私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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忠犬か、駄犬か

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 すげなく却下しておきながら、ランドリックはきりりと鋭い顔をしていた。

「俺が、君の気持ちがわからないばっかりに君を傷つけてしまうのは、嫌だから」

「嫌な時は、嫌って言いますから」

「してほしいことも、言ってほしい」

 ランドリック以外の男性に言われたら、ちょっとは自分で考えてよと言いたくなるかもしれない言葉。
 けれどジョゼットは、彼が努力を放棄しないことを知っている。それでもどうしても、どうにもならないことを、切に請われているのだ。
 どうして、断れようか。

「……はい」
「どうしたら、一緒にいられる?」
「……婚姻を、しましょう」

 ジョゼットの小さな声に、緑の目が幾度か瞬いて、明るさを取り戻した。

「いいの? ジョゼットは、嫌なのかと思ってた」
「嫌ではなかったです。むしろ、嬉しかったですけど」
「俺の気持ちがわからなかったから?」
「確かめもせず、ごめんなさい」
「いいんだ。でもそれなら、すぐに婚姻しよう。いますぐ、王城に届けを」
「まず侯爵様です!」

 まるで跳ねまわる犬の首根っこを掴む気持ちで、ランドリックの言葉に被せた。

「どうせ反対されないのに、必要?」
「必要です」

 一瞬口を尖らせたランドリックは、ジョゼが言うならと頷いて、ようやく両手を解放してくれた。代わりに、するりと腰に手が回った。
 腰全体に手が当たって、しかも遠慮なくランドリックに引き寄せられるので、ジョゼットは落ち着かない。

「ああ、気持ちが空に浮かんでいるみたいで、ちょっと今はマナーも思い出せないな。他に先に手配できること、あるかな。ああ、ジョゼの部屋を俺の続き部屋に」
「え、えええ! 待って早すぎます! 婚前は部屋が近すぎるのは問題です」
「だめなの? まさか、一緒に寝るのも?」
「だ、だめ! 当然でしょ!」

 一瞬萎れたランドリックが、すぐさま復活する。
 ジョゼに叱られるのは気持ちいいな、なんて言う。へこたれない。

「じゃあこれは、きっとダメじゃないと思う。実はずっとお願いしたかったんだ。まず、敬語はなしだ。俺のことは名前で呼ぶ」
「……ええ、ランドリック」
「あと、キスは婚前だってしていいよね。もう既にしたしね。どう?」

 ジョゼットは言葉を失った。
 ランドリックは、行儀よく、待ての状態でじっと覗き込んでくる。
 その距離が、さっきより近い。もう、鼻が触れそうだ。
 いやそもそも、さきほどからずっと、ジョゼットはランドリックの腕の中にいるのだが。

「言って、ジョゼ。俺に。キスしていいよって」

 いいよと言えば、すぐに口づけが降ってくるだろう。それが予想できすぎて、ジョゼットは声が出せない。

 そのうち、待てを続けていたランドリックが眉を下げて、やっぱり嫌かな、と尋ねてきた。
 本当に心底その可能性を心配しているからか、ジョゼットの心はわかると自信満々に言いきった通り、見透かした問いかけなのか、ジョゼットは混乱した。
 いや、ランドリックが心にもない不安を口にすることはないだろう。
 だとしたら、やっぱりジョゼットは本心を答えるしかないのだ。

「い、嫌じゃないわ、それは本当」
「じゃあ、今からしていい? 俺はしたい」

 自分でもありったけの勇気を振り絞って承諾したつもりだったのに、もう一段階あったとは。
 ジョゼットはもう足が萎えてしまって、自分を囲う、しなやかなのに揺るぎない腕にふにゃりと凭れかかった。
 ここまで全てを預けているのに、ランドリックは一心に、ただ健気に、答えを待っている。
 まるで忠犬の顔をして。

 いい、と答えればいいのだろう。頷くだけでも答えになるだろう。
 けれどそれだと、ランドリックだけがしたくて、ジョゼットが許可だけするかのようだ。
 ジョゼットは、やっぱりジョゼットだった。
 こんな時でも、先回りして、小難しく考えて。
 そして、真っ赤な頬とへにゃりと垂れた眉で、上目遣いに、けれどはっきりと言った。

「……私も、したいです。キス」

 ふにゃふにゃ力が抜けた舌で、言い切れたかどうか、ジョゼットにはわからなかった。
 言うや否やの早さで、ランドリックに唇を塞がれたから。
 何度も重ねては、ひっついた唇がふつりと分かれる感触を楽しむように離れる。
 それから、ランドリックはジョゼットの頭に、ぐりぐりと擦り寄った。

「うっわ、嬉しい」

 吐息だけが、耳に触れる。
 と思うとまたキスをされて、唇が触れたまま囁かれた。

「ね、もう少しだけ、深くキスしていい? どこまでなら、許してくれる? 教えて?」

 四年一緒に過ごしたジョゼットでも、知らないことがある。
 ランドリックは、待てがとても上手だ。
 どうしてもジョゼットを失いたくないランドリックは、鋼の理性で、毎回、ひとつひとつ、丁寧に、言葉による許可を求めてくることになる。
 それだけは許しを得たとばかりに啄むキスを繰り返しながら、じっと待てをする。

 それは一見して忠犬のようで。
 実際は泣かせるまで羞恥心を煽る、ジョゼット専用の駄犬であることを。
 ジョゼットはこれから、ゆっくり知っていくことになる。

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