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しおりを挟む春信が目を覚ますと、外は白みがかった光が差し込んでいた。まだ早朝のはずだが、隣には清次の姿は既にない。
身体中に違和感を覚えながら、春信は寝台から降りる。
窓を開けて、籠もった空気を入れ換える。昨日の今日ということもあり、まだ頭も心も整理が追いついていなかった。
顔を洗いに一階に降り、洗面所へと向かう。丁度倉田に出くわし、挨拶を交わし合う。
「お早いですね。まだお休みになられても良いのですよ」
気遣う倉田に春信は苦笑を返す。
「実家で朝が早かったから、身体が慣れてるみたいで」
「左様ですか。確かご実家は和菓子店とか」
「うん。井之口堂という名で店を構えてて」
倉田が「それはまぁ」と口元に手を当てる。
「私はあそこの大福が大好きなんですよ。休みの日には、それを買いに行くのを楽しみにしているんです」
女中の休みなど正月とお盆ぐらいしかないはずだ。そんな貴重な時間を割いてまで、贔屓にしてくれているのは幸福の極みだった。
「ありがとう」
自然と頬を緩ませ、春信は時間を見つけて彼女に作ってあげようと思い至る。自分のでは本家の味に遠く及ばないかもしれないが、それでも誰かに食べさせたいという気持ちは強かった。
柱時計が五回打つ。
倉田が「長話しすぎました」と言って、そそくさと台所へと行ってしまう。
春信も洗面所に行き、顔と歯を磨く。支度を済ませると、春信は用意されていた濃紺の着流しに着替える。
台所を覗くと、倉田が朝食の準備の為に竈に火を熾していた。
手持ち無沙汰ゆえに、春信は「何か手伝おうか?」と声をかける。
倉田が驚いた顔で振り返り、それから渋面を作った。
「いけません。ご主人に怒られます」
「……だけど」
「お気持ちだけで充分です。これは私の仕事ですから」
強い口調で諌められ、春信は引き下がる。
彼女には女中として働く矜持があるのだろう。それに気付かずに、軽い気持ちで手を貸そうとしてしまったことを春信は恥ずかしく思う。
朝食まで時間がありそうだと、春信は本が溢れる部屋に向かう。階段を上がったところで、清次の部屋の扉が視界に入る。
物音一つしないが、きっと清次が仕事をしているのだろう。
彼のしている仕事について、貿易商であることしか春信は知らない。ただ、それが如何に大変であるかぐらい、春信にも理解出来る。
色んな外国とのやり取りや交渉が必要となる非常に難儀な仕事だからだ。それでも色々な世界を目にすることが出来る得難い仕事でもある。
この国ではまだ、諸外国の情報も希薄であり、如何に情報を仕入れ人脈を手にするかが主本でもある。規模は分からなくとも、この家を拵え、父を説得出来ている時点で、彼は血の滲む努力と才能を存分に発揮してきたのだろう。幼き日の彼の姿を見ているだけに、春信にも想像がつく。
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