11 / 22
すべてを教えてと、駄犬が言う
しおりを挟む「……執着、というより」
「いうより」
「恋、情に近いかもしれません」
「俺が、君に、恋情を抱いていると?」
きょとんとされると、急に恥ずかしくなって、ジョゼは顔を伏せた。
だが、いつの間にか大きな片手にひとまとめに拘束された自分の両手をゆっくり眺める間もなく、もう一つ伸びてきた手に顔を引き起こされた。
「顔を伏せるのは、自信がないか恥ずかしいか嫌な時だよね。顔が赤いし、目が潤んでる。ということは、恥ずかしいのかな。どうして恥ずかしいの? 俺は、俺の気持ちに名前がつくのが嬉しい」
ちゅっと音がして、ジョゼットは一瞬遅れて、自分が口付けられたことに気がついた。
「俺は自分の感情にすら自信を持てない。人の気持ちを少しはわかるようになりたいと努力しているけれど、きっと死ぬまで確信を持つことはできないと思う。そんな足りない自分を卑下したこともあったし、悪意に苦しんだ時期もあった。けれど、君が認めてくれたから。できないことがあるのは仕方ないって。だから、吹っ切れた」
人の心がわからないことは、悪ではない。
わかっていて、わからないふりをする。わかっていて、あえて間違ったことを選ぶ。そちらの方が、悪質だ。
貴族としては、損な性質でも。
ランドリックは、悪くはない。
ジョゼットは最初からずっと、そう思っている。
指が、頬を撫でる。目元を辿って、まつ毛をくすぐり、鼻筋から小鼻をなぞって、唇をつついた。
「どんな小説も、心理学の本も、解説も、何もかも難解で苦痛で読めなかったのに。君に心を紐解いてもらうのを聞くのが楽しみになった。わからなくても、苦しく思わなくて良くなったから。君が解いてくれる人の心は、善性ばかりでもなく生々しいけれど活き活きとしてる。不可解な人間が多かった世界が、君のおかげでずっと身近になった。誰でも同じじゃない。俺は君を、失えない。俺は、だからかなり前から、君を大事にして、俺の全てを君に明け渡そうと思ってきた」
また、ちゅっと音がした。
ジョゼットは、ランドリックの言葉に集中したくて、待ってと言おうとしたのに。ランドリックの指がすかさず唇を押さえて、何の動きも許さない。
「けど、今やっとわかった。どうやら俺は、君にも、俺に全てを明け渡して欲しいと思っているようだ。拒否なんて、してほしくない。これが、恋情なんだな?」
わからない。
そんな煮詰めたような重たい気持ちは、ジョゼットには未知のもので。
それでも、灼けるような眼差しが、ジョゼットを頷かせた。
ランドリックの整った顔が、笑みに少し崩れる。
「君は? 君は俺に恋してくれているだろうか? あの日の口づけは君からだった。男女が簡単に超えてはいけない最低限の距離があると、俺は君から習ったのに、君は軽やかに超えて来た」
「その通りです。ですが」
一瞬緩められた指が、ふたたび唇をむにと押して、言葉を塞いだ。
今ばかりは、先回りはしてほしくないらしい。
今ばかりは、ジョゼットはそれを満ち足りた思いで受け入れた。
「その通りなら、君は俺に恋している。晴れて両想いというやつだ」
唇から指が離れ、代わりに柔らかく啄まれた。
けれどまだ、両手は拘束されたままだ。
「……なのに君は他の男のところへ行くと言った。なぜ? それにも何か理由かしきたりかマナーがあるの? 俺には、まったくわからない」
途方に暮れた眉。
本当にわからないのだ。彼の中には、そんな選択肢がないのだから。
きっと彼にとっては、お互いに想いがあれば、何の問題もないか、あっても乗り越えるというのが唯一納得できる未来なのだ。
身分の差も、周囲の視線も、どんなに大きく見える障害も、見えていないだけかもしれない。
けれど、二人が思い合っているという、なにより大切なことをランドリックは見失わない。
四年の付き合いで、ジョゼットはそんなことも分かるようになった。
「ごめんなさい。ランドリック様が、私に恋をしてくれているなんて、知らなかったから」
「それは、俺も。でも今はもう知ってるよね?」
「そう、ですね……」
「じゃあ、もうどこかへ行こうとは思わないね? それとも、何かある? どうすれば、安心して俺の側にいてくれる?」
ジョゼットなら、どうすればいいか教えてくれる。
そう信じて疑わない目で、ランドリックが迫ってくる。
「ずっと、君の反応を見逃さないように見てきたんだ。君の花の好みも、好きな味も、足が冷えやすいことも、もうわかってる」
いつの間にかジョゼットにとって最高に居心地の良い場所になった執務室。その理由を初めて知った。
「だから自信がある。君は何かあると思ってる。君が安心して俺の側にずっといる方法が。……そうだよね? 何? 言ってみて」
この土壇場で。
人の気持ちを察することが致命的に苦手なランドリックが、ジョゼットのことだけは分かると言う。いつも真剣に見ていたからわかる、と。
興味がない相手をつぶさに観察するのには、いつも疲弊していたくせに。
わかってない。
そんなことを軽々しく言って、どんな影響があるか、まるでわかってない。
食い入るように見つめられながら、ジョゼットの息は水の中にいるように浅くなる。
逃げ出したいような。
逆にその胸に飛び込みたいような。
とにかくいてもたってもいられない心地。
このままではすべて暴かれると、直感でそう思った。
「あの、私も恥ずかしいので、何でも言わせようとしないで……」
辿々しいジョゼットの懇願は、無理だね、とばっさりと断られた。
25
あなたにおすすめの小説
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。
稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」
兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。
「取引……ですか?」
「ああ、私と結婚してほしい」
私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか……
ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。
* * * * * * * * * * * *
青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。
最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。
リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。
※ゆる〜い設定です。
※完結保証。
※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
恋詠花
舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。
そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……?
──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる