【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ

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アデライト編

初恋は淡く砕ける

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 この国の平均寿命は50才くらい、長生きした人でも60才程、そのくらい寿命が短い。だから貴族は早く結婚する。より多くの血を残すために。

 なのに私はまだ結婚していない。婚約者も定まらないまま22才を迎えようとした夏の日に、父がとうとう婚約者の話をしてきた。

 「お前の婚約者を決めたぞ。ブリュッセル伯爵家のローフェルだ。王家が中々許可を出してくれなかったのだが、彼の努力を認めてもらえた。お前も異存はないはずだろう?」

 「でも、ローフェルはそれでいいのでしょうか?私の様な病弱ないき遅れの女よりもっと健康な人が相応しいのでは」

 「心配いらない。これは彼が望んだことだ。その為には王家を説得できるだけの能力を示さなければならない。彼は自身の力でそれをやってのけた。素晴らしい青年だ。この公爵家の婿に相応しい」

 父は嬉々として、ローフェルの素晴らしさを語ってくれたが、私の心は冷めていた。まだオーウェンに未練のある私は現実を受け止めきれていなかったのだ。

 子供の頃の他愛のない約束でまだ、私を欲しているのではないか。愛しているのではないかと。

 心の中でオーウェンが子供の頃に

 「大人になったら誰よりも先に君に求婚しに行く」

 そう言って、私の薬指に誓いのキスを落として、花の指輪を填めてくれた幼い頃の淡い初恋の思い出。

 その思い出を粉々に砕いたのもまた、オーウェンだった。

 久しぶりに夜会に参加することになった私は、大勢の人の注目の的になっていた。特別な地位にある公爵令嬢が体調を理由に社交界にでなくなって一年ぶり、皆、私の結婚に興味津々な様子で、好奇な視線を送っている。

 一年前、オーウェンは筆頭公爵家の庭園である令嬢と密会を楽しんでいた。私は偶然その場を目にすることになり、気分が悪くなって帰ったのだ。

 その際にもローフェルは送ってくれると言ったのだが、オーウェンと同じ顔の彼を見るのは辛かった。だから、その日は断り、一人で公爵家に戻った。

 公爵家に帰るなり、熱を出した私は一年程、社交界には顔を一切出さなかった。

 同じ婚約者候補だというのに誠実で真面目なローフェルと違い、オーウェンは自分に気のある令嬢と次々と噂になるほど親密な関係を繰り返していた。

 父が選ばないのも当然だった。頭では分かっているが、気持ちは追いついていかない。私は父にお願いした。

 「ブリュッセル伯爵のオーウェンと結婚したい」

 父は渋ったが、今まで我儘な事を言ったことのない私の頼みを聞き入れてくれ、伯爵家に打診に行った時、オーウェンの秘密を知ってしまった。

 「アデライト、オーウェンでは駄目だ。彼は子供の頃の病にかかっていてそれが原因で子どもが作れない体だと言われた。公爵家の最大の使命は血を確実に繋げることだ。解るな。ローフェルが嫌だというなら別の者を探すことにする」

 私はローフェルが嫌いな訳ではない。でもオーウェンと似た彼を本当に愛せる自信が無いのだ。

 それに彼も私がオーウェンを愛している事を知っている。結婚しても上手くいくかどうかわからない。不安な気持ちに押し潰されそうだ。

 こんな時に母親がいてくれたら相談できるのに。

 私の母は10才の時に持病の所為で亡くなった。父は母を愛していたので、母との思い出のある別邸には足を運ばなくなっている。あの場所は父と母が新婚時代に過ごした思い出の場所だからだ。

 私が思い悩んでいると、ローフェルが訪ねてきた。

 「君が結婚を渋っているのは分かっている。でも少しでも私に好意があるのなら、前向きに考えて欲しい。私は初めて会った時から君を愛しているから、諦めきれない。君の気持ちが少しでも和らぐならこの契約書にサインして欲しい」

 そう言って私に渡したのは、あの・・契約書だった。

 「どうして、こんなものを作ったの?私はこんな事を望んでいないわ」

 「分かっているが、君がオーウェンを未だに愛しているのも知っている。私との結婚を拒む気持ちも理解しているつもりだ。だから、君は罪悪感を感じず私の妻であればいい。3年経って気持ちの整理がついたなら本当の夫婦なればいいだけのことだ。いつまでも私は待つよ。君が私を愛してくれるのを。選んでくれるのを」

 この言葉に、私の気持ちは既に固まっていた。ローフェルと結婚することを。

 だが、婚約が正式に整い、結婚を一年後に控えてから、妙な噂が流れだした。

 オーウェンは令嬢方とは別れて平民の女性と付き合い始めた。

 だが、おかしなことに金髪の平民の恋人の他に赤い髪の女と一緒にいるところを何人もの人間が目撃していた。

 この国の赤い髪を持つ者は公爵家だけ。私は不貞を疑われて酷い醜聞の噂が流れ出した。調査した結果、オーウェンの付き合っているマリエルという女性が、赤い髪の鬘を被って私の振りをしてオーウェンと一緒にいる様なのだ。

 事実を突き止めて、伯爵家は手切れ金を渡してマリエルとオーウェンを別れさせた。

 社交界では

  『婚約者がいるのに、弟に手を出して、平民の女を別れさせた悪女』

 そんな嫌な噂が流れていた。父やローフェル、伯爵家が否定し、火消しを行なっても沈下することはなかった。

 この頃、社交界に行く時も父やローフェルがいけない時は出席しない様にしていた。それは一人でいるとオーウェンが近寄ってくるようになったからだ。

 元々、私達が子供の頃は仲が良かったこともあり、周りは未だに関係が続いていると思っている。オーウェンもまだ私が彼に好意を持っていると信じていた。

 だが、私はオーウェンに対して気持ちが無くなりはじめていた。今までは彼を自分の騎士だと思っていた考えが変わったのは、オーウェンと付き合っていた令嬢が彼が私と結婚して公爵家の婿になるから付き合っていた。そう言われたからだった。

 オーウェンは自分が選ばれると信じて、あちこちに吹聴して回っていた。そのおこぼれに預かろうと多くの人が彼の周りに集まっていただけのこと。

 私がローフェルと結婚すると知って慌てた彼は、また私に近づいてきたのだ。もう、まともに話したこともないのに、どこで会おうと私は彼にとって壁の華だった。

 いてもいなくてもどうでもいい存在になっていたことに、気付いたからローフェルと結婚する気になったのだ。彼の気持ちに応える為に。

 オーウェンの執着心はそれでも収まらなかった。私が会わない事で逆に彼を煽った様に、あの日の夜、知らせが届いた父と伯爵、ローフェルがいない隙を狙ったが如く、別邸で酒に酔ったオーウェンが暴れていると。

 乳母に付き添われ、別邸に着いた時は泥酔状態だった。

 その後のことは言うに悍ましい、忌まわしい記憶となって私の残りの人生を縛り付けたのだった。


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