【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ

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アデライト編

アリスティア

 私の妊娠が分かるとローフェルは仕事を早めに切り上げて帰って来るようになった。

 お腹が大きくなって胎動が感じられる頃には、お腹の子供の動きを感じたいのかソファーに腰かけている私のお腹に耳を押し当ててじっと動くのを待っている。

 「おっ、動いた。元気に蹴っている。男の子かな?」

 「どちらでもいいのでは」

 「ああ、元気に産まれてくれさえすればどちらでもいい」

 「ええ、そうですね」

 ローフェルは私の額にキスをして愛しそうに優しく抱きしめる。その度に胸が軋むのを覚えた。

 私はこの優しい夫を苦しめている。悲しませている。

 何故、オーウェンを愛したのだろう。愛されていると錯覚をしてまで。

 私達の間にはあの出来事がなかった様に静かに月日を重ねていた。

 オーウェンも私達の前に現れなかった。

 私は何度も気を失いながら、産みの苦しみに耐え、一人の女の子を産み落とした。

 赤い髪の子供。顔立ちはローフェルに似ているが目は開かれていない。どちらに似ているのか分からない子供の誕生に私の心は不安で一杯になる。

 「ありがとう。アデライト。元気な女の子だ。公爵家の髪の色だね。顔は私に似たのかな?目は……」

 不慣れな手つきで赤子を抱きながら、顔を覗き込むとうっすらと目を開いた。

 「ああ、見てごらん。碧の瞳を持って生まれたよ」

 赤子の瞳を見て安堵した。ローフェルと同じ瞳だ。王家特有の瞳を持って生まれた子供。オーウェンはその瞳を所有していなかった。オーウェンが選ばれなかった理由の一つ。

 王家は特殊な瞳を持っていて色が違えど光の加減で、その色が変化する宝石のような瞳を持って生まれる。

 ブリュッセル伯爵家はその昔、王女を母に持つクロムウェル公爵令嬢が嫁いだ家。時々、その瞳を持つ子供が生まれた。所謂先祖返り。ローフェルもその瞳を持っている。

 赤子を腕に抱きながら

 ああ、私はこの子を愛せる

 そう感じていた。

 ローフェルや父は初めての子供という事で、毎日のようにぬいぐるみや服、玩具等を買ってくる始末で、よく叱っていた。まだ何もわからない赤子なのに。

 赤子の命名式にローフェルは『アリスティア』と名付けた。父とどちらが名前を付けるのか言い争いをして、結局、父はローフェルにその権利を譲った。残念そうに次の子供は自分が付けると言い張って……。

 アリスティアを挟んで賑やかな日々が続いたある日、伯爵家が不作に見舞われた。伯爵家は結婚前から不作が続き、領地の立て直しをしていた矢先に更なる凶作となったのだ。

 この年は、他の貴族の領地も手一杯で、他領に穀物を分けれるほどの余裕がない。

 そこで、公爵家の持つ商団の取引先の隣国に食料の輸入を申し出た。ローフェルは数週間その手配で追われていた。

 何とか手配でき食料も無事、国内に持ち込め、後は伯爵家の領地に配送するだけとなった頃に、オーウェンは公爵家にやってきたのだ。また、酒を飲んで。しかも今度は、私が王妃との茶会にアリスティアを連れて出ていっている内に来ていて、帰った時にはローフェルと言い争いになっていた。

 ローフェルの執務室の扉が少し開いていて、私の姿を見たオーウェンがまるでさも恋人同士のようにすり寄ってきた。

 「やあ、アディ。暫くぶりだね。元気にしていたかい。その子が例の子か。よく似ているね。わ……」

 オーウェンはアリスティアの瞳を見て言おうとした言葉を呑み込んだ。きっとこの男は「私に似て」と言いたかったのだろう。しかし、紛れもなくローフェルの子供である瞳に驚愕したのだ。

 困惑と驚きの顔を隠さず、

 「何故だ。君は私のものだろう。ほらこんなものを用意してまで」
 
 オーウェンがあの契約書を見せた。驚いたのは今度はローフェルの方で

 「何故、そんなものをお前が持っているんだ。それは廃棄したはずだ。もう必要のないものだ。アデライトは私の妻となった。子供も紛れもなく私の子供だ。もうこれ以上私達に関わるのは止めてくれ」

 ローフェルは、オーウェンから契約書を取り上げて目の前で破り捨てた。

 頭に血が上ったオーウェンは

 「この子がいるからなのか。アディ、私を拒むのは」

 アリスティアに手を掛けようとしたその手を掴み、ローフェルはオーウェンを殴って、

 「さっさと帰れ!二度と公爵家の門をくぐるな。これ以上何かしたら、お前も伯爵家も無事に済むと思うなよ!」

 オーウェンがすごすごと帰った後、泣いているアリスティアを宥めながら、ある変化に気付いてしまった。

 「おかあちゃま、あのしとだありぇ」

 オーウェンの鬼気と迫る形相に恐怖を感じたアリスティアは父の顔を忘れてしまった。彼女の【記憶欠乏症】はオーウェンが引き起こしてしまったのだ。この時、アリスティアはまだ3才になっていなかった。

 その後、ローフェルと一緒に過ごす内に次第にそのことは、一次的なものだと考えていた。

 その考えが甘かったと気付かされるのは、夫が亡くなった時に知ったのだ。



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