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アリスティア編
プロローグ
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母が亡くなった。
同時に急に体から錘が取れた様に息が付けるようになったのを感じることができた。
悲しくはあったけれど、それよりも母の呪縛から逃れられたという安堵の方が勝っている。
やっと解放されたんだ。
そんな事を思う私はどこか歪んでいるのだろう。
母は物心ついた頃から私を父の身代わりにして、家から出る事を許さなかった。だから私は当時、同年代の子供と遊んだ記憶がない。両親からどう接してもらっているのかも考えたこともなかった。
そのくらい母の用意した箱庭の中で暮らしていた。
何日かに一度、母はおかしくなる。その度に私を男装させ、呪いの言葉を浴びせる。
「ああ、貴女はなんて夫に似ているの。その赤い髪とエメラルドの瞳が無ければ生き写しなのに残念ね」
お人形遊びでもするように、母は私に男の子の服を着せて、その長い赤い爪で私の顔の輪郭をなぞる。
まるで、そこに愛しい夫がいる様に。
その瞳には私は映っていない。母の眼には夫しかいない。所詮私は父の代用品。偽物なのだ。
父は銀髪に青い瞳の美男子で、母は昔、社交界の『深紅の薔薇』と呼ばれていた。
母は公爵家の跡取り娘で、その美しい紅い髪と緑の瞳が印象的な妖艶な美女。当時、次期女公爵の夫の座を多くの男性が狙っていた。
その母の心を射止めたのは父オーウェンだった。
父は伯爵家の三男で、当時既に平民の恋人がいた。しかし結局、母を選んだのだ。そこに私の知らない事情は合ったのだろうが、そんな事はどうでも良かった。
ただ、父は母と結婚して私が生まれた。それだけが私にとっての真実なのだから……。
私が生まれると同時に恋人だった愛人と暮らし始めた父を母は何年も待っていた。玄関の扉が開くのをいつも同じ時刻に待つ母を子供ながらに憐れに思えた。
子供の時は父の身代わりでも母に興味を持ってもらえたが、段々体が女性の体形に変化していくと、顔も見る事もなくなった。
自室に籠りがちになり、時々暴れて部屋の中の物が割れる音と侍女たちの悲鳴が聞こえてくる。
父の何処にそれ程の価値があるのだろう。何年も愛人と暮らし、当主としての責務を放棄している男に、今も縋りついて離婚しない母の気持ちが私には、理解しがたい物だった。
そんな母の部屋から物音が聞こえなくなった。
不審に思った私が部屋を覗くと、母は寝台に微笑みながら父の写真を握りしめ静かに眠っていた。
いや、永眠したのだ。最後まで私個人を見ることなく。ただ愛する父だけを思って死んだ。憐れな人。それが私を産んだ母。
葬儀の時にも父は顔を出さなかった。母の父であるクロムウェル前公爵が一切取り仕切っていた。領地に長く隠棲していた祖父は涙も見せず、静かに一人娘を私と一緒に見送った。
あの時、祖父が私に何か呟いた気がしたが、何を言っていたのだろう?
母が亡くなってから3か月後、父は愛人を後妻にして異母妹を伴って帰って来たのだった。
同時に急に体から錘が取れた様に息が付けるようになったのを感じることができた。
悲しくはあったけれど、それよりも母の呪縛から逃れられたという安堵の方が勝っている。
やっと解放されたんだ。
そんな事を思う私はどこか歪んでいるのだろう。
母は物心ついた頃から私を父の身代わりにして、家から出る事を許さなかった。だから私は当時、同年代の子供と遊んだ記憶がない。両親からどう接してもらっているのかも考えたこともなかった。
そのくらい母の用意した箱庭の中で暮らしていた。
何日かに一度、母はおかしくなる。その度に私を男装させ、呪いの言葉を浴びせる。
「ああ、貴女はなんて夫に似ているの。その赤い髪とエメラルドの瞳が無ければ生き写しなのに残念ね」
お人形遊びでもするように、母は私に男の子の服を着せて、その長い赤い爪で私の顔の輪郭をなぞる。
まるで、そこに愛しい夫がいる様に。
その瞳には私は映っていない。母の眼には夫しかいない。所詮私は父の代用品。偽物なのだ。
父は銀髪に青い瞳の美男子で、母は昔、社交界の『深紅の薔薇』と呼ばれていた。
母は公爵家の跡取り娘で、その美しい紅い髪と緑の瞳が印象的な妖艶な美女。当時、次期女公爵の夫の座を多くの男性が狙っていた。
その母の心を射止めたのは父オーウェンだった。
父は伯爵家の三男で、当時既に平民の恋人がいた。しかし結局、母を選んだのだ。そこに私の知らない事情は合ったのだろうが、そんな事はどうでも良かった。
ただ、父は母と結婚して私が生まれた。それだけが私にとっての真実なのだから……。
私が生まれると同時に恋人だった愛人と暮らし始めた父を母は何年も待っていた。玄関の扉が開くのをいつも同じ時刻に待つ母を子供ながらに憐れに思えた。
子供の時は父の身代わりでも母に興味を持ってもらえたが、段々体が女性の体形に変化していくと、顔も見る事もなくなった。
自室に籠りがちになり、時々暴れて部屋の中の物が割れる音と侍女たちの悲鳴が聞こえてくる。
父の何処にそれ程の価値があるのだろう。何年も愛人と暮らし、当主としての責務を放棄している男に、今も縋りついて離婚しない母の気持ちが私には、理解しがたい物だった。
そんな母の部屋から物音が聞こえなくなった。
不審に思った私が部屋を覗くと、母は寝台に微笑みながら父の写真を握りしめ静かに眠っていた。
いや、永眠したのだ。最後まで私個人を見ることなく。ただ愛する父だけを思って死んだ。憐れな人。それが私を産んだ母。
葬儀の時にも父は顔を出さなかった。母の父であるクロムウェル前公爵が一切取り仕切っていた。領地に長く隠棲していた祖父は涙も見せず、静かに一人娘を私と一緒に見送った。
あの時、祖父が私に何か呟いた気がしたが、何を言っていたのだろう?
母が亡くなってから3か月後、父は愛人を後妻にして異母妹を伴って帰って来たのだった。
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