受け入れた。

「その通りなら、君は俺に恋している。晴れて両想いというやつだ」

 唇から指が離れ、代わりに柔らかく啄まれた。
 けれどまだ、両手は拘束されたままだ。

「……なのに君は他の男のところへ行くと言った。なぜ? それにも何か理由かしきたりかマナーがあるの? 俺には、まったくわからない」

 途方に暮れた眉。
 本当にわからないのだ。彼の中には、そんな選択肢がないのだから。
 きっと彼にとっては、お互いに想いがあれば、何の問題もないか、あっても乗り越えるというのが唯一納得できる未来なのだ。
 身分の差も、周囲の視線も、どんなに大きく見える障害も、見えていないだけかもしれない。
 けれど、二人が思い合っているという、なにより大切なことをランドリックは見失わない。
 四年の付き合いで、ジョゼットはそんなことも分かるようになった。

「ごめんなさい。ランドリック様が、私に恋をしてくれているなんて、知らなかったから」

「それは、俺も。でも今はもう知ってるよね?」

「そう、ですね……」

「じゃあ、もうどこかへ行こうとは思わないね? それとも、何かある? どうすれば、安心して俺の側にいてくれる?」

 ジョゼットなら、どうすればいいか教えてくれる。
 そう信じて疑わない目で、ランドリックが迫ってくる。

「ずっと、君の反応を見逃さないように見てきたんだ。君の花の好みも、好きな味も、足が冷えやすいことも、もうわかってる」

 いつの間にかジョゼットにとって最高に居心地の良い場所になった執務室。その理由を初めて知った。

「だから自信がある。君は何かあると思ってる。君が安心して俺の側にずっといる方法が。……そうだよね? 何? 言ってみて」

 この土壇場で。
 人の気持ちを察することが致命的に苦手なランドリックが、ジョゼットのことだけは分かると言う。いつも真剣に見ていたからわかる、と。
 興味がない相手をつぶさに観察するのには、いつも疲弊していたくせに。

 わかってない。
 そんなことを軽々しく言って、どんな影響があるか、まるでわかってない。
 食い入るように見つめられながら、ジョゼットの息は水の中にいるように浅くなる。
 逃げ出したいような。
 逆にその胸に飛び込みたいような。
 とにかくいてもたってもいられない心地。
 このままではすべて暴かれると、直感でそう思った。

「あの、私も恥ずかしいので、何でも言わせようとしないで……」

 辿々しいジョゼットの懇願は、無理だね、とばっさりと断られた。
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