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「まず左側がボクの書斎になる。大事な資料や書類があるから、たとえ君だったとしてもあまり立ち入って欲しくはないな」
眉尻を下げる清次はさも、申し訳なさそうに言う。さっきから気を遣ってばかりの清次に疑問を抱きながらも「分かった」と頷く。
「この隣の左側が客室だ。滅多に使うことはないだろうが、用意しておくに越したことはないだろうからね」
それから振り返り、右側の扉に人差し指を向ける。
「で、これが君の部屋になる。開けてごらん」
春信は言われた通り、その部屋のドアノブを押す。部屋の中の光景が目に飛び込んできた途端、春信は呆気に取られ立ち尽くす。
十畳ほどの広さの部屋に置かれていたのは、見渡す限り天井に届きそうな本棚。そこにはぎっしりと本が収められ、部屋を囲むようにして置かれていた。さらには大きめの朱色のソファーと硝子の洋卓まで設置されている。ここでならいくらでも、読書に耽ることが出来るだろう。
「……どうして、ここまで」
春信は隣に立つ清次を仰ぎ見る。夢のような光景を前に、湧き上がるのは歓喜と疑念だった。
「当時のボクたちは頻繁に本を貸し借りしては、感想を言い合ったりしていたじゃないか。ボクにとってあの時間は、何よりも楽しい一時だったんだ」
確かにそんなこともあった。子どもながらにして難しい本を読んでいた春信にとって、同じ本を理解出来る相手はかなり貴重であり、嬉しかったのを覚えている。
「君に見せたいものがある」
清次が嬉々とした表情で部屋に足を踏み入れ、正面の棚に唯一表紙を向けていた一冊を手に取る。
「覚えているかい?」
清次が本を手に春信に近づくと、差し出した。
「……これって」
春信は受け取った本の懐かしさに、表紙を撫でる。随分読み込んだのか、表紙が掠れて角も折れ曲がっていた。
「一番最初に、君がボクに差し出した本だよ」
小学校時代に二人が初めて出逢った時に、春信が持っていたのがこの本だった。
「よく覚えてるね。さすがにどの本だったかまでは、覚えてなかったから」
本を見せた覚えはあるものの、どんな本だったかまでは、春信は記憶していなかった。
「これだけじゃないよ。ボクと君がやりとりしたものは、全て揃えてある」
清次が部屋の右手側にある本棚を見上げた。やっと金縛りが解けたように、春信は足を踏み入れる。清次の隣に並ぶと、ちょうど春信の背の高さである位置に見慣れた書物があった。
「凄い。もう手に入らないやつまである」
今では貸本屋でさえ、なかなか高価で手を出せないものまであった。立ち読みで我慢していたが、自由に読めるのは非常に心躍る事だ。
「なかなか苦心したが、なんとか伝手を辿ったんだ」
清次がその隣にあった書物を一冊引き抜く。一番最後の頁を開き、「見てごらん」と春信に向ける。
「えっ、これって……本物?」
春信が一番尊敬し、愛読していた作者の署名がそこには記されていた。
「君はいつも目を輝かせ、この作者を褒め称えていたからね。本人に頼んだんだ」
「そんな、まさか会ったってこと?」
「ああ、大学時代にボクの恩師が知り合いでね。無理を承知で頼んだんだが、繋いでくれたんだ。君のことを話したら大変喜んでいたよ」
春信は流暢な文字に再び、目を落とす。ずっと憧れていた相手が、自分を認知してくれた。それだけで天にも昇る心地になる。
「本当に凄い……清次君は」
春信は尊敬の念を込めた目で、自分より上背がある清次を見上げる。清次は微笑みながら、春信を見つめ返す。
興奮冷めやらぬまま、春信は他の本にも目を凝らして眺め回る。さっきまでの緊張や不安など、忘れてしまったかのような高揚感に包まれていた。
見守るように傍にいる清次を相手に、春信はいつになく口数が増していた。それに対し、清次は嫌な顔ひとつせず対応する。
本が見え辛くなった夕刻。やっと春信は本から顔を上げる。居心地の良いソファーと話題の尽きない清次がいたことで、時間が過ぎるのも忘れてしまっていたのだ。
「ごめん。我を忘れてた」と、春信は焦りを滲ませ隣に座っている清次に謝罪を述べる。
「構わないよ。ボクも有意義な時間を過ごさせてもらったからね。少し離れてはいるが、書店が立ち並ぶ街がある。今度、行ってみないかい」
「そんな場所が……夢みたいだ」
実家の近くにも書店はあるが、一店舗だけで見飽きてしまっていた。書店街など、春信にしたら天国のようなものだった。そんな場所に導いてくれる清次を春信は心服していた。
「そろそろ、夕食の時間になる。最後の場所に行こう」
清次が立ち上がり、春信も従うように腰を上げた。廊下を出ると、階段を挟んだ向かい側の部屋の扉を開く。
眉尻を下げる清次はさも、申し訳なさそうに言う。さっきから気を遣ってばかりの清次に疑問を抱きながらも「分かった」と頷く。
「この隣の左側が客室だ。滅多に使うことはないだろうが、用意しておくに越したことはないだろうからね」
それから振り返り、右側の扉に人差し指を向ける。
「で、これが君の部屋になる。開けてごらん」
春信は言われた通り、その部屋のドアノブを押す。部屋の中の光景が目に飛び込んできた途端、春信は呆気に取られ立ち尽くす。
十畳ほどの広さの部屋に置かれていたのは、見渡す限り天井に届きそうな本棚。そこにはぎっしりと本が収められ、部屋を囲むようにして置かれていた。さらには大きめの朱色のソファーと硝子の洋卓まで設置されている。ここでならいくらでも、読書に耽ることが出来るだろう。
「……どうして、ここまで」
春信は隣に立つ清次を仰ぎ見る。夢のような光景を前に、湧き上がるのは歓喜と疑念だった。
「当時のボクたちは頻繁に本を貸し借りしては、感想を言い合ったりしていたじゃないか。ボクにとってあの時間は、何よりも楽しい一時だったんだ」
確かにそんなこともあった。子どもながらにして難しい本を読んでいた春信にとって、同じ本を理解出来る相手はかなり貴重であり、嬉しかったのを覚えている。
「君に見せたいものがある」
清次が嬉々とした表情で部屋に足を踏み入れ、正面の棚に唯一表紙を向けていた一冊を手に取る。
「覚えているかい?」
清次が本を手に春信に近づくと、差し出した。
「……これって」
春信は受け取った本の懐かしさに、表紙を撫でる。随分読み込んだのか、表紙が掠れて角も折れ曲がっていた。
「一番最初に、君がボクに差し出した本だよ」
小学校時代に二人が初めて出逢った時に、春信が持っていたのがこの本だった。
「よく覚えてるね。さすがにどの本だったかまでは、覚えてなかったから」
本を見せた覚えはあるものの、どんな本だったかまでは、春信は記憶していなかった。
「これだけじゃないよ。ボクと君がやりとりしたものは、全て揃えてある」
清次が部屋の右手側にある本棚を見上げた。やっと金縛りが解けたように、春信は足を踏み入れる。清次の隣に並ぶと、ちょうど春信の背の高さである位置に見慣れた書物があった。
「凄い。もう手に入らないやつまである」
今では貸本屋でさえ、なかなか高価で手を出せないものまであった。立ち読みで我慢していたが、自由に読めるのは非常に心躍る事だ。
「なかなか苦心したが、なんとか伝手を辿ったんだ」
清次がその隣にあった書物を一冊引き抜く。一番最後の頁を開き、「見てごらん」と春信に向ける。
「えっ、これって……本物?」
春信が一番尊敬し、愛読していた作者の署名がそこには記されていた。
「君はいつも目を輝かせ、この作者を褒め称えていたからね。本人に頼んだんだ」
「そんな、まさか会ったってこと?」
「ああ、大学時代にボクの恩師が知り合いでね。無理を承知で頼んだんだが、繋いでくれたんだ。君のことを話したら大変喜んでいたよ」
春信は流暢な文字に再び、目を落とす。ずっと憧れていた相手が、自分を認知してくれた。それだけで天にも昇る心地になる。
「本当に凄い……清次君は」
春信は尊敬の念を込めた目で、自分より上背がある清次を見上げる。清次は微笑みながら、春信を見つめ返す。
興奮冷めやらぬまま、春信は他の本にも目を凝らして眺め回る。さっきまでの緊張や不安など、忘れてしまったかのような高揚感に包まれていた。
見守るように傍にいる清次を相手に、春信はいつになく口数が増していた。それに対し、清次は嫌な顔ひとつせず対応する。
本が見え辛くなった夕刻。やっと春信は本から顔を上げる。居心地の良いソファーと話題の尽きない清次がいたことで、時間が過ぎるのも忘れてしまっていたのだ。
「ごめん。我を忘れてた」と、春信は焦りを滲ませ隣に座っている清次に謝罪を述べる。
「構わないよ。ボクも有意義な時間を過ごさせてもらったからね。少し離れてはいるが、書店が立ち並ぶ街がある。今度、行ってみないかい」
「そんな場所が……夢みたいだ」
実家の近くにも書店はあるが、一店舗だけで見飽きてしまっていた。書店街など、春信にしたら天国のようなものだった。そんな場所に導いてくれる清次を春信は心服していた。
「そろそろ、夕食の時間になる。最後の場所に行こう」
清次が立ち上がり、春信も従うように腰を上げた。廊下を出ると、階段を挟んだ向かい側の部屋の扉を開く。
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