34 / 52
アデライト編
ああ、ローフェル
しおりを挟む
もう冬が差し迫った雨上がりの日、ずっと体調が思わしくなく、久しぶりにローフェルと朝食を摂っていた。
「ミュゼ、今日は具合が良さそうだね。顔色もいいようだ。安心したよ」
この頃には、私とローフェルは本当の夫婦になって初めてお互いのミドルネームを呼び合う仲になった。
夫婦以外はファーストネームか家門の名前で呼ぶが、夫婦になった時、ミドルネームで呼ぶのがこの国の貴族の伝統的な仕来りのようなもので、私のミドルネームは『ミュゼ』、ローフェルのミドルネームは『ライザス』と言った。
私の頬にキスを落とす夫に
「あの、ライザス。話があるんですが……」
「ミュゼ、聞いてやりたいのはやまやまなのだが、実はこれから伯爵領に冬支度の荷物を届けなくてはならなくなってね。帰ってきてから聞くよ」
「でも、それでは…、何故、伯爵領に行かなければならないのです。他の者を行かせてはいけないのでしょうか?」
「そうしたかったのだが、トラブルがあってね。母がどうしても私に行って処理して欲しいと頼んできたのだ。兄は隣国に行っているし、父は体を壊して寝込んでいる」
「お義母様が……それでは仕方がないですね。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう。ミュゼ。ティアと二人で待っててくれ。そうだ、父がティアに会いたがっているから君の体調のいい日に見舞ってやってほしい」
「分かりましたわ。でも雨で道も泥濘んでいます。気を付けて行って無事のお帰りをお待ちしています」
「おとうしゃま、いってらっしゃいましぇ」
アリスティアの額にキスを落として、手を振りながら笑顔で出て行った彼の姿が頭から離れない。
何故この時、行かないでと傍にいて欲しいと泣いて縋らなかったのか。今考えても恨めしい。
そして、飲み込んだ言葉を口に出していたなら、彼は留まってくれただろう。
『二人目の子供が授かった』
と、不安だから傍にいて欲しいと。どこにも行かないで欲しいと言えば良かった。そうすれば私はローフェルを失う事は無かったのだ。永遠に。
ローフェルの乗った馬車が帰り道、土砂崩れに巻き込まれて行方不明だと知らせが入ったのは3日後の事だった。
ローフェルに言われ、伯爵を見舞った次の日の夕刻、なんだか薄気味悪い程、赤い夕陽を見ながらアリスティアと散歩から帰って邸内に入ろうとした時に、慌てて急を告げるセバスに出くわした。
「若旦那様が帰途の途中、土砂に巻き込まれて行方が分からなくなっていると連絡が入っています。今、捜索隊を派遣していますが、現場の状態が酷い状態ですので、難航しているそうです」
その知らせを聞いて、眩暈と吐き気が込み上げてくるのを覚えた。
アリスティアと一緒に眠れぬ夜を過ごした。
そんな状態が2日経った頃、ローフェルの遺体が見つかったと連絡があった。
土砂の量が多くて、巻き込まれた人を見つける事が困難だったのだが、ローフェルは馬車の下敷きになっており、着ている上着に公爵家の紋章が刺繍されていたことから、ローフェルだと判断された。
遺体は損傷が酷く、現地から王都の第五騎士団が遺体を運んだが、直視できる状態ではなかった。
体の半分は土砂の重みと馬車に押しつぶされており、顔は殆ど原型を留めていない状態だった。
顔を背けたくなうような状態。
あの碧の瞳を見ることは叶わず、それでも遺体だけでも私の元に帰ってきたことを神に感謝した。
私は遺体を引き取りに行った伯爵家の下男たちを労う為、使用人らの休憩室に飲み物を持って行くと
「なあ、ローフェル様は運が悪かったよな。オーウェン様の身代わりになって亡くなったんだから、本当ならオーウェン様が土砂の下に埋まっていたはずだからな」
「ああ、オーウェン様が数日前に取引先と揉め事を起こした為に、急遽ローフェル様が領地に行くことになったんだから、お気の毒だよ」
その言葉を聞いて、私は体の震えが止まらなかった。侍女に支えられながらアリスティアの部屋に行き、眠っているアリスティアの髪を撫でた。
アリスティアの顔を見るとローフェルを思い出して、一人静かに涙を流した。
葬儀に来たオーウェンはローフェルにどんな詫びの言葉を言ったのだろう。
私は、ローフェルを失ったショックと連日の心労から葬儀の後、倒れてしまい、そのまま二人目の子供も失った。
永遠に……。
「ミュゼ、今日は具合が良さそうだね。顔色もいいようだ。安心したよ」
この頃には、私とローフェルは本当の夫婦になって初めてお互いのミドルネームを呼び合う仲になった。
夫婦以外はファーストネームか家門の名前で呼ぶが、夫婦になった時、ミドルネームで呼ぶのがこの国の貴族の伝統的な仕来りのようなもので、私のミドルネームは『ミュゼ』、ローフェルのミドルネームは『ライザス』と言った。
私の頬にキスを落とす夫に
「あの、ライザス。話があるんですが……」
「ミュゼ、聞いてやりたいのはやまやまなのだが、実はこれから伯爵領に冬支度の荷物を届けなくてはならなくなってね。帰ってきてから聞くよ」
「でも、それでは…、何故、伯爵領に行かなければならないのです。他の者を行かせてはいけないのでしょうか?」
「そうしたかったのだが、トラブルがあってね。母がどうしても私に行って処理して欲しいと頼んできたのだ。兄は隣国に行っているし、父は体を壊して寝込んでいる」
「お義母様が……それでは仕方がないですね。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう。ミュゼ。ティアと二人で待っててくれ。そうだ、父がティアに会いたがっているから君の体調のいい日に見舞ってやってほしい」
「分かりましたわ。でも雨で道も泥濘んでいます。気を付けて行って無事のお帰りをお待ちしています」
「おとうしゃま、いってらっしゃいましぇ」
アリスティアの額にキスを落として、手を振りながら笑顔で出て行った彼の姿が頭から離れない。
何故この時、行かないでと傍にいて欲しいと泣いて縋らなかったのか。今考えても恨めしい。
そして、飲み込んだ言葉を口に出していたなら、彼は留まってくれただろう。
『二人目の子供が授かった』
と、不安だから傍にいて欲しいと。どこにも行かないで欲しいと言えば良かった。そうすれば私はローフェルを失う事は無かったのだ。永遠に。
ローフェルの乗った馬車が帰り道、土砂崩れに巻き込まれて行方不明だと知らせが入ったのは3日後の事だった。
ローフェルに言われ、伯爵を見舞った次の日の夕刻、なんだか薄気味悪い程、赤い夕陽を見ながらアリスティアと散歩から帰って邸内に入ろうとした時に、慌てて急を告げるセバスに出くわした。
「若旦那様が帰途の途中、土砂に巻き込まれて行方が分からなくなっていると連絡が入っています。今、捜索隊を派遣していますが、現場の状態が酷い状態ですので、難航しているそうです」
その知らせを聞いて、眩暈と吐き気が込み上げてくるのを覚えた。
アリスティアと一緒に眠れぬ夜を過ごした。
そんな状態が2日経った頃、ローフェルの遺体が見つかったと連絡があった。
土砂の量が多くて、巻き込まれた人を見つける事が困難だったのだが、ローフェルは馬車の下敷きになっており、着ている上着に公爵家の紋章が刺繍されていたことから、ローフェルだと判断された。
遺体は損傷が酷く、現地から王都の第五騎士団が遺体を運んだが、直視できる状態ではなかった。
体の半分は土砂の重みと馬車に押しつぶされており、顔は殆ど原型を留めていない状態だった。
顔を背けたくなうような状態。
あの碧の瞳を見ることは叶わず、それでも遺体だけでも私の元に帰ってきたことを神に感謝した。
私は遺体を引き取りに行った伯爵家の下男たちを労う為、使用人らの休憩室に飲み物を持って行くと
「なあ、ローフェル様は運が悪かったよな。オーウェン様の身代わりになって亡くなったんだから、本当ならオーウェン様が土砂の下に埋まっていたはずだからな」
「ああ、オーウェン様が数日前に取引先と揉め事を起こした為に、急遽ローフェル様が領地に行くことになったんだから、お気の毒だよ」
その言葉を聞いて、私は体の震えが止まらなかった。侍女に支えられながらアリスティアの部屋に行き、眠っているアリスティアの髪を撫でた。
アリスティアの顔を見るとローフェルを思い出して、一人静かに涙を流した。
葬儀に来たオーウェンはローフェルにどんな詫びの言葉を言ったのだろう。
私は、ローフェルを失ったショックと連日の心労から葬儀の後、倒れてしまい、そのまま二人目の子供も失った。
永遠に……。
23
あなたにおすすめの小説
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
嘘つきな貴方を捨てさせていただきます
梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。
「さっさと死んでくれ」
フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。
愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。
嘘つきな貴方なんて、要らない。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
11/27HOTランキング5位ありがとうございます。
※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。
1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。
完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]
風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが
王命により皇太子の元に嫁ぎ
無能と言われた夫を支えていた
ある日突然
皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を
第2夫人迎えたのだった
マルティナは初恋の人である
第2皇子であった彼を新皇帝にするべく
動き出したのだった
マルティナは時間をかけながら
じっくりと王家を牛耳り
自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け
理想の人生を作り上げていく
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる